自己同一性

 メジャースが遠慮がちに手を挙げた。

 正体を知るあたしからすれば、その仕草はイケメンキザ野郎ではなく完全に女の子のそれだ。

 なんか、かわいい。機会があったら真似しよう。

 ……あくまでアユとしてのキャラ作りのためだからねっ。


「あのー。僕の問題点もみんなに聞いてほしいな」

「あっ、ごめんなさいメジャース」


 なんてこと。自分が司会だってこと、忘れてた。AIのふりをしているだけの生身の人間だってことがバレちゃう。


「僕は何かが足りないと自覚している。だがその正体が掴めなくてね。部分的に大袈裟な動きをしてみたんだが、それもしっくりこない」


 足りない……。言ってることはなんとなくわかる。だけどあたしにもその正体がわからない。

 男キャラ三人の中では一番そつなく踊れているのがメジャースなんだけれど。


「んー。まず、あたしたちのダンスを引っ張ってくれてるのはミルキーでしょ」

「おう。で、リッキーの動きは硬さが目立ち——」

「ジェイツーは遅れがち、と」

「あ、わかったわ」


 軽く手を打ち鳴らすと一同の視線が集まった。

 あたしはメジャースをまっすぐ見つめ、告げる。


「それですよ、メジャース」


 常に一歩引き、他のメンバーを立てようとする傾向が強いのだ。

 せっかくのアレンジも、おそらく無意識なのだろうが、目立たない部分にしか取り入れていない。つまり。


「あなたはメンバーの中で一番、自己主張をしていません」

「自己主張……」

「はい。あなたの一番の特徴は何ですか」


 外見と中身のギャップ。それはある意味、あたしと通じるものだ。体格に大きな差があったリッキーとも。

 ————!


