第9話 求め合う生死





 噴水を中心とする広場に数台のパトカーが停まっている。


「支給された溶解弾には限りがある為、

 基本的に手の届く範囲はこの溶剤の入った鉄砲注射を使って下さい。」


 付近に黒い制服の人々が集まって鉄砲のような形の注射器を手に持つと、1人の男性が指揮を執っていた。


「怪人が来る前に各部に固まった蜘蛛の糸を溶解した後、届かない場所は溶解弾で一気に片付けます。


 先に怪人が来た場合は被害者の救出を優先するため、付近にいる魔法使いで包囲します。


 それでは……よろしくお願いします!」


 その指示に制服の人々は「はい!」と一斉に返事をすると、

 各々が散り散りになって壁に着いた糸や屋根に上って糸の接着部に向かって引き金を引いた。


 ポシュ、ポシュ、と音を立てながら溶液を打ち込まれていく。


 彼らが行動を始めて約2分後。


 目に見える程の蒸気が立ち昇り、暫くして空に出来上がった蜘蛛の巣が一本ずつばさりばさりと音を立てて地面に落ちていく。


 制服の人々が次々と壁や屋根で固まった糸の接着部を剥がす作業を行う中で、トランシーバーからピーと音声が鳴った。


「こちら遊撃班。まもなく怪人が広場に到着します!」


 アヤ・アガペーによる共有が掛かった。


 怪人が向かってくると聞いて思わず制服の人々は北区の住宅地に続く大きな桟橋に視線を向けると、

 住宅地の屋根に糸を張って空中を這うように飛んでくる蜘蛛のような怪人を目撃する。


 「全員!所定の位置に着き!迎撃態勢を整えて下さい!」


 男性の声を聴いて屋根から見下ろした怪人は制服の人々に視線を向ける。

 そしてそのまま住宅の屋根に跳び上がりながら空中で糸を放出した。


 その手前に聳え立つ高いビルの壁に張り付けた糸にぶら下がっていく。


 怪人の身体は屋根の上からビルの真横を潜り抜けるように、

 糸の遠心力で巨大な蜘蛛の巣の上へと跳び上がった。


 蜘蛛の巣の上に立つ怪人は巣の中心から地面まで糸を吊す。


 その光景を見た制服の人々は騒ぎ出し、糸に掴まる怪人はそのまま噴水のある広場の中心まで素早く飛び降りると、

 怪人は制服の人々が集まる中心に着地する。


 怪人が噴水に背を向けて制服の人々が取り囲んだような状態に成ると、

 黒い制服の人々は徐に銃を向けて「動くな!!!!」と言う。


「動くな、じゃないだろ?」


 しかし、怪人も用意していたかのように拘束された女性を背中から降ろして、手早く首を掴みながら言った。


「それはこっちの台詞なんだよ。動くと死ぬぞ。こいつが。」


 身体全体を蜘蛛の糸で縛り付けられて首を締めあげられる女性は、

「あがっ……がぁぁあ……。」という声を上げて苦悶する。


 その様子を見せ付けられた人々は狼狽えると、制服の女性は「何てことを!」と声を上げる。


 制服の男性は「こんなことまでして……!いったい何が目的なんだ!?」と思わず問い掛ける。


「お前たちは何者なんだ!?人間なのか!?」


 辺りを見渡す怪人は通路を封鎖している制服の人々に向かって呼び掛けた。


「もう、いいからぁ!武器、捨てて早くこっち来いやっ!!!!」


 要求を飲み込めずに狙撃銃を持った人々は銃を構える。


 それを見て溜息を吐く怪人は片方の手を握りしめて拳を作ると首を掴んだ状態の女性の顔面を殴りつける。


 女性は「…ぶっ!?っああぁぁあああっ!!!!」と噎せ返ったような悲鳴を上げて鼻や口から血を吹き出した。


「止めろ!!!!止めてくれ!!!!」


 それを見ていた目の前にいる制服の人々は必死に叫んだ。


「頼むから!!!止めてくれ!!!!そちらの要求は何なんだ!!!?」


