Rowing.13

 ―――昼休憩の時間。艇庫内の播崎高校本拠地(仮)にて。  



 「東山君お疲れ様っ!……一年生ながら決勝進出は凄いよ。私が一年生の時はまともに勝負すらできなかったから、尊敬しちゃうね」



 敷かれたブルーシートの上に腰を掛ける俺と先輩。髪を下ろしている安芸先輩はすっぴんとはいえども魅力的だ。鮮やかな青空色のローイングスーツの上半身部分を下ろし、ラフな格好になっている先輩。ユニフォームと合わせたブルーのサンダルが服装の統一感を生み、先輩のスタイルの良さがそれをかっこよく見せる。通りがかる選手たちの顔が若干火照っているのは気のせいだろうか?



 「ああ、ありがとうございます。まあ……かなり苦しかったですけどね」



 「いやいやぁ。タイム的にはかなりの秒差だったよ?二位との差が七秒っていったらかなりあるし…………それも、相手は二年生。それでこれだけの差が付いたら文句なしだとは思うんだけど、納得いかないの?」



 フフッと笑う安芸先輩。練習の時は険しい表情しか見せないのに、練習外ではかなり気が抜けるタイプなのか、心地よい穏やかさを感じさせてくれる。

 足を崩していた先輩は体操座りの体勢に移行しようとしていた。



 「んんーーー。納得いかないというかなんというか……」



 「納得いかないどうこうじゃないだろ、あのタイムはかなり凄いぞ。予選でこのタイムはそうそうお目にかかれない」



 「…………相座先輩。お疲れ様です」



 「おおー。よしくんおつかれー」



 『よしくん』と安芸先輩に呼ばれた男子生徒。それは二人だけの空間を破壊しに来た金髪先輩、YOSIKI.Aだ。彼は俺の隣に足を伸ばして座り、話しを続ける。



 「まあ…この僕には及ばなかったけれど良いタイムだよ、東山」


 

 「よしくんとは一年も年齢としが違うのに、秒差がたったの二秒なんでしょ?正直、東山君と全く変わんないじゃない」



 「う、うるさいっ!たったの一秒でも勝ったんだ!これは記念すべき勝利と言ってもいいだろうが」



 「何よ。東山君が入部した日の夜に『悔しすぎて眠れない』ってLINUで散々送ってきたくせに。だから、内心は最高にうれしいんでしょう?」



 「………………」



 「ハイ。図星ね」



 キャプテン副キャプテンの仲の良さはかなりのものだとは聞いていたが、まさかたわいのない連絡をし合える仲だとは思っていなかった。いつも事務連絡をするところを見かけるが、談笑する姿を見るのはこれが初めてだったために新鮮な雰囲気を味わうことができた。普段の練習の空気と違う場所に行けば、人の違う面が見つかるということを学ぶことができた。

 俺は二人の話している真ん中にいる。しかし、依然として会話がストップしそうな雰囲気がなく困っていた。だが、一人の珍客の登場でその会話が途切れることとなった。



 「どうも加奈子さん。お久しぶりです。元気にしていらっしゃいましたか?」



 身長高めの白人ブルーアイズ。細身の身体でいて筋肉はしっかりついていると見受けられる外見。腕、脚ともに常人よりも長く、そこらのDNAとは大違いの綺麗なお肌に男子界トップクラスの顔面偏差値の高さ。これ以上の男性はいないと思われるくらいしっかりしている。その彼が急に安芸先輩の方に寄って来た。



 「あ、ロミオ君…だっけ。お久しぶりだね、そっちこそ元気にしてたの?」



 「ええ、相変わらず頑張っています。それより、今日の貴方のレースを観戦させていただきました。……以前よりもフォームを意識されましたね?」



 安芸先輩は普段とのギャップがやはり激しい。寄せ付けないオーラを放つ練習時と、かなりフレンドリーに接している今の状況を照らし合わせても、本当に同一人物か分からないほどに違っている。おそらく、練習時の彼女をロミオ君が見たら驚くに違いない。

 秋山先輩(名がロミオ)は安芸先輩の横に腰を下ろし、密接ギリギリの距離を取っている。



 「お、さっすが予選一位のタイム保持者ね。そうなの、従来は前傾を取り過ぎてたみたいで、神無月監督に全然力が出せないよって言われてから、インターハイ予選後に徐々に直してきたの。その成果が見られたみたいでよかった」



 「………そうだね、やはり僕が見込んだ女の子だ。他のとは意識が全く違うよ。―――あのさ、よければ僕と付き合ってくれないだろうか」



 ―――こいつは急展開すぎる。ほら見ろ、周りの視線が一気にこっちに集中してるよ?

