第12話 寄る辺無き者共
12時36分。中央区 メル・グランデ橋前 住宅地。
冠水した路面に着地し、水の中を掻き分ける様に歩く久遠彼方。
金属を叩き付ける様にキィン!カァン!と行き先で鳴り響く。
住宅地の奥。黒い球体を背に金属音を頼りに歩く彼が向かう先には薄っすらと霧雨の中で武器を振り、互いの武具で防いでは攻める動作を繰り返す。
1人は右手にロングソード、左手にはカイトシールド。
もう1人は槍の穂先、スパイクのついた金槌、直角の刃を持つ斧頭。更に側面に鉤爪を備えた斧槍。ポールアックス。
見えてきた姿は十字怪人と重騎兵の怪人だった。
2メートル程の板金鎧を彷彿とさせる怪人は、
十字怪人に向けて槌頭を大きく振るうが、彼の持つ盾の縁でコツンと音を立てて防がれる。
その隙に右手のロングソードを大腿部に向けて突き出されるが、
重騎兵の怪人のすかさずポールアックスを、
小刻みに振るって持ち手を逆さに向ける様に石突を刀身にカツンとぶつけて直撃を防ぐ。
互いに大袈裟な力を必要とせずとも素早く、そして丁寧に防御と回避行動を行う。
そして死に至らしめる為に必要な損傷を与えられる確実な攻撃を繰り返す。
(もう、他の怪人と戦っている……!でも、同じ地球人なのに何で仲間割れなんて…………!)
一歩前に踏み出したと同時に彼の腹部には光が放たれると瞬時に彼の身体を包み込んでいく。
「止めろ!!!!止めるんだぁあっ!」
その叫びと呼応するかのように腹部に菱形の白い宝石が発光し、彼の全身に纏っていく。
白い体表に白い鎧を纏った光る人の形。
射し込んできた眩さに互いに引き下がって視線を向けると、
ザバザバと水を掻き分けて白い怪人が姿を現した。
2人の間に割って入ってきた白い怪人は咄嗟に身構えるが、
気に留める素振りも見せない十字の怪人は迷うことなく彼に向かって盾を構えながら突進する。
「……うぉわぁあっ!?」
広い面積の堅い板を押し付けられ、防ぎようがない殴打にそのまま倒れ込む白い怪人。
目の前で倒れ掛かってきた白い怪人の身体に思わず重騎兵の怪人は両手に握り込んだ長い柄を押し当てて、身を守る。
バシャンと大袈裟に水を跳ね上げて冠水した路面に倒れる白い怪人だったが、
慌てて起き上がって十字の怪人を警戒する様に再び身構えた。
しかし、そこには大きな盾と剣を持つ怪人の姿は消えていた。
「何だ、お前は!?
今頃こんな場所でうろついているような奴がこの戦いの邪魔をして何になる!?」
代わりに後方から声が掛かり、振り返った途端。
既に重騎兵の怪人は彼の首元に斧槍の鋭い穂先を突き付けていた。
「待って下さい!何故、地球人同士で争う必要があるんですか!?
俺はあの怪人を止めに来ただけなんです!
この世界の人に危害を加えているから、あいつを止めに来ただけなんです!」
話を聞いて黙り込んだ重騎兵の怪人は円錐状の穂を離すと、彼の身体をまじまじと見詰めながら言った。
「…………白い怪人……。そうか……、そう言えば君は昨日の事件の当事者だったな。」
石突を路面に突き立てて穂先を上向きにすると、彼は落ち着いた口調で訊ねる。
「君は昨日の一件で魔法使いに協力していたようだが、他の地球人が何故この世界の人間を襲っているのか。
そしてどうやってこの世界で生き永らえようとしているのか知っているのか?」
「いえ……、全く。それは魔法使いの人達だって知らないことです。
俺は、それを知る為にここに来たんです。この世界と地球で起こった問題を解決できるように。」
素直に。そして純粋な答えが返ってくると「やはりね……。」と呟く。
「何も知らないのなら教えよう。この街は人口地震による津波で壊滅し、海に沈む。
僕はそれを妨害しようとする邪魔者の阻害をしているんだ。」
「街が……!沈む!?何でそんなことを!?