 その中の1人の男性は懇願するように言いながら武器を捨てて見せる。


「何もしないから!!!止めてくれよ!!!これ以上、人を傷付けないでくれ…!!!」


 その声に一部の魔法使いは敵意を喪失したことを示すように武器を捨てていくと、

 怪人は顎で人を使うように狙撃銃を持った人々に向かって言った。


「だったら離れて狙っているお前等も来いよ!いつまでそこにいるんだよ!?」


 既に銃を構えていた人々はその場に武器を捨てて制服の人々が集まった場所へと駆け寄っていく。


 そこへエンジン音を立てながら1台の白バイが向かって来た。


 視線を向ける怪人に対して、漸く駆け付けた白バイの運転手であるアヤが遠巻きに囲まれた怪人と視線を合わせる。


 彼女はすぐさまヘルメットを外す。


 急いでバイクから降りて駆け付けようとした、その時。


「おい!お前!そこで止まれ!!!!」


 遠目に見覚えのあるバイクの少女を見逃すわけにはいかない怪人は真っ先に呼び止める。


「おめえも武器を捨てろ。


 それと音の鳴る玩具みたいな……あの、変身ベルトみてぇなやつも、だ!」


 アヤがその場で立ち止まると真っ先に首を掴まれている女性の顔を見た。


「…………。」


 鼻と口から一向に止まらない血を流して、ポタリポタリと地面に流れ落とす姿。


 その苦悶に満ちた形相にホルスターから拳銃と宝石のトランシーバーを迷いなく捨てる。


 広場の中へ入ることを許されず、遠目で見守るアヤ。


 大人しく要求に従う彼女を見て、

 未だ銃を構える一同の中から1人の女性が狼狽えた様子で言った。


「どうしてこんなことを?


 ここまでして人を殺める理由が分からない……。 


 こんな形で人質を捕っても何の意味もないのに……!」


 女性を睨む怪人は、辺りに囲まれた制服の人々を見渡しながら即座に言い放つ。


「どうして、だと?俺にとって意味があるからに決まってんだろ。


 お前らが人の命よりも人の心を優先して生きていることを、分かっていてやっているんだよ。


 だから人を殺して、人質を捕るんだろうが。」


 彼女の質問の意図に対して答えになっていない答え方をする怪人は、

 未だ銃を向け続ける魔法使い達に向かって言った。


「おめえ等には暫くそこで大人しくしてもらう。


 こいつの命はお前らの行動に懸かっていると思え。」


 一同は首を絞められた女性は両目をぎゅっと瞑って顔をしわくちゃにさせて、

「ぁぁっ…。ぶっ…ぁぁ……。」と喉の奥から苦しそうに声を搾り取られている様子を黙って見ていた。


 鼻と口から流れる血と、引き摺られて手の平の剥けた皮から地面に滴る血液を黙って見詰める。


 たじろぎ、狼狽えて傍観するだけの制服の人々と突き付けた銃口を降ろす者。


 引き金に手を掛けたまま銃口を震わせているだけの人々で行動が2つに分かれていた。


 するとそこへ勢い良く駆け足で向かってくる足音に怪人は直ぐに視線を送る。


「待ってぇぇえええっ!!!!」


 思わずその叫びに一同が振り返ると、そこにはカズラという名前の幼い少年が息を切らせて立っていた。


 怪人はその姿を見て「はははっ……!」と乾いた笑い声を上げる。


「来たか……!糞ガキ。こっちへ来い。お前の母さんを放してほしいんだろ?」


 頷いて素直に従うカズラは簀巻きのように糸で拘束された母親に駆け寄ると、

 怪人は「そうだ。来いよ……近くまで来い。」と言う。


 母親の元まで来たカズラは身体で固まった糸を掴みながら言った。


「母さん……!母さんごめんなさい!


 僕のせいで母さんまで巻き込んで……!


