花はハンナの花

フカイ

第1話


 思えば、あの高原のターンパイクであなたは天を指さしましたね。


 ただ、何も言わず。

 指の先、ちょうど見上げた深い夜の闇の中に、煌々こうこうときらめく半月。


 月の光はこころを惑わし、理性を揺るがします。

 あの晩起こったことは、ささいな過ちだったのかもしれません。

 でも、すべてが終わってあなたの胸に耳をつけて、その鼓動を聞いた時、それは過ちではなくなっていたことに気づきました。


 それはなるべくしてなったこと。

 起こるべくして起こったこと。

 あらかじめそうなるようにプログラムされていたことのように思えたのです。神様の見えざる手に導かれるように。

 あたかも川が海へ流れるように自然に、わたしはあなたとひとつになったのでした。


 それまでのわたしにとって、セックスとはささやかな人生の余興、つかの間の娯楽のようなものでした。けれど、あの半月の晩に起こったことは、それまでのわたしの認識を一変するような力を持っていました。

 それはとても不思議なことなのだけど、それはわたしの中にまだまだ未知の領域が存在することを、わたしに強く知らしめたのです。


 それまでわたしは、身体とはわたしという意識を積んだただの肉のかたまり、というふうに捉えていました(もちろんそれはその後の認識と比較してはじめて判ったことですけど)。

 いまではわたしは、「わたし」という存在を、意識と肉とに分けて考えることはしていません。あの晩、あなたとの間に起こったこと。よだれを垂らしながら、意識を失うくらいまでのぼりつめて、そして絶頂を迎え、静かなこころが戻ってきた時、わたしはそれまでの自分と違った自分に気づいたのです。


 それは意識が身体を支配するのではなく、相互に影響しあってひとつの「わたし」というものを作っているというごく当たり前の認識でした。また、わたしのなかに、わたしの意識が遠く及ばない領域が存在し、それがわたしという意識に多大な影響を及ぼしている、ということにも気づかされました。

 あなたの背中をかきむしりながら、わたしは自分が変わってゆくのを感じていました。皮がむけるように、内側のピンク色をした肉塊のわたしが、いきなり表側にせり出してくるような感覚を覚えたのです。

 すこし、怖かった。自分がどうにかなってしまうようで。


 でも、そこにあなたがいたから。

 あなたにしがみついていれば、変わってゆく自分を受け止め、いや、それに同化してゆくことがとても自然なことに思えたのです。


 女の身体は、三度の大きな変化を受け入れるのだと思うのです。

 一度目は、初潮を迎え、子どもを作る準備が整った時。そして二度目はもちろん子どもを生んだ時。でもそれとは別の次元で、身体が“開く”瞬間をくぐり抜けることがあります。それはあの半月の晩に起こったこと。

 あなたの身体とあなたの精神を媒介にして、こころと体に分裂していたふたつのものを、ひとつに統合する瞬間です。そしてその時はじめて、女は自分以外の存在を全面的に受け入れることを許すのかもしれません。

 それは感動的で、神秘的な―――――





 ●





 ハンナは本を閉じて、身体の脇にそれを置くと、ソファーを立って窓の外を見やった。

 奇妙に心を乱す文章だ、と彼女は思う。窓の外は、うっすらとした雨の午後だ。薄いもやのように視界をふさぎ、6月の雨は街を煙らせている。

 街路に広がる水たまりの中に、雨粒が間断なく落ちてゆく様を、彼女は想像する。先ほどまでおだやかだった心持ちが、あちらひとつ、こちらでひとつ、と波紋を広げては消えてゆくような、居心地の悪さを感じる。


 ハンナはオーディオラックまで歩き、西海岸のギタリストのレコードをとりだした。両手でLPの盤面を挟み、慣れた手つきでそれをくるりと回転させ、B面を表側にして、ターンテーブルに載せた。

 ターンテーブルにあるボタンを押すと、レコードが回り始め、やがてメカニカル・アームが全自動で盤面に落ちる。

 わずかなレコード・ノイズの後、スピーカーからは、ほのかにラテンの香りを含んだ、クールで都会的なジャズが流れはじめる。ギタリストは、ボサノバの知的で清潔なエレメントを、サンバのリズムの中に封じ込めようと、ピックを使わずに抑制を効かせてメロディーを奏でている。

