第5話 Grow up together【幼馴染】
俺は、ひどく混乱していた。
ダンジョンの近くで氷華の声が聞こえるんだ。
全ての高校で、早く帰宅しろって言われてるんじゃないのか?…
もし、こんな所で氷華と会ったら。
–––虐められている事が、バレるんじゃないのか?
俺は、全く想像していなかった事態である、と言わんばかりに顔をしかめた。
もちろん、異変に気付いたのは俺だけじゃない。
鮫島も、腰掛けていた大きな石から立ち上がり、辺りを見回し、手を耳にそばだてて音を聞く仕草をした。
「おい、なんか人の声がしねぇか?もしかしたら俺等以外にもダンジョンを狙ってる奴らがいるかもな」
「そうね、私達のライバルになるかもしれないわ」
2人のいう通りだ。確かに、興味を持ってダンジョンに近く輩はいるかもしれない。
だが、氷華は真面目で、意外と慎重な性格だ。鮫島みたいなヤンキーとは全然違う。
きっと聞き違いのはず……
いや、きっとじゃ困るんだ頼む、この状況を氷華に見られたくないんだ。頼む頼む……違う人物であってくれ…お願いだ神様。
顔を地面に向けて手を握りしめる。これほど神様にお願いした事はこれまで一度もない。
しかし、そんな俺の願いは、虚しくも聞き入れられないようだ。
コツコツコツとダンジョンの入り口付近に足音が近づいてくる。
―コツ……
近づいてくる足音の主も、ダンジョンの入り口付近で集まっている鮫島達に気付いたようである。足音が止まったのだ。
音が止まった事を確認すると、俺は恐る恐る足音の方向に振り向いた。心臓がバクバクに鼓動する。吐きそうだ……
でも、俺は誰が来たのかを確認する…視線の先には–––––
おい嘘だろ、そんな……
緊張した表情から、苦虫を潰したような表情に変わる俺。じっくりと彼女の方を見つめると、他に複数の人影を見つけた。
氷華だけではない、友人らしき人物が他にも3名程いるのだ。
しかも、氷華が俺の視線に気づいたらしい。元気にこちらに向かって、手を振っているのが見えた。
「あっ!蓮じゃん。おーい!」
楽しそうに手を振ってるな……
氷華は、俺の気持ちなんか知らないんだろう。この場から消えて無くなりたい程の気分だって事を。
終わった……ここで、俺が虐められている事がバレれば氷華から嫌われてしまう。
いや、虐められている事だけではない、これまで嘘をついていた事がバレてしまうじゃないか。
それだけは絶対に避けなければならない、氷華と二度と会話ができなくなるなんて嫌だ……クソッ!こうなったら…
俺は覚悟を決めた。体を震わせたまま、鮫島と松尾に向かってゆっくりと振り向いたんだ。確固たる覚悟で、鮫島達に迫る勢いで。
「鮫島君、お願いがあるんですが」
「ん?何だ」
「あの子がいる間だけは、虐めないで…もら…えませんか?」
覚悟とは裏腹に、言葉は正直だ。鮫島が怖い。けど、これでダメならもう終わりだ……
もし生きて帰れたとしても、明日から1人で学校へ行く事になるんだろうな。
しかし、目の輝きが失われた俺に鮫島が放った言葉は意外な言葉だった。
「知り合いか…まぁいいだろう。あいつらがダンジョンに入っていくまでは俺は黙ってるわ。その代わり…分かってるな?」
「はい!ダンジョン内では、先頭を歩かせてもらいます」
「ちょっと鮫島!あんた何、奴隷君の言う事聞いてあげてるのよ」
俺が鮫島と会話をしている最中に、松尾が割り込んできた。俺の言う通りに話が進むのが、 気に食わないようで、腕を組んで俺を睨みつけている。
松尾さん、美人なのになぁ……性格キツいんだよな。
「まぁまぁ、落ち着けよ松尾。俺は虐めないって言ったんだ」
「どういう事なのよ?」
「ふはは。知るかよ!ほら奴隷、さっさと知り合いとやらに挨拶済ませてこい」
「ありがとう鮫島君!」
俺は、初めて鮫島の事を良い奴だと感じた。不自然な程に優しい笑顔に、奇妙な感触は覚えたが俺は走る。氷華の元に。
「ごめんよ。氷華〜」
「ちょっと蓮。なんでさっき無視したの!」
「いや、ちょっとね、ダンジョンに入る前だから緊張しちゃって」
「ダンジョンに入るんだ?」
「うん!そうだよ。やっぱり気になっちゃってさ」
「気をつけなさいよね~」
「分かってるって」
やっぱり氷華と話してると落ち着くな〜。って違う違う。俺はこんな会話をするために来たんじゃない。
楽しく会話をしていて忘れていたが、1つ気になる事がある。なぜ氷華がこの場所にいるのか、という疑問だ。それを聞かなければ気になってダンジョンに集中できない。
俺は、さりげなく氷華に聞いてみた。
「あ、そういえば。どうして氷華はこんなとこに来たの?」
「私自身は反対したんだけどね~」
氷華はそういうと、隣にいた友人達をチラリと見た。何かの合図なのだろうか、彼女の友人が口を開く。
「氷華は『王(キング)』じゃん!なんかあっても大丈夫だって、私達がお願いしたのよ」
「そう!こんな感じで、ダンジョンに来ちゃったの」
「へ、へぇ〜」
なるほどそういう事か、確かにお人好しの氷華らしい行動だ。
俺は、腕を組んで感心してしまった。
すると、氷華と仲間がダンジョンに向かって動きだしている。何か急ぐ用事でもあるのだろうか、そう思わせるような慌ただしい動きだった。
氷華も申し訳なさそうに手を振ってくる。
「ごめん!私達、もうダンジョン入ってるから!塾に間に合わなくなるの」
「分かった。またダンジョンで合流したらよろしくね」
「うん。俺達も、もう少ししたらダンジョンに入るから」
蓮の言葉を聞いた彼女達は、鮫島が近くにいるダンジョンの入り口に差し掛かる。
そして、なぜか鮫島はそれを見つめていたのだ。何かタイミングを図っているかのように。
その明らかな視線には、氷華達も感づいている。仲間内で固まりながらボソボソと話していた。
「氷華〜あの人達、雰囲気悪いね。ずっとこっち見てるよ」
「ね。早くダンジョンに入っちゃお」
「そうだね」
彼女達は、歩くスピードを速めて少しでダンジョンに入る。その時だった。
悪魔のような笑みを浮かべながら、鮫島が大きな声で氷華に向かって言葉を放ったのだ。
「蓮の職業は『奴隷(スレイヴ)』だぞ!」
ただでさえ大きな声だが、山に茂っている木々に反射しているせいで森中に響く。
その言葉は、俺にも聞こえてたよ!
『奴隷(スレイヴ)』だと暴露された俺の顔は、くしゃくしゃに歪んでいく。
俺の人生の希望が、氷華との関係が消える……
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