第6給料日十日後の事務所倉庫

「2,4,6,8,10、12っ、オッケー。揃ってる」


ケースの中の瓶数をチェックして目録に記入していく。納品されたのは一昨日なんだから、そん時にやっておけば今になって苦労しなくてもいいのに。


「すみません、後輩さん」


「いえいえ、俺の方もなんかいろいろご心配かけたみたいで」


「ホントに心配しましたよ」


このブロンズロングヘア―で眼鏡をかけたお姉さんは俺の職場の同僚だ。後輩呼ばわりなのは、この人も王立養成学院の卒業生で、基礎魔導理論なんかではお世話になったからだ。その頃から、なぜかそう呼ばれている。なんで、こんなとこで働いているのかよくわからない結構やんごとなきお方なので深く考えるのはもうやめた。


「一歩間違えれば、戦争になってましたよ」


「はい?」


「少なくとも、この国の王様は変わってたでしょうねぇ。アンリエッタさんの密告がなかったら」


「はははっ」


こうやって偶に面白いことを


「冗談は言ってませんよ」


「ははは」


もうやだこの職場。昨日はその人に土下座されたんだよ。こっちは平民だっての、一応准騎士と学士は持ってるけど、貴族未満なの。ご尊顔なんて拝んだことないっての。肖像画の人なんだよっ。











「よし、これで最後っと」


現実逃避気味に仕事に没頭してたが、これでノルマは終わり。エリザ――エリザベート・エステマ・エンテペルトスという仰々しい名前を持つ大貴族だが、本人よりそう呼ぶように言われている。あと敬称も禁止されている。――の存在を忘れていたのを思い出し、どこにいるのかと視線を巡らせると。


「あら、終わりましたか? 相変わらず、仕事がはやいですねぇ」


優雅にティータイムしていた。倉庫のはずなのにそこだけ素敵なカフェ空間になってる。やっぱおかしいよ、この人。俺の五倍はあったはずのノルマをもう終わらせてるんだもん。あと、イスとテーブルはどっから出した。


「それでは、休憩にしましょう」


「……」


「どうされましたか?」


テーブル一つ、イス一つ、ティーカップ二つ。


「……」


立ち飲みかな?


「ささっ、どうぞ」


なぜか、満面の笑みで自分の膝というか太腿をポンポンと叩いてる。


「ふふふ、イラ-ダさんおススメのシュチュエーションです」


ドMメイドが、純粋培養されたお嬢様に何吹き込んでるんだ。いや、さすがに四つん這いで椅子になるとか言い出さないだろ。絶対に言わないで下さい、お願いします。


「よいしょっと」


「きゃっ」


覚悟を決め、お上品に椅子に座っていたエリザをお姫様抱っこした。そして、そのままエリザの座っていた椅子に座り、エリザを膝の上にストンと座らせる。


「むむむ、またこっちですか」


「これで勘弁してください」


「なかなか次のステージに進めません。これではイラ-ダさんの許可が出ませんね」


「ステージ? 許可?」


「いえいえ、こちらの話ですよ。後輩さん」


不穏な気配を感じて聞き返そうと思ったが、ニコニコするだけで話してくれそうもない。ここは、さっさとお茶を飲んで撤退しよう。


「でも、油断しましたね」


「なっ!?」


音もなく、あるお菓子が載った皿がテーブルに置かれる。アンティコラだ。スティック状のパンを油で揚げて粉砂糖をまぶしたお菓子の一種である。嫌な予感しかしない。


「今回は、これで我慢します」



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