どうしてこの世界の人をそこまでして苦しめようとするんですか!?」
サラリと告げられた起こり得る脅威に思わず詰め寄っていく白い怪人だったが、
静かに頷いて落ち着いた様子を見せる彼は指を指し示した。
その先は霧雨で霞んで垣間見えるアーチ橋。
中央の盛り上がった様なスロープと両端に設けられた階段。
中央区の大運河。メル・グランデを跨ぐ大橋の入り口だった。
「疑問に思うのは当然だ。着いて来ると良い。
今、この街の存続を懸けて地球人達が抗おうとしている。
自分の目で見て、判断してみると良い。
地球という居場所から追い遣られた者達が、身勝手にも異世界の人々を犠牲に、
自分達の安寧の地を築こうとする様を、ね。」
12時39分。 中央区 メル・グランデ橋。
「駄目だ!速すぎて当たらない!」
弓を持った皮帽子の怪人が遠ざかる魚の怪人を見て言った。
翼がある者は飛び立ち、一跳びで橋から岸まで跳躍する者や人並み外れた走力で駆けていく者。
「くそぉお!あんなに速いんじゃ、追い付けねえじゃねえか!」
そう言って駆け出した茶色の皮鎧を纏った怪人の肩を掴んで引き止める者が居た。
「焦るな。今、行った奴らがここまで追い込んでくれるのを俺達は待っていれば良い。」
ホーバークの様なコートを纏った鎖帷子の怪人。
皆、共通して髑髏の鉄仮面をしているが、
人力を超越する程に身体能力が異常に高い者共が率先して魚の怪人の後を追う。
「……何でそんなに落ち着いていられるんだぁっ!?
こうなる前にさっさとあの女を殺しておけば、
焦りながらこんなことする必要なんて無かっただろう!」
焦りに苛立った様子の皮鎧の怪人が憤る中、
落ち着いた様子の鎖帷子の怪人は淡々とした口調で答えた。
「それでどれだけの奴らが返り討ちにあったと思っている?
あいつは水の中で活動できるだけじゃない。
やろうと思えば水そのものを自在に操れる。
只でさえ水路だらけのこの街であいつと戦ったら、生きるか死ぬ、の話で済むと思うか?
今度は魔法使い達が光の弾を一斉に撃ってきて、
一生残る火傷に悩まされながら逃げ回るか、黒焦げにされて焼き殺されるか、選ぶ羽目になる。
そのお陰でどれだけ巻き込まれて殺された奴がいるか、なんて考えるまでもないだろう。」
「誰が好き好んで殺されること前提に考えるんだ!?
俺達は何のためにこんな都合の良い世界に来れたと思ってんだぁ!
あの世界で絶対に手に入らなかった幸せを手に入れる為だろぉお!?
自分がこれから死ぬかもしれない、って時に呑気に落ち着いてなんていられるかよ!
それなら地球で自分から死んでいった奴等と何も変わんねえじゃんかよ!?
始めっ、から生きることに絶望して、諦めていたから、
この世界で幸せに生きていられると思っているんじゃないのかよ!?」
暇を持て余して口論になった様子を眺める周囲の怪人達は、
「それが出来ているなら苦労しないわな。」と各々に話題を広げていく。
「おいおい…………。全員が同じことを考えて行動している訳がないだろ。
そもそも、生まれながら環境に恵まれている奴がこんな場所にいる筈がないよなぁあ?
だから世の中の不条理さに狂っちまって、自分の欲を満たす為に関係の無い人間を殺す奴だっている。
それなのに俺達みたいに引き籠って安全な場所に隠れていた奴らに今更何ができる、ってんだ。
結局は、何処に行っても力のある恵まれた奴等が、
自分の都合の良い様に人生を楽しんでいるだけだろう。
俺達みたいな、端から何も持っていないどころか、
何も手に入れることさえ出来なかった奴らがそいつらの為に下働きしているだけじゃねえか。
全部、自分が生きる為だろぉ?
