Chapter 2
第7話 ダンジョンの怪物
突然ですが……皆さんは『ダンジョン』に侵入したことはありますか?
ん?そもそも『ダンジョン』がない…ですか。
もしかしたら、あなたの世界にも出現するかもしれません、その場合は絶対に入ってはいけませんよ。
私もあの時、『ダンジョン』なんか入りたくなかったんです。
もし、氷華を連れて無理矢理にでも、家に帰っていたらと今でも後悔してますよ…
本当に、『ダンジョン』の事はもう思い出したくない……
―ダンジョン内・最下層―
【コツコツコツ】
人の気配が全く無い大穴の中、緩(ゆる)やかな下り坂を数人の集団が降(くだ)っている。
中の構造は鍾乳洞のように、岩で構成されていて、両隣には
『ダンジョン』の構造を確認しながら、蓮を先頭に3人が歩いていた。
先頭を歩いている彼は、もう体力が尽きかけているようだ。
ふらふらと左右に揺られながら、なんとか前に進んでいる。
■□■□
「疲れた…」
もう、どれくらいの時間が経ったのだろうか、足が棒になるほど歩いている事は確かだ。
俺を、一体いつまで歩かせるつもりなんだろうか。
スマホを見てみたけど、歩き始めてから2時間は歩いている。
入り口からずっと緩やかな下り坂なので、この地点は随分と地下に位置しているのではないだろうか。
俺がそんな事を考えていると、後ろから鮫島が頭を小突いてきた。
疲労のせいで先頭の歩みが遅れ、鮫島との距離が詰まってしまうのだ。
「おい奴隷!さっさと歩け」
「分かったよ、あんまり押さないで鮫島君」
俺たちがいるこの場所は、『ダンジョン』と呼ばれる大穴の内部である。
といっても……無数の松明がズラッと左右の壁に掛けられているので、奥に入ったとしても視界が奪われる事はない。
その視界には大きな一本道と、複数の横穴が映るだけだ。
本来なら横道も探索するべきなのだが、横穴には松明(たいまつ)が用意されておらず、危険と判断したために、俺達は、ただひたすらに一本道を進んでいる。
しかし延々と続く一本道に、鮫島達は飽き飽きし始めているようだ。ダンジョンに入る前は、あんなに元気だったのに…今じゃ愚痴しか言わない。
今だって、ほら。俺の後ろで二人がブツブツと文句を言っている。
「今のところは単なる鍾乳洞ってところか。期待はずれだな」
「そうね、本当に何も無いわ」
鮫島と松尾の言葉通りだ。このダンジョン内には金銀財宝など期待していた物は、何も無い。
実際には、薄暗い横穴にでも行けば何かあるのかもしれないのだが、今回の装備では準備不足だ。
鮫島達もそう思っているんじゃないかな?…
いや、一本道に掛けられている松明(たいまつ)を取って進んだり、鮫島や松尾の魔法で照らす事は出来るかも知れない。
しかし、俺達がそうしない事には理由がある。
先程何も無いとの発言があったが、厳密にいうと『ダンジョン内』に何も無いわけではなかったのだ。
戦車が何台も通った跡、無数の人の足跡が地面にくっきりと残されている。
それなのにダンジョン内では人と会わない。まさかとは思うが捜索に入った部隊が、全滅した可能性があるのだ。
声には出していないが、ここにいる3人は皆、心の何処かでそう思っているのだろう。横穴について誰も言わない。
横穴の事なんかよりも、戦車の足跡の方が気になるよ。
なんで人に会わないのか……不安になるばかりだ。
俺だけじゃない。鮫島までもが不安の声をあげていた。
「なぁ、松尾。これ戦車の跡だよなぁ」
「そうね、この特徴的な跡は戦車じゃないかしら。でも、なんでダンジョンの入り口に自衛隊がいなかったのかしらね」
「この『ダンジョン』は自衛隊がもう攻略済み。それかもしくは……いや、それはないか」
退屈そうな声で鮫島は、そう呟いた。
恐らく今、鮫島に帰ろうと提案すればダンジョンから脱出する事ができるだろう。
でも、俺は絶対に提案しない。理由は1つである。
先に入った氷華達の姿が、一向に見えないのだ。
俺だって、ちゃんと前に意識を集中させて人影がいないか、足音がしないかを最大限に注意しているんだ!
でも、何も見えないし、何も聞こえないんだ。
俺がやるせない気持ちになった、その瞬間だった。あいつを見つけた時は……
【コツコツコツ…】
前方から、軽い足音がしたんだ。人の足音とは違う。軽い音。
最初はノラ猫がダンジョン内に迷い込んだじゃないのかなって思った。
–––けど、違ったんだ。
「なんだよあれ…」
視線の先で異変を察知した俺は、大声をあげて鮫島に駆け寄った。
悔しいが…鮫島は強い。
度胸もあるし腕っ節もある。そんな奴が『王』の職業を授かったんだ、頼りたくもなるだろう?