「ねえ、あなたたち。……あなたたちは、誰?」

「どうしたんだい、アユ様。急に」


 この質問に、すぐに反応したのはメジャース。手を広げ、気取った態度を崩さない。

 うん、その積極性、いい感じ。あともう一歩欲しいな。

 あたしは他のメンバーを見回した。

 リッキーは目を見開き、次いで自分の体を見下ろしている。

 ジェイツーは左右の腕を交互に上げたり下げたりして、静かに頷いている。

 ナユタは……、こちらに微笑みかけてきた。なんだろう、この掌の上で踊らされているような徒労感は。やだ、ムカついてきた。


「ねえメジャース。デバイスを装着している間、あなたの目はここにあるのよ。そしてもちろん、体も」

「ふふ。嬉しいものだね。アユが丁寧語をやめただけで、これほど距離が縮まったように感じられるとは」


 これこれ。これがメジャースの持ち味なのよ。

 至近距離に立ち、音楽をかける。

 メジャースの肩に軽く手を添えると、彼はあたしの腰に手を回してきた。


「リードして」

「お望みのままに」


 これまで一度も踊ったことのないチーク。

 雰囲気だけで、自由に動き回る。

 思った通り、リードが上手い。

 でも、それじゃ意味がない。今はこちらが引き立て役なんだから。

 ほら、もっと目立ちなさい、メジャース。

 意外と楽しいわね、これ。

 いけない、いけない。もっとメジャースを立てないと。

 しばらく踊り続けた。ふと、それまで背景と化していたメンバーに視線を向ける。

 最初に目が合ったのはナユタだ。


「へえ。様になってるじゃない」


 なんでナユタに冷やかされなきゃなんないのかしら。覚えてなさいよ。

 あれ、リッキーとジェイツーの視線が険しい? そっか、あたしたちの動きから何かを学ぼうと真剣なのかしらね。

 そろそろいいかしら。

 音楽を止め、体を離した。その途端、またレモニィが飛びついてきた。


「お姉ちゃん……っ」

「はいはい、甘えんぼさんね」


 レモニィがこんなキャラだったなんて今日まで知らなかった。かわいいから抱き締めちゃうけど。


「なあ、リッキーさんよ」

「なんだ、ジェイツー」

「アバターの再設定、考え直さねえか?」

「あら」


 巨漢キャラ二人の会話にナユタが割り込んだ。


「お二人もチーク踊るのかと思ったのに」


 その言葉を受けるや、巨漢たちは同時に口を開けてお互いを指差した。


「ほら。すごく息が合ってる。まさにお似合いのカップ――」

「「黙れ」」


 そちらを振り向くと、メジャースが告げた。


「男三人で通しで踊ってみたい。……やらないか」

「お前それ、狙って言ってるだろ」

「? 何を言っている」


 おお、メンバーの距離が縮まった、のかな? 何よりだわ。

 本番用の音楽をかけた。


 ……結果を言えば、この時点ではあまり劇的な改善は見られなかった。

 でも、踊りきった彼らの顔は明るく、それなりに何かを掴んだように見えた。

 何にせよ、問題点の洗い出しはできた。十分な収穫だと思う。


「アユ、また明日。俺、アバターの再設定はしないことに決めたから。このままいくぜ」

「わかったわ。あなたがそう決めたのなら」

「アユ。次はこの俺とチーク踊ってくれよな」

「ええ? ジェイツーと? そうね、気が向いたらね……。ふふ、うそうそ、約束しましょ」

「ああっ、俺、俺ともよろしくっ!」

「うむ、何度でも踊りたいものだ」

「モッテモテじゃない、アユ。うふふ」

「お姉ちゃんはレモニィのだもん……」


 あれれ。何がどうしてこうなったんだっけ……。


 仲間たちが名残惜しそうにログアウトしていく中、最後に残ったのはナユタだ。


「メジャースとジェイツーなんだけどね。まだお互いにCOやってること知らなくて。挨拶しかしない程度の関係よ」

「ふうん。て、あたしそんなこと質問してないよね」

「そうかしら。聞きたそうな顔だと思ったのだけれど」


 おもわず顔を手で触って見て、はっとした。


「ねえナユタ。あなたもしかして、パソコン画面じゃなくてこっち側の視点で見えてるの?」


 本人も意図しない程度の表情の変化。それはあくまで、同じ空気を肌で感じられる者同士……。同じ空間を共有しているからこそ見分けられるものであるはずだ。

 少なくともパソコン画面の二次元表示——というか、現バージョンのCOのシステム——では、表情の変化までは見分けがつかないはず。


「いいえ、何となく想像がついただけ」

「そ、想像って……。最先端のAIすげえな」

「あなた、AIってどこにあると思ってる? データ? それともハード? そもそもあたしとあなた、何が交換されたのかしらね」

「えっ」


 見て、聞いて、感じられる。自分の意思で言葉を紡ぐこともできる。

 高校入学まで十五年以上生きてきた記憶もある。

 それって、揺るぎない自己同一性ってやつじゃないの?


「ま、いいわ。あたし、あなたのことすっごく気に入ってるもの。末長く付き合いましょ」

「なんか誤魔化された気分だけど。まあ、あたしも嫌いじゃないわよ」

「ありがと。あ、そうだ。クラスの様子とか、いつも話ばかりで雰囲気掴めないだろうから、ログアウトしたら写メ送るね」


 写メって……。あ、そうか。ゲーム内有名NPC宛ファンメールの受取先として設定された、運営が管理してるメアドがあるんだった。


「じゃ、また明日」


 にこやかにログアウトする彼女を、手を振って見送った。

 ほとんど待たされることなく、メール受信の知らせが届く。

 おお、これはまた……。

 ずいぶんとナユタの見た目に寄せてるんだな。そういや、去り際にやけにシリアスっぽく話を振ってきたけれど、これがアユの自己同一性ってやつなのかな。


『どう? これならあたしの普段の話し方、リアルでしてても何の違和感もないでしょ。それにあなたが帰ってきたとき、ごく自然に馴染めるわよね。でも、舞奈も二郎もどうやら気づいてないみたいなの。おかしいよね』


 アユのやつも楽しくやってるようで何よりだ。


『追伸:あたしがナユタだってこと、二人が揃ってるときにカミングアウトしてみようかしら』


 即刻返信した。


『やめたげて。リアルの関係を持ち込まないからこそネトゲを楽しめるっていうユーザーはとても多いんだから。あなたなら知ってるはずよね』


 その夜、ベッドに横になった後、なぜかすぐに寝付けなかった。

 なんだろう、何か大事なことを見落としているような。

 アユから貰った写メを再び表示させてみる。


「……ってこれ、百パーセント男の娘じゃないかああああ!」

「お姉ちゃんっ!?」


 飛び起きたあたしにレモニィが駆け寄り、心配そうに覗き込んでくる。


「あ、ごめん。なんでもないの、なんでも……」


 大アリなんだけどっ。

 でも、レモニィを抱きしめていると何か安心してしまい、そのまま抱き合った状態で朝までぐっすり眠ったのだった。

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