死にたくねえ、と思うのなら。黙ってやるしかないよなぁあ?」
呆れた様子で諭す語った鎖帷子の怪人はツカツカと、
徐々に近付きながら肩を組んで顔をわざとらしく近付けると念を押す様に言った。
「手に入る訳がない幸せの為に生きるんだろう?
なぁあ?一緒に頑張ろうぜ?どうせあと30年程度の人生だろぉ?
俺達みたいな持たざる者は、そうやって生きる為だけに生きるしかないんだよ。なぁ?」
彼等の口論が静まった途端。
霧雨の中から一閃の青い光を放たれた。
「……がぁぁああ!!!?」
射し込んできた光と同時に叫び声が上がると、
橋の奥でどよめく彼等は口々に「魔法使いの、変身する奴だ!」と声が上がる。
「魔法使い……!あいつ等、沈んでいなかったのか!」
すると桁下から水上バイクが一斉に発進し、魚の怪人が向かった方へと直進していく。
「……あいつは囮という訳か。」
バイクを横目に橋のスロープから上がって来る白髪の少女。
青い宝石の様な剣を右手に持ったまま、左手でベルトから宝石が装飾されたバックルを引き抜く。
「寄りにもよって……魔法少女かよぉ……!
ぉ、お、俺はやらないぞ!あんな奴と!
俺達みたいな中途半端な奴等じゃ、勝てる訳ねえだろぉ!」
狼狽える皮鎧の怪人が徐々に引き下がりながら逃げようとすると、
ズカズカと早歩きで詰め寄った鎖帷子の怪人は彼の胸元を掴み上げながら顔面を近付けて苛立ちを露にする。
「いい加減、うるせぇえな……!おめぇ!グダグダ言ってないでやるんだよ。
俺達は特別な人間なんかには絶対に成れやしねえ。恵まれた人間じゃねえだろ。
これ以上、どんなに足掻いても何者なんかにもなれねえんだよ。黙って働け!」
そう言って乱暴に放り投げる様に手を放した彼は漸く感情的な怒りを声に出すと、立ち止まった彼女を見て剣を引き抜いた。
「……アンロック!」
薄型のバックルを口元に近付けて音声を入力した彼女は、
拳銃ではなく、再びバックルに戻す様に再装填をする。
「ACCELERATION」
青く発光して稲光を纏う少女。
再び彼女が剣を構えると、全身に電光を纏う彼女は突如として姿を消した。
「なにっ!?ぅぇうぁっ!!!!」
そして瞬時に怪人の目の前に出現して青く透明な宝石の刀身を振るっていた。
加速装置。
久遠彼方が説明を受けた旧式のブレインギアとは違い、
肉体的な負担の少ない状態で超高速低負荷運動を可能とする。
彼女の場合、機体の運動ではなく、肉体の運動の為、
自身の体細胞中の電気信号を操作し、筋力や運動速度、動体視力などの運動神経細胞の働きを向上させる。
この時、彼女の脳に送り込まれる電子の伝達は神経系を通して加速し、思考速度が瞬発的に跳ね上がる。
その為、傍から見ると姿を消した様に見えたと思えば、
怪人1人1人の目に態々出現して通り様に引き裂いている様に見える。
橋の下から橋の階段にいる者のから順にかけ上げっていく様に、
一瞬にして下段に居た者から順番に血飛沫が上がっている様に見えていた。
しかし、彼女の視覚からは自分以外の者はゆっくりと動いている様に見えている。
全身から迸る青い電気が走る度にバチバチと音を立てて階段を駆け上がり、
すれ違い様に剣を振るうことで腹を割き、次の者には胸を割く。
「うぉ……、がぁあっ……!」
