第4話  思い悩み、生きる心





 10時11分。メルフィオナ学園病院 MRI検査室。


 ドーナッツ型の架台内が回転して寝台の上に寝そべった少年が出てくる。


 ガラス張りの部屋越しから見ている男性は、「カナタ君。もう出てきていいよ。」と呼び掛ける。


 機材のある部屋の中でその少年、久遠彼方が寝台から起き上がると「はい。」と返事をして部屋を出た。


 水色の病衣から衣服に着替えた彼方は検査室から出ると、

 デスクトップパソコンの前で画面を見詰める中年男性の元へと駆け寄る。


 魔法使いのような格好をした中年男性は、

 向かって来た彼方に「座って良いよ。」と正面の丸椅子に座るように促す。


 画面に映ったレントゲン写真、CT画像、MRI画像で彼方の身体に変化がないか、

 骨の様子などを三次元的に比較していく。


 椅子に座ってその様子を伺う彼方は、黙ってその男性の返事を待つ。


 腹部に移った異物以外には特に変わった点はなく、頷く男性は納得した様に言った。


「うん。身体的には特に異常は見当たらないよ。


 やはり君が夢の中で見た記憶は、

 このベルトに装着者だったミカさんの外部記憶があることが原因だろうね。」

「外部、記憶……?ミカさんも新人類なんですか?」


「新人類?」


 日常的に聞くことはない用語に首を傾げる男性は彼の顔を見て思い出したかのように「ああ……!」と声を上げると苦笑いを浮かべて言った。


「違うよ!ベルトの装着員とはいえ地球人みたいに身体を機械化しないからね。


 ブレインギアは神経を介して脳と接続するから、前の装着者の記憶情報を共有する機能があるんだ。


 生体兵器としての学習機能装置みたいなものだね。」


 説明する男性はパソコンのマウスを操作して画面を白銀のベルトと白い宝石を分析した画像に切り替える。


「君の身体の中にあるブレインギアにはアレセイアと呼ばれる鉱石が使われていて、

 人の心の状態に呼応する機能が備わっている。


 ミカさんは身体が消滅する直前に何らかの情報を伝える為に、

 僅かながらに自分の意識を記憶情報としてアレセイアに残すことで君にこのベルトを託したのだろうね。


 つまり、ミカさんの意識がこの石の中に残っているということなんだ。」


 宝石の中に人の意識がある。


 その説明に思わず彼方は「じゃあ……!ミカさんはまだ生きているということなんですか?」と訊ねる。


 しかし、彼の解釈は生命が宿っているか否かという唯物論的な捉え方だった。


 それを男性は話に齟齬を産まない為に「いいや。残念だけれど、死んでいるよ。」と言葉を添える。


「アレセイアは完全に記憶の全てを外在化させることはできないんだ。


 今の彼女の状態は彼女であった記憶情報のごく1部でしかないんだよ。

 ミカ・プラグマという人を基にして勝手に動く人間の魂だとか霊魂のような……。


 目的を果たす為に現れる亡霊の様な。精神的な存在と言った方が分かりやすいだろうね。


 いずれにしても精神的な世界に干渉することでしか君と対話することが出来ないだろうから、


 いつでも彼女の意識の中に行ける訳じゃないだろう。

 だから、きっと必要な時に最低限の情報を伝える筈だよ。」


 彼女であった筈の情報思念。


 彼女が果たせなかった目的の為に行動する亡霊。