 いつものようにその楽曲が、静かに胸の中を充たしてゆく。


 水面では相変わらず、いくつもの波紋がはじけているけれど、徐々に充ちてきた透明な水の中にあっては、もはや水上の些事は気にとまらない。

 上品にスィングするリズムに乗るように、ハンナはひとり、目を閉じて部屋のなかで踊り始める。

 白く長いスカートが、ハンナの身体といっしょにふわりと宙を舞う。





 離婚して、最初の週開けに、花を買った。

 ボストンに住んだ叔父の言葉を思い出す。


「―――――花はハンナの花だからね」


 叔父は、ことあるごとにそう言って、彼女に花を届けてくれた。ある時は大輪のカトレアだったり、ある時はマーガレットが数本だけの簡素な花束だったりした。


 思春期からの何年間か、彼女はそうして自室に花を飾る生活を続けた。

 彼女は、日本名を花子、という。日系二世の両親が、故郷を懐かしんでつけた名のだと聞いたことがある。叔父はしかし、いつも彼女をニックネームで呼んだ。「ハンナ」というのが、彼女のアメリカでの名前だ。


 やがて日本に帰ることになり、そして就職、結婚と彼女の人生は展開した。子どもが生まれ、それとクロスフェードするように夫とは疎遠になっていった。離婚を取り決めて、子どもと暮らすようになって彼女は、まずはじめに花を買った。

 20本の白い薔薇の花束を買い求め、夫がいなくなってがらんとした書斎の一角の花瓶に生けてみた。


 子どもが学校に行っている間、彼女はその部屋で時間を過ごした。

 東部エスタブリッシュメントが確立したハードでストイックな教育環境のまっただなかで育った彼女には、身体に叩き込まれたインテリジェントな素養のいくつかがあった。それは、ハンナからつまらないルーティン・ワークを遠ざけ、彼女独自の才能で生活を成立させるだけの報酬をもたらした。


 思えば結婚していた時、ハンナには自室というものが与えられていなかった。おそらく夫の意識のなかでは、キッチンとベッドルームに付随するクロゼットとパウダールームがそれであったのだろうが、それをプライヴェートな空間と呼ぶにはあまりに貧相に過ぎた。


 現在、かつての夫の部屋は、基本的には誰にも立ち入ることの許されない、ハンナの意識の外殻そのものになっている。質実剛健な北欧のライティング・デスク。それに面した南側の窓からはこの日本の地方都市の港が見下ろせる。その右には天井まで届く壁一面の本棚があり、背後の壁には古代中国の書家の筆による書のレプリカが飾られている。


「雨の朝方に、親密な友と別れを惜しみ、もう一杯の杯を酌み交わす」


 という有名な句が、そこには記されている。


 ボストンの叔父が譲ってくれたオーディオシステムは、まだデジタルがこの世界に非人間的な感覚を持ち込む以前の普及機であり、それに向かい合うように息抜きのためのソファが置かれている。


 そして、東に向かった一面は、ちいさなバルコニーへのガラス戸になっており、その扉の中心に、竹で編んだ籠に収まった大ぶりの花瓶が置かれている。

 その花瓶には、6本の大きなユリが生けてある。

「カサブランカ」と呼ばれる観賞用に品種改良されたユリの香りは、野生種よりもきつくなく、ほんのりと部屋を充たした。肉厚の花びらは、間接的に部屋に差し込んでくる梅雨時の軟らかな光をうけて、にぶく輝くいていた。


 花を部屋にかざり、椅子に座ってただ黙ってそれを見ていると、心は驚くほど静まりかえり、やがて音もなく解放されてゆく。花のある、静かな午後は彼女にとって欠くべからざる時間だ。思考は、とりとめもなく拡がる。


 自分がこの本に居心地の悪さを感じたのは、おそらく多くのひとが共感するであろうと、この作者が意図するような性的なファンタジーが、自分がさっぱり理解できないからだ。

 あるいはそれは文章の露骨さによるものかもしれないし、あるいは情緒に流れすぎる文体が、単に彼女の趣味に合わないせいかもしれない。

 しかしおそらく何人かのひとにとっては、性交はそのような自己変革のトリガーになりうるであろうことは想像できる。また、性行為自体が持つ非現実性は、ひとをファンタジックに変える傾向を持っていることも理解できる。

 しかし、自分にはそれを感動や共感へと高めるための、心的回路が欠如しすぎているのではないか、と思う。

 それが、彼女を不安定にさせているキィなのだと、頭のなかでタイプを打つように彼女は思う。


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