ゆっくりとした歩みで剣を振り被ってきた者には腕を引き裂き、宙に片腕が跳ね上がる。
「わあぁあああああっ!!!?うわぁぁあああああああっ!!!!」
橋の上まで上がり、中央で固まっている者共の中に入り込んで剣を振り回した遠心力で回転する。
取り囲む前に潜り込まれた周囲の怪人たち5人は、たった一度回転した刃に切り裂かれた。
「ぅわ……!うおぉわあああああっ!?」
「無理だ……!俺達なんかじゃ無理だ!!!!勝てる訳がないっ……!」
断末魔が上がり、阿鼻叫喚する彼等。
続いて欄干に立っていた怪人からの槍による突きがゆっくりと迫る中、
穂先が当たる前に瞬時に真下のまで潜り、剣を腹部に突き刺しに素早く引き抜く。
「おぉおっ……!?」
髑髏の口元から血を噴き上げて欄干から水路まで落ち、粒子を溢して消滅する。
代わる代わる目の前に現れては消えて、傍に現れては消える。
この一連の流れの中にも彼女の加速装置には欠点があった。
しかしながら、その対抗策を持たない彼等は次々と青い電子が迸る宝石の刃に切り裂かれる。
そして今度は彼等へと向かって行く。目にも止まらぬ速さで迫って来る。
彼等には常に瞬間的に移動して殺傷する通り魔の様にしか見えなかった。
皮鎧の怪人が目にした時には既に鎖帷子の怪人の胸部には剣が突き刺さっていた。
「ぅ……ぁああ……!」
口元から血を噴き出して倒れ込むチェーンメイルの怪人。
その先に見える大橋は血溜まりになっていた。
青い粒子を雪の様に溢してそのまま消滅する者。
切断された腕を拾い上げながら倒れ込んで消える者。
身体を引き摺りながら這い蹲って消える者。
それは彼等にとっては、殺人未遂という犯行の明確な悪意に対する罪以前の問題だった。
特異な力を持たないばかりか、彼女等に対抗する手段を身に着けられなかった者達への引き起こされた惨劇。
先程まで協力関係に合った寄る辺なき者共の末路。
当然、故意で人を殺めようとするなどという動機は、
彼女等にとっては人としての問題である以前や以後の話ではない。
ましてや彼女ら魔法使いは明確な悪意を持って犯行に及ぶ怪人は射殺の対象となっている。
11人中、たった1人の怪人が生き残っていた。
その間、僅か1分未満。時速約1,300km。
マッハ1相当の音速で高速移動を瞬間的に繰り出していた。
「LOCKED FOR RECOVERY」
発光していたベルトの宝石が点滅し、電力供給を止めて纏っていた電気がパチパチと散る。
「RETRACTION」
目の前で構えていた鎖帷子の怪人さえも雪の様な光の粒となって消え去り、
突き立てられた剣をそのまま見詰める形に成っていた。
全身から巡らせていた電気はまるで格納されたかの様に消え失せている。
そして、降り始めの霧雨は勢いを増して、本降りの大粒の雨に変わっていく。
ぽつぽつと雨の静寂に包まれる中。
青く発光した眼光が黙って彼を見詰め、そのままゆっくりと剣の切っ先を首元に向けた。
「ぃ、い、嫌だ……!嫌だぁあっ!!!!
俺は生きるんだ!
何であんな生まれた時から恵まれている連中の為なんかに命、削ってやらなくちゃいけないんだ!」
だがしかし。嘆き、喚く彼は、明らかに彼女の姿など見てはいなかった。
「お前等だって一度でも特別な人間に成れた訳じゃないくせに……!
自分の手で幸せを掴み取ったことも無いくせにぃい……!!!!