 霊的な、精神的なものとして干渉する。


 その様に説明を受けて彼は「そういう、ことですか……。」と何処か安堵した様に頷いた。


「でも、まだ意識は残っているんですね。


 俺はてっきりあの夢の中で攻撃を受けて、死んでしまったのかと思ってしまったので……。


 ………ミカさんと話が出来るのはこのベルトの御蔭なんですね。」


 安心したようで何処か憂いを帯びた顔をして俯く。


 悩ましく複雑そうに。それでも何処かただ静かにそう呟く様子を見る。


「ミカさんの意識や記憶に関しての調査は一旦保留にすることになっているんだ。


 君が襲われた黒い炎の様な光も、あれは誰が何の意図で起こしたものなのか。

 あの夢の中の情報に関しては僕等でさえでも良く分からないことが多いからね。


 それに今は捜査本部も怪人騒動で手一杯の状況だから。」


 静かに語り掛ける男性は徐にモニターに映る白銀のベルトの宝石を見詰めると、ふと思い出したかの様に改めて説明する。


「………このベルトは50年前の戦争で使われていたものでね。


 戦死した兵士を生き返らせて再び戦わせる為に開発されたものなんだ。


 君の様に魔法を扱えない人間でも常に強力な魔法を使える様にする為に、ね。

 そうやって巡り巡って死者から死者へと受け継がれてきたんだ。


 装着した人間の寿命が10年近くしかない理由も、

 死者の神経とベルトの石を結合させることで一度機能が停止した脳に電気信号を送って無理やり活性化させているからなんだ。


 君は体格が良いから上手く怪人の姿に適応したみたいだけれど、

 もしミカさんの様に強い魔法の力を使える人の場合はもっと寿命が早まったかもしれないからだね。」


 人間なのか怪物なのかも分からない存在になった彼に対して安心したという言葉を掛ける男性に思わず、

「えっ?」と素っ頓狂な声を出しながら顔を上げる。


「……それだけで寿命の長さが関係するんですか?」


 話の結び付きが見当たらない話をされて戸惑う彼方に、

 男性は「あぁ、ごめんね……!余計なことまで言ったね。」と誤魔化すように苦笑しながら片手を見せて謝る。


「まあ、これはあまり関係のない話なんだけれどね。


 君の怪人の力は元々、魔法を使えない人でも常に頑丈な身体と超人的な身体能力を与えるものなんだ。


 戦時中だと君の様な頑丈な身体の怪人には、武器を持たせた兵隊にして戦う為に用いたものなんだよ。


 反対に身体の弱い男性や女性は強力な魔法を使える代わりに、

 ミカさんの様に軽装で武器を持たずとも戦える兵器としての役割があったんだ。


 ただ、強力な魔法使いに限っては身体的な負担が重く、寿命が短かったんだね。


 だから要するに、身体の頑丈な怪人だからこそ寿命が長いと言いたかったんだよ。」


 照れ臭そうに笑った男性は「ごめん!ごめん!仕事柄で、つい細かいことから説明してしまうんだ……!」と言葉を添えると戸惑う彼方の目を見て言った。


「何せルルさんからブレインギアの説明をする様に頼まれてしまったからね。


 因みに、昨日はどこまで説明して貰ったのか覚えているかい?」

「ベルトが戦争で使われていた話は聞きました。


 50年ぐらい前だとかの話だということは何となく覚えています。


 あとは確か……ベルトの中心のスイッチは押さない様に言われました。

 寿命が1年分縮むんですよね?