 でも……!僕は……!」


 首を絞められている母親は「かず……ら………。」と子供の名前を振り絞ると、

「か…ずらのせい…じゃ…ない……よ…。」と苦しそうに涙ぐみながらも微笑む。


 話を聞いていた怪人は「いや……このガキのせいだろうが!!!責任転嫁すんなやぁ!!!!」と言って女性の首を更に強く締め付けた。


 カズラが「止めてぇえっ!!!!」という叫びと同時に女性は高く締め上げられて、

「ぐっ……ぎっ、がぅ……ぁぁぁ……!」と掠れた声を洩らした。


「もう止めて!!!!放してあげて!!!」


 魔法使いの女性がそう叫ぶと制服の人々はざわめき、どよめき、騒ぎ立てる。


「止めろぉおお!!!!その人が!!!何をしたって言うんだ!!!?」


 叫ぶ男性の声が響いた途端。


「止めろ、じゃねえぇぇだろぉおおっ!!?」


 怪人は声高に彼らを見渡しながら言った。


「おめえら大人が何も分からない子供に、

 物事の道理を教えてやんねえからこんなことになってんだろぉおお!?なあ!?


 世の中ってのは結局、誰かの犠牲で成り立っているからこういう事になるんだろぉお!?


 心を守る世界だか、何だか知らねえが!

 理想と現実の違いも分からねえ奴らが無責任なこと言ってんじゃねえよぉおおっ!!!!」


 まるで説教をする様に憤る怪人に気押されて沈黙する一同。


 その中で数歩前に出ながら静かに名乗りを上げる者がいた。


「それなら私が代わりに成ります……!」


 その束の間に生まれた沈静した空気を保つように魔法使いの少女アヤは自薦する。


「だからもう、その親子を解放して下さい。」


 既に投降している彼女はあくまでも怪人を刺激しない様に言った。


 睨み付ける怪人は「駄目だ!お前は最後に殺す……!」と言って、女性の首を掴み上げて見せ付ける。


「お前の様な……中途半端に正義感を強い奴は最後に殺す……!


 無抵抗な人間が苦しみながら死んでいく様を見せ付けてから!!!!

 何も出来ずに……!誰も守る事の出来なかった自分の非力さに絶望して貰う為に!


 その為だけにお前は最後に殺す!俺はお前に後悔させてやると言っただろう!?」


 そう言った怪人は背中の甲殻の様な部位に携えていた棒状の物を取り出すと、

 瞬時に刺叉のような槍に変化させながら穂先を女性に突き立てる。


「こんな風に、なっ!!!!」


 その言葉と同時に怪人は迷いなくそれを突き刺した。


「ああぁぁあああああああああああっ!!!!!!」


 刃状の穂が背中から腹部まで貫通し鮮血が飛沫を上げる。


「い……っ!!!!!ぃぃぁ、ぁぁあああ……っ!!!」


 串刺しにされた女性は見開いた目から涙をこぼし、声を震わせて泣き叫ぶ。


「ぁあぁああああ!!!!母さぁんっ!!!!