そんなんで意味も無く死んでたら、惨めなだけじゃねえかっ!!!!」
彼はまるで彼女の後ろに残された血の水溜まりに向かって叫んでいる様だった。
「嫌だ……!俺はこんな訳分かんねえ死に方はしたくねぇ!俺は戦わねえ!くそぉおおっ!!!!」
黙って立ち尽くしていた彼女は逃げ出した彼の背を追わず、
代わりに脳裏には赤紫色の蜘蛛の怪人が真っ先に思い浮かんだ。
(「もう……俺みたいに……くるし、い思い……を、する奴が……生ま、れない……世界を…………。」)
黒い髑髏の仮面から流れた涙。彼の慟哭は先程の様な力無き者達への願いそのものだったからだ。
(……昨日、彼が言っていた言葉は嘘なんかじゃない…………。
今の怪人みたいに明らかに人としての人生を歩みたいと願いながら、こんな形で生きていようとしている。
彼等の目的は分からなくても、人として生きていたいと想う気持ちは同じ筈……。
だから私は…………昨日の出来事を通して魔法使いとして人を守りたいと思った。
例えそれが怪人であったとしても、人として生きることを望むのなら――――)
彼女の誓いとは裏腹に、社会に潜む現実が彼女自身さえも覆そうとしていた。
「…………あれは、アヤさん……。」
「……成る程、あれが加速装置というやつか……。対応策も無しに向かって行くからああなるんだ。
今まで、あの娘に殺された怪人達を知らないわけじゃなかったろうに…………。」
皮鎧の怪人がスロープを駆け下りて走り去っていく様子を他所に、
橋際で眺めていた白い怪人と重騎兵の怪人は一連の流れを黙って見ていた。
白髪の少女の姿に白い怪人の脳裏には涙を拭い、消えていく蜘蛛怪人にかけた言葉が思い起こされる。
(「いつか……彼等と分かり合える時の為に。
私は知りたい。彼等が本当に望んでいたものを…………。」)
彼女は橋の真ん中で皮鎧の怪人が走り去る様子を眺めている。
(……アヤさん…………。昨日の今日で、こんな事件続きはあんまりだ……。)
俯きがちに思い詰めた表情の彼女を見て思わず彼は歩み寄ろうと一歩前に出た。
「――――どうだ?見ただろう?あれが、地球人達が躍起になって望んでいる世の在り方なんだ。」
だが、途中で引き止める様に重騎兵の怪人が声を掛ける。
「たった一人の人間が犠牲になることで自分達の安全が保障されるのなら、
そのたった一人の誰かに責任を押し付ければ良い。
そうすれば自分達は、自由気ままに好き勝手に生きることができる。
ああして自分達がいる世界に危機が起これば誰か一人を悪に仕立て上げて責任転嫁をすれば良いと。
本気でそう思っているという証拠だろう。今、逃げて行った奴もきっとそうだ。
彼等だって元々は地球で居場所を失ったから、この世界に来ただけの立場だというのに。
まるで我が物顔でこの世界にある人や物を簡単に踏みにじる。
この世界を造ったのは彼等じゃなくて、この世界に生きている人々のものだというのに。」
向き直った白い怪人は開いていた拳を握ると感情的に声を荒げて言った。
「だったら何でこの街の人達まで巻き込もうとしているんですか!?
貴方だってこの世界の人達が生きていることを、あの人達よりも、ちゃんと分かっているのに!
それを相手にも伝えることが俺達のやらなくちゃいけないことなんじゃないんですか!?」
騒動が終わった途端、再び口論が始まり、声が響く。
思わず橋の上に佇んでいたアヤがその声に気が付いた。
(……まだ、誰かいる…………!でも……この声は――――)
聞き覚えのある声に思わず雨の中で見えた橋際の人影を見つけると、
中央に出来たスロープから、両端に出来た階段に移ってアーケードの柱の影に隠れる。
そして柱の間から確認する様にゆっくりとした足取りで下っていく。
「…………驚いたな。君は本当に地球人なのかと疑ってしまいそうだ。
そんなこと言わなくても彼等だって知っている。
知っていながら平然と誰かのせいにすれば良いと短絡的なことを考える。
彼等は人間社会に生きていながら、社会というものをまるで知らない。
分かるかい?
