散る白百合

墓場に咲く白百合は血を吸い、紅く染まるのです。


 数日前から私は汚物に成り下がりました。いえ、汚物以下の何かに堕落したのです。それもこれも全て姉様のせい、そして浄化出来るのは姉様だけ…


 私と姉様はあの忌まわしき東京大空襲の負傷者を収容したS病院の看護婦として働いていました。

 凄惨でした。血と膿が混ざり合い、床をマーブル色に染め上げるのです。どうしようも出来ない状況でした。慢性的な物資不足でオキシドールさえ手に入らないのですから。

 それでも姉様は血膿の中を駆け回り、患者の傷口にたかる蛆を払いながら励ますのです。そして、泣くのです。「御免なさい」と泣くのです。

 そんな姉様が私にはとても輝いて見えました。不謹慎ですが人外魔境に咲く一輪の白百合の如く美しかったのです。

 私は貴女を姉様と呼び、お慕いしました。姉様は私を名前で呼び、微笑んでくれました。ああ、それだけで苦は相殺され、高揚感を私は得るのです。


 しかし、貴女は消えてしまった。異動というだけで所長はそれ以上言わない。姉様を心底、憎みました。そして、死ぬ程逢いたかった…頬を撫でて欲しい。

 姉様と同じ仕事場に異動させてもらう代償に、私は所長に処女を捧げました。所長の肥えた腹を舐め、陰茎を頬張りました。痛みをこらえて、ぜんまい仕掛けのおもちゃの様にぎしぎし揺れたのです。

 これが汚物以下に成り下がった所以で御座います。ああ、私の中に醜い豚のイチモツが挿入されたと思うと今でも胃液が逆流するのです。汚物が、汚物を吐き捨てるのです。


 異動した先は海辺の航空軍需工場敷地内に設置された治療室でした。

 しかし、六畳にも満たない治療室には御高齢のお医者様がいるだけで姉様の姿はどこにも見当たりませんでした。所長に弄ばれたのでしょうか。

 いいえ、ここに姉様はいます。感じるのです。姉様の気配を。


 夜、警備の目を避けながら姉様を探しました。広い敷地内をあても無く走り回り、そして、いつしか私は格納庫に迷い込んでいました。

 格納庫には巨大な、天井に届く程のなにかが鎮座していました。飛行機と違うどっしりとしたその姿は暗闇に包まれ、おぼろげでよくは見えないのですが、恐怖だけが私に教えてくれます。これは邪悪で鬼畜生な存在であると言う事を。

「誰かいるのですか」

 立ち竦む私の背中に人工的な灯りが当てられました。でも、それはとても暖かかったのです。何故なら、何故ならその、真綿の様に柔らかい御声は…

「姉様!」

 私は駆け寄り、遮二無二姉様の豊満な胸へと飛び込みました。間違い御座いません。これは姉様の感触です。


 逢いたかった。姉様逢いたかった。涙が自然と頬を伝います。ああ、大好きな姉様、私の名を呼んで下さいまし。頬の涙を拭ってくださいまし。微笑んでくださいまし。そしたら、私は救われるのです。姉様、汚れた私を浄化してくださいませ。でないと、でないと私は報われません。愛してください。接吻を。更なる抱擁を。疚しくは無いのです。愛なのです。姉様を下さい。姉様、聞いておられるのですか。姉様を下さい。


 乾いた発破音。

 どうしてお腹が熱いのです。

 薄れる意識。私は姉様の身体から剥がれていく。

「御免なさい」

 姉様の御声。優しい御声。愛しい御声。

 闇が隠した姉様のお顔は微笑んでいるのですか、それとも泣いておられるのですか。

 意識が、途切れた。

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