 それって……昨日蜘蛛の怪人に襲われた時、

 青い宝石で変身した魔法使いの人が助けてくれたんですけれど……。


 あの人も寿命を削っているんですか?」


 早速、ふとした疑問を投げ掛けていた彼方。

 颯爽と現れて危機から救ってくれた宝石の少女が真っ先に脳裏に浮かんだからだ。


「青い宝石……。」


 思い浮かべる様に呟くハヤシは思い当たった人物の名前を上げた。


「ああ!アヤさんのことか。彼女に関しては問題ないよ。


 君の中に在るブレインギアを基に改良した新型のシステムなんだ。


 加速装置を身体的に負担なく扱えるものだから安心してくれて問題ないよ。」


 白いドレスの女性や白い鎧の怪人の力を基に作られたもの。


 そう解釈する彼は「それは良かった。安全なんですね。」と安堵する様に言った。


「まあ、もう昔みたいに戦争をする訳じゃないからね。


 僕らは街と住人にああいった危害を与えないような戦える武器を作ることが仕事なんだ。


 まあでも、結局は戦争で使っていた武器が基になっているんだけれどね。


 いや……勿論、君にとって不安なことだらけだと思うんだ。


 地球でも、この世界でも。

 訳の分からないことの連続だったと思うし、

 これからだってどうしていければ良いのか分からないと思う。


 でも、あの研究所にいる間は安心して欲しい。

 あそこはこれからの君にとって必要な場所になるし、

 僕らにとっても君の記憶が何らかの手掛かりになるかもしれないからね。


 それに皆、僕ら研究員と魔法使いの人達は君の事情を概ね理解しているから。


 斜に構えることなく、普通に生活できる様になるよ。」


 自嘲気味に笑い彼を励まそうとする男性に、彼方は「いいえ……!俺はその御蔭で助けて貰えたんですから!」と答えた。


「ありがとうございます!」


 会釈の様に頭を下げて礼をする彼方だったが、

 ふと浮かび上がった疑問に彼の顔や格好をじっくりと見渡して言った。


「あれ……?その格好していて研究員、ってことは病院の先生じゃなかったんですね……!


 身体だとか検査していたから、俺はてっきりこの病院のお医者さんなのかと思っていました!」


 淡々と説明が続く中で科警研の研究員として話をされている彼方は、

 隣接した付属病院の医者と勘違いしていたことに気が付いた。


「あれっ?あっ!そっか!そっか!自己紹介を忘れていたよ!」


 名乗り合わずに検査を始めたことによって誤認させてしまった男性は、思わず可笑しそうに笑いながら言う


「ああ!僕はね。あの研究チームの主任なんだ。


 君の身体の異変に気を取られて紹介が遅れてしまったね。

 ハヤシ・ツトムと言うんだ。


 いやいや、昨日から立て続けに怪人騒動で説明が滞ってしまったから、


 君の身体を調べるついでに先ずはブレインギアの説明を確りしておく様に考えていたから、すっかり忘れていたよ!


 これからもこうして君の定期検診で関わっていくから宜しくね。」


 改まって自己紹介するハヤシという朗らかな男に、「はい、宜しくお願いします……!」と挨拶をする。


 互いに困った様にぎこちない笑みを浮かべると、

 彼方の表情が無邪気な子供の様に柔らかくなった様子を見て言った。


「それにしても…………君は妙に落ち着いているね?


 僕等は君の精神的な状態が心配だからこうして検査をして説明をしている訳なんだけれど……、

 君自身はどうも自分の事よりも他人の心配をしているよね?


 不安じゃないのかい?