 


 「「「ええええええええええええええええええええ!」」」



 教師がいなかったのが幸いだった。艇庫に響き渡る両選手のファン及び身内の驚愕した叫び声。俺の鼓膜に衝撃が来すぎて、今にも張り裂けそうだ。周りを見ればいろいろな人がいた。落ち込む人、顔が真っ赤な女の子。立ったまま失神する男の軍団。これは本当に混沌カオスである。



 「え、ええ。んーー、急に言われてもねぇ」


 

 「いや、前回のインターハイ予選で言いましたよ。『あなたが好きです』って」



 「そんな前のこと覚えてるわけないじゃん」



 「その後に『地区新人で告りますから!』とも言いましたし」



 忘れている素振りを見せている安芸先輩。微妙になんのことか分からない風に誤魔化しはしているが、実際は

 秋山先輩の覚えていますよアピールをしている最中、安芸先輩は彼の言動を黙らせる切り札を使わざるを得ないと確信し、おもわずそれを行使してしまった。



 「―――ごめんね。実は私には



 「………っていう嘘を言ってるのかい?こんなところで冗談はないでしょ…」



 「本当よ。冗談なんか言ってない」



 「おいっ!加奈子。お前、彼氏なんか作ってたのかよ」



 二人の会話中にずっと割り込めなかった相座先輩がスッと立ち上がり、安芸先輩と目を合わせて直接問いかけた。

 


 「ええ。黙っててごめんね。よしくんに言える覚悟がなかったからね」



 「まあいい。で、お前の相手は誰なんだ?」「お相手は誰なんですか!」



 相座先輩と秋山先輩の問いが被ってしまうも、二人とも内容が同じだったので安芸先輩には聞き取りやすかったらしく二人の顔を交互に見て言った。



 「この子よ。私の隣に居るこの子」



 ―――と俺は自分の右手を見ると、安芸先輩が手首を掴んでいた。そして、安芸先輩に連れられるように立ち上がり、改めて紹介される。



 「私の彼氏の東山翔悟君。一年下の後輩ですっ」



 本来ならばここで俺が「ええっ!俺っ!」などと言ってあたふたする場面なのだが、



 「は、はい。ご紹介に預かりました、後輩彼氏の東山でーす。よろしくお願いします」



 ナチュラルに流れを作る俺。アイコンタクトを安芸先輩と交わしながら手はず通りに進めていく。安芸先輩がここでまた仕掛ける。



 「まあ。いろいろ済ませてる部分もあるし、私はやめておいた方がいいという感じなんだけどさ。そこんとこどうかな、ロミオ君?」



 「…………嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ!こんなのあり得ない。はあ?この弱っちそうな、しかもインハイ予選では見なかった顔の奴が彼氏?気に食わない気に食わない」



 「お、おい加奈子。正気で言ってるのか?―――なあ東山もくだらない茶番をやめにしないか?」



 「本気だし、私達。ねえ、?」



 とうとう引き返せないところまで来てしまった。しかし、これも先輩の為だ。

 


 「そうだね。大会終わったらデート先を決めないと…」



 【四十分後、午後のレースが始まります。出場する選手は速やかに自分の艇を準備しなさい】



 ナイスタイミングで天井に設置されているスピーカーからアナウンスがその場にいる全員の耳に入ってきた。これを好機と思い、話をまとめにかかろうとしたその時、秋山先輩が俺の目の前に向かってきて立ち止まり見下ろすような形で凝視してきた。



 「ねえ君。僕と一勝負しないか。勝ったら加奈子さんの彼氏になれるということでさ」



 ………まさかのシュミレーションには無かった想定がやって来た。どう反応すればいいのか分からず俺はチラッと横目で安芸先輩を確認したら。


 

 (先輩がいねええええええ!)



 ピンチに陥った俺は逃げ場がない。おそらく先輩は午後の決勝戦に出場するための準備に取り掛かってしまっていないのだろう。俺も準備をしなければならないが、どうにかしてこの空間から脱出しなければならない。ただ、現在の俺にはこの人に勝てるという勝算がない。無闇に約束なんかしてしまえば………などと考えていたら、秋山が俺の脳天を割るような衝撃を与えてきた。



 「―――逃げるのか?腰抜けボーイくん」



 「ああ?腰抜けじゃねえし。そっちこそ負けてもビービー泣くんじゃねえぞ。lこのハーフもどきが」



 ―――その刹那。俺は自分の感情に任せてしまったことを後悔した。

 にじみ出る汗、突然訪れる極度の緊張感。先ほど着替えた新しい赤を基調としたアデダスの半袖アンダーが地味に濡れていく。残暑の影響が少しばかりあるのだろうが、それにしては異常。―――だが、こんなところでビビってはいけない。



 「決勝の舞台で待っている。潰すから覚悟していろよ」



 ハーフの闘志は燃えたぎっている。

 


 「望むところだ。この蒼髪野郎」



 の奴なんだ、俺の敵ではない。

 周りの視線がこちらに集めっていることを確認していながらも敢えて無視。そして、自分の中で燃える闘魂が暴れるのを押さえつけながら、自艇を置いている広場へ戦の準備に取り掛かった。


 



 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る