 何でぇええっ!!!!なんで母さんをぉおおおおっ!!!!」


 思わず怪人に飛び掛かって槍を持った腕にしがみ付くカズラ。


 悲鳴にどよめく制服の人々は「うわああぁああっ……!!!!」と、

 見ているだけで頭を掻き回して目を瞑って恐怖に絶叫する。


「……っぅ…………!」


 思わず表情が強張るアヤは足元の拳銃とトランシーバーを拾い上げて素早く駆けていく。


「い、ぃぃぃいいい……っ!!!!」


 噴き上がる血潮に身体を拘束した糸からじわりと滲んで溢れ出す血液を見る女性は、

「うっ…………ぅううう……!」と嘆きの様な呻き声を上げた。


「止めろぉおお!!!!やめろ!やめろ!やめろぉおおお!!!!!」


 大声を上げて下していた銃を構える男性は、思わず引き金に手を掛けて叫びながら発砲した。





 一方。漸く現場に到着したルル・フィリアと久遠彼方は車から降りて広場に入ると、遠巻きに女性が刺される光景を目の当たりにした。


「ぁっ……!ぁああ!」


 思わず狼狽える彼方は「お母さんが……!!!!カズラ君のお母さんが……!」と、慌てた様子を見せて駆け出そうとする。


 しかし、ルルは彼方の腕を掴んで引き留める。


「駄目です!落ち着いて下さい……!」


 見やる彼方を呼び止めた彼女は真っ直ぐに目を見て迷いなく言った。


「この騒ぎに私達のことを誰も気付いていません。


 今なら背中から怪人に攻撃が出来ます。


 打ち合わせ通り私が怪人の急所を射撃した後、カナタさんは直ぐにカズラ君を助けに行って下さい。


 お母さんは私達が助けます。」


 その呼び掛けに我に返る彼方はルルの背負った大袈裟に大きなケースを見て、

「わ、分かりました……!」と頷きながら理解に遅れた様子を見せる。



「うあああぁぁぁああ!!!!」


 泣き叫ぶカズラの声が一帯に響き、怪人の腰に掴み掛る。


「何でぇええ!!!!何でこんなことをするのぉおおお!!!?


 母さんにぃいい……!母さんがぁああっ!!!!何をしたっていうんだぁあああ!!!?」


 泣きじゃくりながら乱暴に揺らすカズラ。

 片手で女性を掴む怪人は思わず身動ぎをした。


 止めろと叫んでいた魔法使い達が引き金を引き、光弾が放たれる。


 向かった光弾は揺れ動いた怪人の肩部を掠めるが、

 痛みに苦しむ様子はなく僅かに炭化する程度だった。


「ねぇええ!!?何でなんだぁああああっ!!!?」


 我を失い、乱暴に揺さぶって怪人に訴え続けるカズラ。


 銃を構えていた制服の人々は射程距離に子どもが入ってしまうと、

 狙いを定めることに手間取って銃を左右上下に揺らす。


「だからぁあ……!」


 怪人は突き刺した女性をその場に投げ捨てると、髪の毛を掴みながら拳を振りかざして叫んだ。


「お前のせいだろうがぁぁあああっ!!!!」


 恫喝して力強くカズラの頬を殴り付ける怪人。


 両目を瞑ってカズラは顔を歪めせると、

「あああぁぁぁあっ!!!」と悲鳴を上げて涙と伴に鼻血をぼたぼたと零れ落とす。


「っ……!あんな……!あんな……子供にまでぇっ!」


 その様子を遠巻きに眺める彼方はそう呟いて歯を食い縛った。

 殴られるカズラという少年の涙と悲愴な面持ちを凝視していた。


 そしてその横でルルは大きなケースから部品を取り出すと素早く狙撃銃へと組み立てていく。


「ああぁぁぁああああ!!!!」


 鼻血塗れの口元で泣き声を上げるカズラ。


「わああぁぁぁ…………!」


 皺くちゃの顔には涙が伝い、

 痛みに苦悶しながらも声と身体をガクガクと震わせながら涙声で必死に言葉で訴え続ける。


「何でぇぇええ…!僕たちを苦しめるのぉお…!


 どうしてぇぇえっ!!!どうして皆から大事なもの奪うのをのおぉぉ………!」


 後頭部を持ち上げる様に少年の髪を引っ張って真っ直ぐに立たせる怪人は、

 銃を構える魔法使い達に掲げる様に盾にしながら言った。


「理由なんて無いんだよぉおおっ!!!!


 人間なんてのはな!生きているだけで幸せなんだよぉお……!

 だから他人を犠牲しなけりゃ世の中は回んねぇんじゃねえかぁああっ!!!!


 少し考えりゃそんなもん分かるだろぉおうがぁああああ!!!!」


 散々怒鳴り散らす彼の主張に今更怯むことのないカズラは、髪を掴まれたまま怪人を見上げて睨みながら叫んだ。


「そんなの嘘だぁあっ!!!!」


 その言葉が周囲に響いたと同時に銃を向けていた男性は狙いを定められずに駆け出した。


 2人はその男性が向かってくる様子に気付くことなく問答を続ける。


「僕たちは心があるから生きていられるんだっ……!


 命だけあっても!簡単に幸せになんてなれないよぉお!!!!