 君の寿命だとか。身体の中にあるブレインギアだとか。怪人になってしまったことだとか。」


 久遠彼方という少年の朗らかで何処か幼い面を見て漸く本題に入ったハヤシに彼は苦笑交じりの表情を整えながら言った。


「それは勿論、……不安じゃない訳ではないんです。


 確かに地球とこの星であまりにも突然に大変な状況が続いて、

 自分でも気持ちだとか、考え方を整理し切れていないとは思います。


 でも、それって俺が巻き込まれたからこうなったんじゃなくて、

 自分で関わったからこうなったことぐらいは分かっています。


 地球でもこの世界でも怪人に襲われている人を見て、

 それどころじゃないって思っていたら何度もこの世界の人達が助けてくれました。


 最初は無我夢中でしたけれど。皆も人を守る為に頑張っているのに自分の為だけに逃げようとはいつの間にか思わなくなっていました。


 だから俺も、皆と同じ気持ちでいられているんじゃないかと思います。

 それに正直、自分の身体に関してはまだ、実感が湧かないです。


 だってまだ、俺は生きていますからね。」


 またしても最後に困った様なぎこちない笑みを見せる彼方に「そうか…………。」と何処か深く考え込む様に2度頷くハヤシ。


「僕も……勘違いしていたかもしれないね。」


 勘違い。そう聞いた彼方は何に対しての話なのか分からずに「えっ?」と呟いた。


「僕は……君も他の患者さんみたいに君のアレセイアが黒く点滅していたから、


 寿命が少ないことで精神的な負担が掛かっているんじゃないかと思ったんだ。


 地球の中で特に君の国があった地区は長生きすることに対して、

 満足感や充実感を得ようとする価値観が強いみたいだからね。


 だから君にもそういう先入観があって悩んでいるんじゃないかと思って、こんな話をしていたんだ。」


 地球人である彼方の心境を決め付けていた。それを打ち明ける。


 しかし、それは彼にとって当然の判断だった。


 現に久遠彼方の国があった区域は世界政府が樹立され、国々が統一される以前から既に自堕落に溺れていた。


 人々は生活に豊かさを求め、長寿であることが至高であると何故なのか信じて疑わなかった。


 人間として心の在り方を捨てて、命と欲望の儘に生きていたのだ。


 そんな地球の調査や分析を可能とする魔法と科学の世界の人間からしてみれば、

 例えかつて自分達と同じ歴史があっても地球人ほどの野蛮人は他にいないのだ。


「それでも君は、話の後で他人の心配ばかりをするから別の悩みがあるんじゃないかって思ったんだ。


 誤解して悪かったね。

 君は僕等が思っているよりもずっと精神的に強い人だ。


 きっと君が地球で失敗作として認定されてしまったのは人としての意志がはっきりと表れていたからなんだろうね。」


 正直な思いを打ち明けるハヤシは真剣な表情を浮かべて真摯に伝える。


 しかしながら当然、目の前の男性に何の責任もない。元より謝る必要などは全くない。


 だが彼は研究チームの責任者として自責の念があることを見せた。


「でもね。カナタ君。


 君がどれだけ地球で誤った存在だと決めつけられても、

 僕等にとっては君の様な人が絶対に必要とされるんだよ。


 例えこの世界も地球みたいに、同じ様な考えを持って行動する人がどれだけいたとしても、ね。


 それだけ君が抱いている気持ちは僕等にとっても大切にしていかなくちゃいけないものなんだ。


 この世界で君が体験して思ったことに失敗することがあっても、

 間違えなんて無いんだってことは覚えていて欲しいんだ。


 だってそれが君の本当の気持ちなんだからね。」


 それは紛れもなく、久遠彼方という少年の心の為に。


「あっ……。」


 彼の誠意に彼方は思わず自分が曇り顔を見せている事を自覚すると、

 思わず「いえ、こちらこそ心配かけてすいません……。」と謝る。


「……俺、そんなに皆さんに心配掛けているとは思っていませんでした。


 でも違うんです。


 俺が不安に思ったのは、昨日の怪人のことなんです。」


 異世界の人間が常識や価値観の壁を打ち破ってまで打ち明けてくれた。


 それを思うのならば、今度は彼の番なのだ。


 困り顔を見せながらも複雑な笑みを浮かべる。そんな彼方にハヤシは黙って耳を傾けた。


