晦明たる所以1

 色鮮やかなステンドグラスが月の光に当てられて聖堂へと差し込む幻想的な光景。薄暗い室内が仄かに明るく、それでいて複数の色を折り重ねて、この世のものではないと思わせるような美しさを称えている。外では微かに梟が鳴いていて、時折木の葉が擦れるような微かな音が耳に届くほど、教会の内部は静けさに包まれていた。

 幾つかの長椅子が並び、その中央をレッドカーペットが堂々と敷かれている。

 そこをゆっくりと歩く足音は極力抑えられていて、まるで侵入に気付かれまいと気を配っているようだ。

 長椅子の横を悠々と通り過ぎる様は余裕綽々と言えそうで、暗闇に沈む地毛は平常よりも暗く、闇が深い。長い長髪は歩く度にゆらゆらと波のように揺らめいて、口許に咥えられたココアシガレットは機嫌の良さを裏付けるよう、鋭い八重歯によって噛み砕かれる。

 ――パキン、と静かすぎる教会の中で小さな音が響いた気がした。足下を見れば折れたココアシガレットと破片が小さく散らばっている。

 「あー……勿体ね」教会に忍び込んだ男――ヴェルダリアは小さく呟くと、落ちた欠片を一瞥し――そのまま無造作に足を振り上げ、惜し気もなく踏み潰す。小石を踏んだときのような軽い感覚、より一層砕こうと足を捻ると、細かく擦られる快感を得た。

 彼はそのまま足を踏み出して再び教会の聖堂を歩く。

 大きなステンドグラスを見上げれば、前方には自分の身長を遥かに超える大きな十字架が存在している。その左側にはいやに豪華なパイプオルガンが聳え立っていて、年代を感じさせるような貫禄がそこにある。

 ステンドグラスの右側には扉が存在しており、男はそれに手を伸ばすと、徐に扉を押し開ける――。きぃ、と小さく扉の留め具から音が鳴っていた。

 部屋の中はあまりにも薄暗く、月明かりが入りそうで入らない微妙な窓が微かに開いている。春とはいえ夜はまだ肌寒く心なしか毛布が欲しくなるような気候だ。

 男はその窓に近付くと、慣れた手付きで窓を閉め、鍵を掛ける。そのまま流れるように部屋全体を見渡して、寝具が片付いていないままの状態であるのを確認するや否や寝具に近付いて、微かにシーツを伸ばして、布団を捲る。

 本来居る筈の人影はまるで見当たらなく、徐に振り返れば床には、一人の女が動物のように体を丸めて小さな寝息を立てていた。


「……そこはベッドじゃねえぞー」


 ぺちぺちと頬を軽く叩く音。それに女が小さく顔を顰め、「うぅん」と唸り始める。――だが、やはり目は覚まさないようだった。

 微かに身動ぎを繰り返したと思えばそのまま深い眠りに落ちてしまったようで、神秘的なグラデーションをした髪が頬に付くのも気にせず落ち着いた呼吸を取り戻してしまう。真っ白なワンピースのような服が酷く似合う女だった。

 それを溜め息がちに見つめては、娘を想う父のように微笑みを浮かべ――ヴェルダリアは彼女を抱き寄せると、そのまま軽く整えた寝具の上に丁寧に載せた。

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