 生きている意味がなくちゃ心は幸せになれないよぉおお!!!!


 だから皆!幸せの為に心を守りながら生きているんじゃないかぁあ!!!!」


 カズラが騒ぎ立てる間に走ってくる男性の足音に漸く気が付く怪人は

「ピーチクパーチク喚きゃ良いと思ってよぉおお!!!!」と大声で威嚇する。


「自分が子供だからって何でもかんでも許されると思ってんじゃねぇえよぉおお!!!!


 てめぇえは!本当にっ!!!生意気なんだよぉおっ!!!!」


 男性が接近する前に怪人が拳を振り上げると取り囲んでいた制服の人々も後に続く様に走り出す。


「俺はもう、我慢の限界だ!」

「もう……見てられない!見ている必要もないっ!!!!」

「誰も助けられないのは嫌だ!だから最初からこうすれば良かったんだ!」


 人質が傷付けられ、躊躇する意味も無くなった彼らは、悔しそうな顔をしながらそう言って怪人に向かって駆け出していく。


「ガキの癖に口答えすんじゃねぇええええっ!!!!」


 しかしながら、時すでに遅し。


 振り下ろされた拳に目を瞑る少年の右頬は容赦なく殴りつけられる。


「っぅ!あああぁぁぁぁああっ……!」


 痛みに声を上げて悶え苦しむ間もなく、

 鼻血を流す彼に怪人は髪の毛を持ち上げて無理やり立たせると再び拳を固める。


「この糞がぁあ!!!!」


 怒りに身を任せる様に今度は腹を殴り付ける。


「あがっ……!」


 鳩尾を圧迫されて内臓への衝撃に目を血走らせるカズラは、

 口から血反吐を噴き出しながら「……っぁぁあ!」と顔に皺を寄せて苦痛に声を上げた。


 次の瞬間。


 一筋の光の弾が噴水の奥から飛んでくると怪人の背中に向かって被弾した。


「ぉおおっ……!」


 一瞬にして怪人の背中から左胸を撃ち抜いた光の弾が赤紫色の背中と胸部と炭化させる。


「っぁぁあああっ!!!!あつぁあっ!!!」


 たった一瞬の内に一直線に矢が貫いた様に光の弾が怪人の心臓付近に撃ちこまれた。


「いぃぃいぁあああああっつ!!!!」


 外皮を燃やして炭化する胸元の風穴に怪人は悶え苦しむ。


 既に数人で駆け出していた制服の人々が怪人の掴み掛かろうとしていた目前に、

 背中から光の弾が貫通してブクブクと沸騰した赤黒い血潮が吹き上がった。


 眼前に降り掛かる高熱の鮮血に人々は「うわ……っ!あつぅっ!?」と思わず両腕で顔を覆う。


 苦痛に暴れまわる怪人はカズラの頭から手を離して苦悶する。


「今です!!!!カナタさんっ!!!!」


 それを見たルルは狙撃銃を構えた状態で再び発砲しながら呼び掛けると、彼方は一目散に駆け出した。



 騒動の合間に動揺していた制服の人々は槍で刺された女性に駆け寄り、身体中に固まった蜘蛛の糸を鉄砲注射で溶解させる。


「大丈夫ですか!!?」


 その声に女性は「ぅぅ……がぁぁ……。」と声を洩らすと、制服の女性は「意識はあります!」と言う。


「よし!じゃあ病院まで運ぼう!」


 制服の男性が女性の背を支えて上体を起こすと、

 2人は互いの首に女性の片腕を回し、膝下と背中に手を組んだ。


 互いに女性の膝下で組んだ腕を掴んで「立ちますよ!」と彼女に呼び掛ける。


「1、2!」


 掛け声と伴に膝を立ててそのまま女性の身体を座らせる様に立ち上がる2人は、

 両手搬送で声を掛けながらパトカーまで運んでいく。


 その傍らで身動ぎをする怪人の肩にルルが撃った光弾が掠めていくと、

「っ!くぅ……ぅう!」と痛みに堪える様な唸り声を上げる。


 当然、逆上して動転していた気を静める怪人は、息を上げながらカズラを睨みつける。


 すると、逸早く向かってきた1人の男性が素早く怪人の首元に掴み掛かると、

 怒りに声を震わせながら眉間に皺を寄せて言い放った。


「この野郎ぉおお……!