「地球とこの世界で、同じ地球人が怪人として暴れていたこともそうですが……。


 ミカさんが命懸けで大切な役割を与えてくれたのに。

 俺は昨日……、中途半端に暴力を振るう事でしか問題を解決しようとしかしていませんでした。


 それで結局はアヤさんに止めて貰って漸く気が付いたんです。


 俺は今まで世の中のことだとか。

 生きているだけで苦しい思いをする人達がいることなんて、考えたこともなかったんだなって……。」


 悩み事を打ち明かす度に感情的になる彼方の表情からは無邪気な笑みが消えていた。


「あの時、アヤさんが消えていく怪人を見て言っていました。


 怪人と分かり合える時の為に、本当に望んでいたものを知りたいと…………。


 それなのに俺は、人を守る為だと言い張って何も考えずに戦おうとしていました。


 だから俺も色々と、思うところがあったんです。

 同じ地球人なのに。同じ苦しみを分かち合う事も無かったんだなって。


 これからどういった気持ちで他の人達を向き合っていけば良いのか…………。


 今の自分に何が出来るのか……って。

 それをミカさんに聞いても分からず終いでしたから。


 何も分からないなら、自分に出来ることから見つけようと。


 そう思ったんです。」


 誰しも、思うだけでは簡単なことだ。

 だから簡単には結論を出してはいけない。


 だがしかし、それは地球人の決まり文句である。


 君は答えを出すのが早過ぎたんだ。考え直せ。

 人には出来ることと出来ないことがあるんだ。


 結局、皆がやらなければ何も変えられないのなら、自分だけの為に生きれば良いんだよ。


 そうして言い訳を積み重ねてきた。それらを水掛け論と名付けて。


 泥沼の様にずぶずぶと深い場所まで沈んでいった。


 結果、何もしなかった。


 結論とはいつかは出さなくてはならないというのに。


 外部から内部まで、腐っていった。

 思考が停止しているのだ。


 そして彼も、地球人だ。

 先人の築き上げた道徳や教育を捨て、

 欲望の儘に快楽を貪り続けてこそ地球人なのだ。


 白痴化した無教養人間こそ、種の繁栄と発展に必要なのだと。


 そういった死の節理の中で生きてきたのだ。


「……………カナタ君。」


 その地球という惑星の実態を知る異世界人のハヤシは黙る他なかった。


 自分勝手の種族。


 かつては自分達もそうであったが故に、知識だけでは何も語れないのだ。


「………確かに、僕らも暴力でしか解決できていないからそれは分からない。」


 しかしここは、心を傷付けてはならない世界。異世界スフィアなのだ。


 ハヤシは言葉を紡ぐように静かに言った。


「でも、確かなことは……人は生まれながら悪い人間はいないということなんだ。


 だからそうなってしまう人が生まれない世界にする為に、人間社会というものが出来たんだ。


 人が平等に生きていられる為に、ね。

 僕たちはその社会を守る為に武器を作り、魔法使いが戦っているんだ。


 傷付く人がいなければ、戦う人がいない様に。


 心があるから生きていられるんだと思う。


 結局、地球のことは地球人にしか解決できないことだけれど、

 心の為に生きることはどちらの世界も変わらないことなんだよ。


 今の君だって、そうだろう?」


 全ては心の為に。


 地球と異世界。


 それは双方の価値観が違えども、生き物として自明の理なのだ。


 それでも尚、己が欲を満たす為だけに作られた構造的な社会があるのならば、

 人が人として生きる必要もない世界なのであろう。


 人が生きる為だけに生きる。


 その様な虚無の感情が生み出される世界があるのならば、

 それはきっと人間達が身侭で何も生み出さない虚構の世界なのだろう。


 それらの感情を全て心の為と思うのならば、向き合って綺麗に解決しなくてはならない。


 さもなくば、虚実の自由という檻の中は未来永劫の生き地獄と成すだろう。


 戦う為だけの暴力に悩み、同じ地球人にはそれ以外の方法で成す術が無く悔やむ彼方。


 ハヤシの言葉に頷く彼にはその言葉は確かに伝わっていた。


 心があるから生きていられるのだと。


 生きていることに対する虚無感を拭わなくてはならない。

 彼があの日の夢を望むのならば。向き合わなくてはならない。