「鮫島君、助けて!」
「どうした奴隷、もうダンジョンから出たいのか?」
「いいわよ。私も、もう出てもいいかと思ってきたわ。何がダンジョンよ。何も無いじゃない」
俺の声は落ち着いた2人とは対照的だ。
まるで見てはいけないモノを見てしまったかのように、大きく震えていたと思う。
いや、あれは見てはいけないものだ。あんなものが、この世にあるはずが無い。
「違うよ。鮫島君!前から何か来るんだ」
「本当か!……ん…はぁ?」
鮫島は、俺の指差す方向に視線を向けた。
しかし……指差す先には、一見すると子猫が向かって来ているように見える。
実際に鮫島は、呆れて言葉が出ないようだ。腕を組んで、顔を歪ませている。
隣で聞いた松尾まで俺のことを馬鹿にしてきた。
「はぁ?ただの猫じゃね」
「ビビリすぎよ、奴隷君」
「2人とも!よく見てよ、あれは猫じゃない!!あり得ないだろ…だって……だって……」
鮫島と松尾は、『ダンジョン』内には何も無いと決めつけているのだろう。ちゃんとよく見ていないのだ。
近づいてくる『あれ』は、本当に単なる猫ではないのに……
体長は確かにネコかもしれないが、顔をよく見て欲しい。
目と鼻が無く、代わりに大量の口が顔面に備え付けられている。
鳴き声も、可愛らしいものではない。人の呻き声のような不気味な音だ。
『アゥゥ…… ア』
俺は震えていた。
顔を下に向けて、必死に目を合わせないようにしていたんだ。
正直、今すぐ振り向いて出口まで走りたい。
––––でも……もし氷華に何かあったら…
そう思うと、出口への一歩が踏み出せなかったんだ。
覚悟を決めた俺は、改めて、化け物がいた方向を見つめたよ。
でもね……覚悟なんてカッコいい事言っても、化け物が近づいてくると、カッコつける余裕なんてなくなるよ。
化け物の醜い口が見えるまで近づいてくると、俺は怖くて情けない声をあげてしまった。
やっぱり、怖かったんだ。
「う、うわぁ!」
「うっせぇぞ奴隷!早くこっち来い!」
この頃には、鮫島や松尾の目にも異様なネコの姿が映っていたみたいだ。
拳を前に突き出して戦闘状態になっていた。
でも、二人は油断している。
「ダンジョン内には、こんな可愛い化け物もいるのか」
「気持ち悪いわね。奴隷君早く下がりなさい、一緒に戦うわよ」
「は、はい!」
普段はいじめっ子の鮫島でも、こういう時に味方になってくれると心強い。
今まで俺を虐めた分を今、返してくれ。
俺は、必死に全力で2人の元へ走った。まだ死にたくない……
そして、二人の元に着いた時だった。俺達の頭の中で、機械音の声が響いたのだ。
人間味もなく、抑揚もない、気色の悪い音が。
〈…戦闘を…開始いたします………〉
なんだこの機械音、怖い…本当にただ、文字を一つ一つ抑揚も無しに言ってるだけだ。
俺は怖くて言葉が出なかった。鮫島と違ってね。
「おい、なんだこの音は」
「鮫島も聞こえてるのね、、奴隷くんは?」
「は、はい…聞こえます」
機械音もそうだが、他にも違和感があった。それは、俺達と化け物との位置関係だ。
きっちりと鮫島・松尾・俺が横並びになり、化け物と一定の距離をあけたまま固定されている。
––-まるでゲームの戦闘シーンのようだ。
「本当にゲームみてぇだな、最初の敵は子猫ちゃんか。悪かねぇな」
「そうね。お試し戦闘ってところかしら」
いじめっ子2人は、相手を侮って会話をしているが……本当に相手は弱いのか?
俺は不安だった。もしゲームに準じた状況なら、ここはダンジョンの奥深く…ボスキャラが存在してもおかしくない地点だと思うから。
でも大丈夫だったよ。
すぐに化け物のステータスが、目の前に浮かび上がった。
鮮明にね、俺達がしばらく黙り込んでしまうほどに。
「「「え…」」」
映し出されたステータスを見て顔を歪ませているのは俺だけじゃない。もちろん、いじめっ子二人も、顔を引きつらせながら声を荒げている。
「おい松尾……逃げるぞ!!」
「でも鮫島。一定の位置から動けないようになってるわ…」
「………」
「おい!奴隷は今どうなってる」
「………」
「おい奴隷!!」
恥ずかしながら……俺は声を荒げている2人とは違って、ただ目の前の相手ステータスを見つめることしか出来ていない。
現実を受け止める事が出来ないんだ。
–––自分達は、死ぬだろうという現実を
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●呪猫(カース・キティ) Lv.20
○HP…『5000』
○状態…『通常』
○殺人カウント…『100』
闇より生まれた呪われし子猫。
人間を食い散らかしていくたび、口の数が増えていく。
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