 こんな子供にまで偉そうに暴力を振るいやがってぇええっ!!!!


 何様のつもりなんだ!!!!あぁああっ!!!?」


 骸骨の様な仮面の口元から血を吐き出した怪人は「何だお前!?」と吐き捨てる。


「黙ってろっ!邪魔なんだよ!!!どいつもこいつもぉおお!!!!」


 そう叫んで口から男性の顔面に目掛けて何度も何度も糸を吹き掛ける。


「ぐっ…!んっ……!んんっぅ!!!!」」


 至近距離で顔を真っ白く糸で固められた男性は声を出すこともなく、

 呼吸をすることも儘ならずに身体を痙攣させてその場から崩れ落ちた。


 怪人は構うことなく、ドタバタと慌ててカズラの襟首を掴む。


「ぅあっ……!」


 口元から血を零して鼻血を噴霧するカズラに身を隠して盾にする。

 同時に制服の人々がバタバタ足音を立てて一斉に取り囲んで銃口を向けた。


 その瞬間。


 怪人のその動きと同時に背後から駆け付けた彼方がカズラの身体に跳び付いた。


「……ぅうっ!くぅぅううっ……!」


 体重を掛けて踏ん張りながら声を振り絞る。


 盾に重しが付いて思わず急いでそれを引っ張り上げる怪人は、

「今度は何だぁ!?」と声を掠めながら苦しそうに言う。


「またお前かぁあ!!!?」


 カズラを庇う様に背を向けて体重を掛ける彼方を見て思わず怒鳴った。


「……っ!」


 カズラの小さな身体に覆いかぶさる彼方は、歯を食い縛って必死に庇う様な姿勢を取る。


「お兄ちゃん……!?」


 それを見たカズラは涙を流しながら震えた声で呼び掛ける。


「今だ!!!!一斉に抑えろぉお!!!!抑え込めぇええ!!!!」


 銃を向ける一同の中で男性が声を張り上げると、ホルスターに武器を収めながら一目散に駆けていく。


「……ぅっ!?」


 先導する男性に続いて一斉に押し寄せる魔法使い達を目の当たりにした怪人。


「もう、いい……!お前等だけでも!」


 怒りに身を任せて押し寄せる群集に圧倒され、慌てた様子で口から血を吐きながら右手で首の青い宝石を握り込んだ。


 すると瞬く間にその全身は一瞬の発光現象を伴って青白い光を纏う。


 その直後。


「装着!」


 何処かから返事をする様に「ACTIVE」と響く音声と同時に青く鮮やかに光が射し込んだ。


 眩い光を横目に焦って首を向けた目前には宝石のトランシーバーを手に持った少女が駆けて来る。


 「……っ!?」


 真正面から向かって来た人々を他所に後方から回り込んできたアヤを見て怪人は躊躇なく少女のベルトに向かって口から糸を吐き出した。


「っぅ……!」


 真っ向からベルトのバックルに糸がべっとりと付着すると、

 走りながらそこへトランシーバーを取り付けようとしていたアヤはそれを見て声を出す。


「しまった……!」


 すかさず首を前に向けて直前まで押し寄せてきた男達にも糸を吹きかけながら、

 怪人は2人を両腕で担ぎ上げると全身に纏う青い光が両足に集束された途端、勢い良く跳躍した。


 その寸前、カズラと彼方の元まで駆け付けたアヤも手を伸ばしながら高く跳び上がった。


「……っぁああ!!!!」


 しかしながら、怪人の脚には届かずに空しく地面へと着地する。


 まるで足にバネでも仕込まれていたかの様な大袈裟で異常な跳躍力に、只の人間が勝ることはない。


 取り残されたアヤと後ろから駆け付けた制服の人々は、

 蜘蛛の巣まで上がっていく怪人と2人の少年の姿が影になるまで見上げていた。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る