 久遠彼方は地球人ではなく、1人の人間として己が正しいと思うものを守らなくてはならないのだ。


 それが心の為に生きることなのだから。





 10時31分。中央魔法署 魔法犯罪対策本部。


 部屋の中心に口の字形式に並べられた長机を囲い、

 魔法使いが各々に捜索活動を開始している。


 行方不明者であるハヤセ・ミズキの捜索の為に早々と部屋を出て行く人々や、

 書類や地図を元に怪人の動向を予測する為に意見を出し合う人々が忙しなく活動する。


 その中で怪人の捜査を続ける中年男性の警部は、

 ホワイトボードにマグネットで挟めた街の水路図に水性ペンを用いて、

 東西南北に分かれた地区に渡された書類を元にチェックマークと時刻を記入していく。


 すると警部は振り返って、

 後方に整列する魔法使い一同に地図を指さしながら説明する。


「港や乗船場からあった通報によると、

 不審な波や水流が8時42分から9時57分に掛けて、

 東区からを始めに各地区を周回する様に発生している。


 現在は濃霧や水位の上昇によって運行停止。


 既に海上は沿岸警備隊と連携し、

 警備艇が4艇に分かれて波や水流のあった水路を規則的に巡回中。」


 街の中心を囲う様に指で水路をぐるぐるとなぞると、

 今度は公道を示す地図を指差しながら急いた様な口調で言う。


「我々は行方不明者の捜査範囲を広げると同時に、

 冠水被害の少ない居住区の公道からパトカーで巡回し、

 住民の避難指示を促しながら捜索に当たる。


 被害状況によっては本部から改めて指示を送る。


 十分に気を付けてくれ……!」


 整列していた魔法使い達が「了解!」と返事をすると、素早く踵を返して続々と部屋を出ていく。


 慌ただしく一同が出動していく中で、

 席に座って電話対応をしている若い女性がメモを取りながら立ち上がると、警部に向かって呼び掛ける。


「ヒイラギ警部。」


 ヒイラギという名の男性はその声に呼ばれて「どうした?」と訊ねながら急いで振り返ると、

 前髪を真ん中で分けた女性は落ち着いた口調で言った。


「行方不明者の友人と名乗る方から通報がありました。」





 同刻。メルフィオナ中央区 南水路。


 水飛沫を上げながら街の水路を、

 魔法使いアヤ・アガペーが運転する青い水上バイクが進んでいく。


 街の景色はすっかり濃霧に包まれて、

 どんよりとした鉛色の空とぼんやりとした白い霧が視界を掠めている。


 水路から見た路上の景色は建物がぼんやりとその輪郭を捉えられる程度で、

 辛うじてはっきりと見えるものは水路が示す道標とその端に停船したゴンドラだけだった。


 すると腰部のホルスターに収納してあるトランシーバから「ピー」と電子音が鳴った。


 直ぐさまアヤはヘルメットの側面部に備わったスイッチを押して、

「はい、中央区遊撃班。」と返事をする。


「こちら対策本部。」


 応答した声は警部のヒイラギだった。


「アヤ、丁度10分前に行方不明者ハヤセ・ミズキの友人と名乗る女性から電話があったようだ。


 名前はアメリア・ミオ。


 職業は雑貨店の経営者で今日の10時頃、

 被害現場のカフェでハヤセ・ミズキと仕事の打ち合わせをする予定だったらしい。


 だが、外は霧に水位の上昇。


 それに封鎖された現場を見て確認のために通報したらしい。」


 話を聞くためにスロットルレバーを徐々に戻してスピードを落とすアヤは、

「それで……その方は今、何処に居るんですか?」と訊ねる。


 その問いに対する指示を用意していた男性は、

「今回の事件現場、スタードロップだ。」と即答すると直ぐに指示を出した。


「道路が冠水した上にこの霧だ。


 交通規制が掛かっている今、現場で待って貰っている。


 悪いが、魔法署まで連れてきてくれ。」


 水難事故を考慮しての判断だという旨を理解すると、

 アヤは「分かりました。直ぐに向かいます。」と返事をした。


「頼んだぞ。」


 警部の言葉に小さく頷くと行く先を変えるために、

 右折して住宅地へ続く水路に入って方向転換すると南区へと向かった。









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