第25話 自我を持つ武器

 

 俺が受けたダメージは0だった。

 化け猫の【闇牙ヤミキバ】とかいう攻撃を、俺の手枷から垂れている鎖が防いでくれたからだろう。

 魔法も使っていないのに勝手に動いた鎖がな。



「ァア!!」



 化け猫は悔しそうに俺を睨んでいた。

 目の前に現れた大きな口は消えて無くなり、地面へと着地したあいつは歯をガチガチと鳴らしている。

 あんな大技を出してダメージが0だったんだからな。悔しい気持ちも分かるよ。



「そんなに悔しいのか?」

「ヴヴァ……」



 化け猫は切ない声を出しながら、背を向けて歩き出す。

 有効なダメージを与えられなかったのでトボトボと元の定位置へと戻ったのだ。

 そう。これでこのターンは終了。

 俺は大いなる力を発揮して化け猫を退けた。



「ふぅ〜。これで落ち着けるか」



 張り詰めた糸が途切れたように、俺は肩を下げて息を吐いた。

 あいつの攻撃はしばらくは無いんだからな。少しくらい休憩もしたくなるだろう。

 俺がそうやって顔を伏せていると、火憐が声をかけてきた。



「蓮君。やったね……これなら生きて帰れるかもしれない。ありがとう……うぅ……」



 涙に震えた声だ。彼女は頰に垂れる涙をゆっくりと指ですくっている。

 そんな彼女に俺は、精一杯の笑顔で応えたんだ。だってそうだろう? 

 笑顔が一番安心出来る。

 そういや俺も氷華の笑顔に救われてきたっけ。



「あぁ火憐。これで大丈夫だ」



 笑うってこんな感じだよな?

 ダンジョンに入ってから緊張の連続だったから、どうすれば良いかちょっと分からなくなったんだ。でも、氷華の笑顔は脳裏に焼き付いている。

 そう。俺は氷華のように笑えば良いんだ……彼女のように……太陽のように……。



「もう泣かなくていいよ」

「うん……ありがとう……」



 良かった。うまく笑えたみたいだ。

 俺の表情を見た火憐は笑顔で応えてくれた。もうそこに涙は無い。

 彼女は冷静さを取り戻しある事を指摘する。俺も疑問に思っていたあれだ。



「そういえば、蓮君……それって何なの?……」



 その指先の先には俺の手枷があった。

 そして、枷から伸びきった鎖が地面にグッタリと横たわっている。

 彼女の視線はそれも捉えているように見えたんだ。

 当たり前なのかもしれない。なぜこれが動いているのか分からないからな。

 俺は確認の為、手を彼女に向けて枷を見せた。



「これ?」

「うん。魔法を使ったようには見えなかったし……」



「これか……」



 戸惑いの声を上げる火憐。

 俺の手枷を指差しながらもう片方の手で口を覆っている。酷く驚いている様子だ。

 はぁ……安心させたと思ったらまたこれだ。

 未知の力に怯えるのは確かに分かる……生き物みたいな動きをしていたからな。

 そう思って俺が手枷を見つめた。

 その時だ……。



 ⦅ジャララッ⦆



「え?……」



 鎖がまた動き出している。

 【闇牙ヤミキバ】を受け止めた俺の鎖が、どんどん縮んでいくんだ。

 役目を終えたかのように静かな音をたてながら俺の手枷の元へと収束する。



「蓮君! 大丈夫?!」



 異変に気付いた火憐が俺に手を伸ばす。

 ゲームシステムのせいか、俺たちの間には見えない壁があって近づく事は出来ないが彼女は限界まで駆け寄ってきた。

 俺は、彼女が本気で心配してくれる事が分かって嬉しかったんだ。思わず綻んだ顔で応えてしまった。



「……多分、大丈夫」

「はは……何笑ってるのよ。本当は、大丈夫かどうか分からないんでしょ?」



 少し引きつった笑顔になった火憐も、危険を感じているというよりも不思議に思っているだけのようだ。

 伸縮する鎖なんて、見た事も聞いた事もないからこれが当然の反応だと思う。

 でも、本当にこの鎖は何だろうか?

 この枷も……この鎖も重さを感じない。何よりもどうやって動いているんだろうか? もしかして自動防御装置みたいなものなのか?

 ゲーム化している世界だ、そんな装置があってもおかしくはないはずだ。



 ⦅ジャララ! ガチャッ……⦆



 俺が思考を巡らせていると、鎖が元の長さに戻ったみたいだ。鎖は縮む事をやめると完全に動きが止まった。

 これは、単なるスキル発動時の演出だと思っていたんだけど……もしかして武器なのか?

 俺はもう一度、鎖を見つめた。

 するとどうだろう、声が聞こえてきたんだ。火憐の声でもなく、機械の音声でもない……幼い女の子の声だ。



「我の主人あるじは……お前か?……」

「え?」



 その声には驚かされたよ。

 最初はダンジョンに迷い込んだ女の子が近くにいるんだと思っていた。もしくは、ただの聞き間違いじゃないかって。

 だから俺は辺りをしばらく見渡したよ。でも、周りにいる人間なんて火憐ぐらいしかいなかった。

 そう。まさかとは思っていたが、この声は……。



 ――俺の鎖から鳴っている。



「おい主人あるじ。我の声は聞こえているだろう」

「…………」



「え? もしかして聞こえてない……ですか?」

「…………」



 一人で喋り続ける鎖。

 それを俺は黙って見つめていた。頭の整理がつかないんだよ、「なぜ物が喋ってるんだよ……」ってね。

 その光景を見ていた火憐は、俺に話しかけてきた。どうやら彼女にも鎖の声は聞こえているみたいだ。



「ねぇ。ちょっと蓮君。その声ってもしかして」

「うん。この鎖から聞こえているみたい……だね」



 火憐は何とも言えない顔をしながら鎖を指差している。

 もしかしたら彼女のその姿や、俺たちの会話が聞こえたのかもしれない。

 鎖は声を明るくして再び話しかけてきた。



「ほら〜。やっぱり聞こえているじゃないですか」

「「…………」」



 鎖が喋っている……。

 それだけでも驚くべき事実なんだが。

 何かこの鎖……性格がめんどくさそうなんだ。

 まだ化け猫との戦闘は終わってない。そんな緊迫した状況の中で続く鎖の軽い言葉は、俺の口から端的な言葉を引き出させた。



「ム……ムシしないで下さい……」

「…………」



 ――は? 

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