合理的な世の中で生きていながら、合理的に生きることが出来なくなった人間達なんだ。
当然、本人達だってその自覚がある。だから彼等は失敗作と言われているんだ。
その反面、この世界の人々は心を守るという非合理的な考え方に基づきながらも、
人々の営みを社会全体で支え合うことで合理的な社会を形成している。
それは確かに素晴らしいことだが、彼等には物事に対して主体性があっても、
社会に対していつも考える余地は無く、自分達が犠牲になることを前提として世の中を支えようとしている。
この世界の裏側で暗躍する人間達の目論見によってね。」
アーケードの柱に囲われた大橋を下り終えた先に見えた背中は、確かに彼女には覚えのある姿があった。
長々と語る重騎兵の怪人に対して、拳を握り、黙って話を聞くその白い甲冑の姿に。
「それは本当の話ですか?」
突如、呼び掛けられた声に振り返る白い怪人と、視線を向けた重騎兵の怪人。
「アヤさん……!」
呼ばれた彼女は確りと彼の水晶の様な仮面を見て頷くと、重騎兵の怪人を見て言った。
「……この世界が洗脳されている、という話ですよね?
それは確かに、この街の研究者たちも疑念を抱いていることです。
そして自分達には宗教的な価値観が強いという自覚もあります。
命よりも、心を大切にしなくちゃいけないことは確かに合理的じゃありません。
でも、それで皆が1人1人の幸せを守ろうとすること自体が、幸せな世の中になるんじゃないんですか?」
その問い掛けに対して同意する様に頷く白い怪人も付け加える様に言った。
「……俺もそう思います。
少なくとも、無理やり頭の中に機械を埋め込んで人間の意思を制御しようとする地球なんかよりも、
正しいことをしているだけにしか見えません!」
彼の答えに歩み寄り、隣に並ぶ少女を見る重騎兵の怪人は肩を竦めて言う。
「だったら、この時点で可笑しいとは思わないか?
それを分かっているのなら、何故、この世界で暗躍する人間達はこんなにも次々と地球人たちをこの世界を送り込んだのだと思う?
簡単なことだよ。この世界も地球と同じで、人間の思考を制御することで実験をしているのさ。
より、完璧な社会を作り上げる為に。
だから、この世界の人間はスフィアとは相反する考え方を持った地球の人間達を社会に潜り込ませる必要があったのさ。」
淡々と語られた真相に思わずアヤは声を上げる。
「完璧な社会……!?そんなものの為に……!」
困惑した白い怪人は握った手を緩めると、その手を開いて両手を少し前に動かしながら問う。
「そんなの無茶苦茶じゃないですか……!地球でさえあんなに人間を管理する為の社会に成っているのに!
始めから自分達の世界の人達も滅茶苦茶になることを前提で実験をしているというんですか!?」
頷く重騎兵の怪人は「ははは…………!」と乾いた笑い声を上げながら項垂れた様な姿勢で答えた。
「本当に馬鹿馬鹿しい話だろう?
今、ここにいる君達や他の地球人どころか、この世界の人達でさえ、
まるで使い捨ての玩具の様に命を弄ばれているんだ。
僕たちは生きている。だから生きる為に努力をする。
でも皆が皆、幸せになれるとは限らない。
そんな時に、起こってしまった社会問題に対して僕たちは生きることで真剣に向き合っているというのに、
その土台の部分から実は誰かが起こした争いという檻の中でしか生きられない様に仕組まれているんだ。
当然、その檻の外から眺めている人間達はまるで映像作品でも鑑賞するかの様に。
暇潰しの娯楽として僕達の生きる為の努力を無下にする。
分かるだろう?地球だけじゃない。この世界の人達も同じなんだ。
僕達は生まれた時点で幸せの為に生きることを許されていないんだ。
人間には心がある。それなら幸せになる為に生きなくては、生きる意味がない。
それなのに、生き続けることで不幸な出来事の連続に苦しみ続けないといけないんだよ。
自分が死ぬまで。ずっと…………ね。」
長々と語り、少し疲れた様子に肩を動かす重騎兵の怪人。
ぽつぽつと水路に波紋を残す雨音に包まれる。
「だから僕は見届けたいんだ。この実験場と化した街そのものが海に沈んでいく末路を、ね。」
波打つ波紋を消し去る様に、迫り来る波の振動に気付く事も無く。
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