第24話 鎖と枷

 

 ――さぁ、反撃の開始だ。



「っと、その前に……」



 俺はもう一度自身のステータスを見た。

 最弱だったはずの能力値が、全て1万になっているんだ。確認したくもなるだろう?



―――――――――――――――――――――――

 ●能力ステータス

 ・Lv.1

 ・職業→『奴隷(スレイヴ)』


 ・魔攻→『10000』

 ・物攻→『10000』

 ・魔防→『10000』

 ・物防→『10000』

 ・知力→『10000』

↓↓↓↓↓

―――――――――――――――――――――――



 やっぱり……夢じゃない。

 スキルは……夢に出てきた老人の言葉は……嘘じゃなかった。

 これで俺のステータスは今や、最強職の【キング】にも劣らない。



 いや……むしろ大幅に超えている。

 この俺が? 最弱職の【奴隷スレイヴ】が?

 【キング】を超えたのか。

 虐めっ子の鮫島を……幼馴染の氷華を……。



 俺はゆっくりと上を眺めた。

 眺めたといっても視線の先は岩だけどな。松明たいまつに照らされた薄暗い岩肌。

 でも、そんな事はどうでもいい。スキルを発動してもなお、体に蓄積された痛みは消えていないからだ。

 この痛みの中、過去に想いを馳せる事など出来ない……そんな余裕は無いんだ。



 だから、上を眺めた事に理由などありはしない。

 ただ……自然と体が勝手にそうしただけだ。



「あぁ……いてぇ……」



 俺は顔についた泥を拭こうと手を上げた。

 すると……。



 ⦅ジャラッ⦆



「何だこれ?」



 右手に手枷が付いている。いや、それだけではない。

 自身の腕程の長さの鎖が手枷から垂れているのだ。まるで鎖につながれた奴隷のように。

 しかもそれは右手だけではなく、両手についていた。

 スキル発動時の演出のようなモノだろうか?

 だったら、もう少し派手な演出の方が良かったんだけどな。



「アァアァアア!!!」



 俺が少し笑った後に、化け猫が叫ぶ。

「俺を忘れるな」と言わんばかりに吠えた。その呻き声は最早怖くない。

 スキルを発動する前はあんなに怯えていたのに。

 今では何も怖くないんだ。

 もちろん、あいつから受けた攻撃の痛みは忘れないさ。何回も何回も噛みつきやがって。



 あの時はパニックで視野が狭まって、ただただ庇うことに必死だった。

 でも……今は周りがよく見える、音がハッキリと聞こえる。

 火憐の姿……声が……泣きながら笑う……その表情も……。



「化け猫……お前の事もな」

「アアァア!!!」



 少し距離を開けていた化け猫が、勢いよく飛びかかってきた。

 いつもは足元にカプッと噛むだけなのに、今回は俺の頭に届くくらいジャンプしている。

 数多あまたの醜い口が大口を開けて迫り来るんだ。

 もし仮に、誰かが見ていたとしたら……その光景は恐ろしく残酷なものに見えるだろう。



 例えば……そう。火憐だ。

 彼女は叫んでいる。

 こちらに手を伸ばして……クャクシャに濡らした顔を腫らして……。



「もうやめて……」



 切ない声が響いた。

 あのステータスは見せたはずなんだけどな。

 けど、今まで散々痛めつけられてきたんだ。まだ不安が拭いきれてないんだろう。

 さっきまでの動きとも全然違うからな。



 叫ぶ火憐と吠える化け猫……視線を集中させていると、遂に機械音が鳴り響いた。



〈『呪猫(カース・ケティ)』は『蓮』に『闇牙ヤミキバ』をした〉



 やはりそうだ。

 さっきまでの『噛み付く』とは、モーションが明らかに違う。

 でも、『闇牙ヤミキバ』って一体どんな技。

 ……っておい、嘘だろ?……



「アァア!!!」



 高くジャンプした化け猫が、顔についた全ての口を大きく開けて威嚇する。

 いや……これは……威嚇ではない。



「お前……こんな事も出来たのかよ」



 ⦅ガバァッ⦆



 あり得ない。

 何も無い空間から大きな大きな口が……牙が……まるで獣のような口が目の前に現れた。

 禍々しい闇で構成されたそれは、圧倒的な存在感を見せつけて俺と火憐を圧迫する。



 どうやら、前までの『噛み付く』攻撃は手を抜いていたらしいな。

 この『闇牙ヤミキバ』が化け猫の本気なのかな?



 俺は目の前に現れたそれに見入ってしまった。

 そしてふと、思ってしまったんだ。



 本当に勝てるのだろうか?

 ――と。



 希望が絶望に変わる……俺の目の前が真っ暗になろうとした。その時だった。

 またあの声が聞こえたんだ。



「蓮君! 逃げて!!!」



 あぁ……俺は何を考えているんだ。

 救えるか救うじゃない。

 俺は……。



 ――救うんだ



「化け猫ぉおおお!」

「アアァ!!!」



 化け猫が叫ぶと共に、禍々しい牙が迫ってきた。

 いよいよ攻撃開始というわけだ。

 俺の体がすっぽりとハマるような巨大な牙。そんな巨大な牙が口を大きく広げて迫り来る。



 ひとまずは、両腕でガードをするしかないか。

 俺は胸の前で腕をクロスさせた。気休めにしかならないが俺にはこれしか出来ない。

 後はダメージ計算で、俺の能力値が上回っている事を信じるのみだ。



 迫り来る牙は後もう少しで俺にたどり着く……はずだった。

 だが……。



 ⦅ジャララララッ!!!⦆



 その時、金属類が動き回る音がけたたましく鳴り響いたんだ。

 この音はどこから鳴っている? これも化け猫の攻撃なのか? 俺は、一瞬の間に音の正体は何かと頭を張り巡らせた。

 するとある事が分かった。



「この音は……」



 ――俺の鎖の音だ。



 そう。この音の正体は俺の両手についた枷の鎖だったのだ。しかも長さが伸びている、伸び続けている。

 そして……。



 ⦅キンッ!!!⦆



 あろう事かその鎖が牙を止めたのだ。

 まるで生き物のような意思を持った鎖は、必死に迫り来る牙を受け止めている。

 ⦅ガチャガチャ⦆という鉄の音をたてながら。



「あっ……あっ……」



 一方で、あり得ない光景の連続に、火憐は口を開けたまま閉まらなくなっている。

 無理もないか。その鎖の主も混乱しているんだからな。



「鎖が俺を守った?」



 俺は自分の枷を見つめた。

 魔法も使用していないし、スキルにもこんな事が起きるなんて書いてなかったはずだ。

 何が起こっているだ?……。俺は、本当に何が起きているのかをもっと考えたかった。

 でも……俺の疑問が解決する前に、機械音が言葉を続けたんだ。

 俺が受けたダメージについてね。



 そして、その機械音の言葉に俺と火憐は言葉を失った。

 この時始めて機械音の声を優しく感じたんだ。大袈裟おおげさじゃなく、神様じゃないかなって思うくらいだったかな。

 そう。機械音はじっくりと……ゆっくりと……ダメージを告げた。



 〈ジジッ……〉



 〈蓮に……〉







 ――〈0のダメージ〉

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