Slayer
@SenmaRoga
第1話 前途多難
周りにそびえ立つのは立派に茂った木、木、木。店はもちろん、住宅すらない。それどころか、人がいる痕跡すらも在るかわからないほどの山奥だ。そんな場所に、一人の少年が佇んでいた。
「ここが、対機獣特殊機関養育施設、ね」
少年の名は宗方巽。代々続く呉服屋の一人息子となる。そんな宗方の瞳は温度なく、『対機獣特殊機関養育施設』を見つめていた。
今日は四月九日。『対機獣特殊機関養育施設』は今日(こんにち)入学式を開いており、現在の時刻は朝の九時。つまり、宗方は遅刻者の一人であった。しかし、そんなことはさも知らないかのように、宗方の様子に焦りは一切ない。
宗方の目の前には先すらも見えない高い壁──ならぬ、門がそびえ立っている。
「白亜(はくあ)、頼んだ」
ポツリと音を溢す。何処からか「キューッ」と高い鳴き声が響き渡ると同時に、宗方の胸元から拳ほどの大きさの白い塊が宙へ飛び出した。その白い塊は一旦宙で静止したかと思うと、みるみるうちに巨大化し、あっという間に三メートルほどの大きさとなる。
そして、その真の正体が露となった。
白い姿は変わらず、その巨体を鱗が埋め尽くし、琥珀色の瞳が炯々とし、その瞳から伺える鋭い瞳孔は恐怖心を掻き立てる。
しかし、そんな竜に怯えることなく、宗方は竜──白亜に近づいていく。
「よし。とりあえず、人のいる場所まで飛んでくれ」
言い終えると同時に大きな竜の背中に飛び乗る。
竜は畳んでいた大きな翼をばさりと開き、力強く地面を蹴る。宙に浮くと、翼をバサバサと動かし、空を走り出した。
頬や髪を撫でる風が気持ちいい。
宗方は白亜の上で胡座をかいたまま、静かに瞼を閉じる。
対機獣特殊機関養育施設は敷地面積が大きく、全体を見て回るだけでも三日はかかると言われているが、竜の翼には勝らない。あっという間に人の集まる場所、クラス掲示板の前に到着した。白亜が宙に飛んだまま、宗方は体を宙へと投げ出した。しかし、体勢が崩れることなくすたっと綺麗に着地を決める。
おお、と感嘆の声が聞こえるのもお構いなしに、宗方は掲示板をざっと見回し、『宗方巽』の名を探す。しかし、あまりの人の多さに辟易していると、一人の少年が宗方の隣に並んできた。
「お前、名前は? 探してやるよ」
「……宗方。宗方巽だ。字は」
「大丈夫、予想はつくよ」
名前を聞くと、少年はぐるりと掲示板を見回した。そして、一つの掲示板のなかにその名前を見つけると「あ」と小さく音を洩らした。
「俺と同じだ、一年A組。改めて、俺は周防隼人だ。よろしくな」
「……そうか」
宗方は自分のクラスと少年の名を聞くと、差し出された手をとることもなく、講堂へと向かって歩みだした。周防は呆気に取られたが、我に変えると苦笑を浮かべ、差し出したその手で自分の頭をポリポリと掻く。
「こりゃ、前途多難だなぁ……」
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