第29話 二部最終話 狐の嫁入り

 三人は政吉の平屋に戻り戸を開けると、市蔵はとっさにレイラの目を塞いだ。



「真っ暗になったのじゃ! お天道様が消えたのじゃ! 」



 レイラが両手をジタバタとさせると、開き直りなのか道休は、おちょくる様にズカズカと式台を上がり歩を進めた。



「おぉ~ これはこれは、政吉に夢芽ではないか。奇遇ですなぁ。我らはお邪魔だったかな~」



 布団の中では腕枕をしながら眠っていた二人の姿があった。政吉と夕霧は飛び起きると慌てて着物を羽織り布団を整えた。



「あんだけ半刻だぞ。と言ったのに」



 市蔵がぼやきながら手を離すと、レイラは眩しそうに周りを確認しては瞬きをし始めた。



「何なのじゃ一体。急にお天道様が消えたのじゃ」



 やけになっていた道休は振り向きレイラに目をやった。



「レイラ殿も人が悪いなぁ。絶対にここで何があったか分かってて、分からない振りをしてるでしょ? 最近の私はレイラ殿は三十路なのではないかと疑ってますからね」



 レイラは道休に近付くと、ふらつく振りをして思いっきり道休の足の甲を踏んづけた。



「ま まだ明るさに慣れなくてふらついてしもうた」



 踏まれた足を持ち上げ道休は手で擦るとレイラがニヤリとした。



「なんじゃ? 道休。お猿さんの真似が上手いではないか。ほれ、キーキー泣いて見るが良い」



 市蔵はレイラの頭にげんこつを落とした。



「祝言を見てもらうはずだろ。 二人は誓いは読んだのか?」



 政吉と夕霧は同時に頷くと道休が手を挙げてきた。



「よし。じゃあ、私も誓わせて下さい」



 道休は政吉の手を力強く握り締めた。



「夢芽はお前の嫁だ。お前がいなくなったとしても、今度こそ必ず変わりに守る」



 そう言うと空いてる手で夕霧の手を力強く握り締めた。



「夢芽……すまない。遅くなってしまった。お前には辛く怖い思いをさせてしまった。一生を償っても償いきれない事は承知だ。切ろうが焼こうが煮ようが俺を好きにして構わない」



 その言葉に政吉は吹き出した。



「お前は切っても焼いても煮ても不味そうだ。なぁ、夢芽、そんな奴は昔にされてたように蔵にでも放り込んでやるか? 」



 夕霧も微笑んで政吉を見てから道休に目をやった。



「そうですね。お兄様は蔵にでも入って反省してなさい。猿でも反省って出来ますから」



 三人は涙を流しながら抱き合った。

 そんな三人を暖かい眼差しで見送ると市蔵とレイラは黙って政吉の家を後にした。



「おぉイチよ。虹が出てるのじゃ! 」



 二人は空を見上げると三人の再開を祝福しているかの様に、外には天気雨からの虹が黄昏時の空に大きくかかっていた。

レイラは水溜まりを見付けては、飛び跳ね避けながら、ご機嫌な様子で鼻唄を歌い出した。



 そのまま集落へと戻り三週間程経った頃である、夕霧太夫が心中した。との噂が集落にも入ってきた。

 市蔵の屋敷では、弥七と共に行商に仙十郎が出向いている為、レイラと二人で過ごしていた。



「イチ! 夕霧が……夢芽が心中したとはホントか? 嘘に決まってるのじゃ」



「知らん」



「な? 他人事のように言うでない。本当に心中しておったらどうするのじゃ? 」



「俺はやることはやった。後はどうなろうが知らん」



 レイラは怒りのあまり、近くにあった本を市蔵に投げ付け屋敷を出て行こうとした時である。

 入り口には道休と見慣れない女が立っていた。



「なんじゃ、道休か。その女子は……どっかで見たような」



 女は被衣かつぎを取ると後ろに隠し持っていた煙管キセルをくわえ出した。



「煙管にその左目の下にある泣きボクロは ゆ 夕霧! いや夢芽か。えぇい紛らわしいのう。って、髪はどうしたのじゃ?」



「これからは夢芽で良いわよレイラ。髪は切って政吉様の遺骨と一緒に埋めたのよ。夕霧太夫からのケジメとしてもだけどね。どう 短い髪も似合うでしょ?」



 夢芽は短い髪をかきあげると片目を瞑ってみせた。



「ふむ。そちらの髪の方が夢芽っぽいのじゃ! 美形がより際立つのう」



「あははは。お褒めの言葉をありがとう」



 道休が割って入ってくると、途端にレイラは冷めた口調になった。



「お主ではないわ。ってか、道休は何しに来たのじゃ」



「兄弟ですから、妹が褒められれば兄も褒められた。と言うことでしょう。それに、今日は市蔵殿に妹の噂を流布してくれたお礼に」



 レイラは振り向き市蔵を睨み付けた。



「ぐぬぬ、心中した。との噂を流したのはイチではないか! 」



「市蔵殿。先日話した通り、夢芽もこれからは集落で過ごすゆえ、一つ宜しくお願い申す」



 市蔵は遠くから片手だけを上げ、ひらひらと振った。



「レイラ。そういう事だから宜しくね、琴も三味線もないけど煙管はあるから」




 屋敷を後にする道休と夢芽の後ろ姿にレイラは言葉を投げ掛けた。



「わらわは吸わん。身長が伸びないとチビと馬鹿にされるのじゃ」



「おい白銀チビ。邪魔だ、どけ」



 突然、繋ぎ場から声がしたかと思うと馬を止めて、こちらに向かってくる仙十郎の姿があった。



「なんじゃ。もう帰って来おったのか? せっかくイチと二人だというのに」



「『もう』じゃねぇだろ! 伸びに伸びて五日程の行商が二十日程になったんだぞ! 白銀チビの身長は伸びてないがな! 」



「ぐぬぬ。うるさいのう。何故、の垂れ死のう。とは思わなかったのじゃ」



「逆に問う。何故、の垂れ死のう。と思うと思ったのだ」



 しばし二人は睨みあったまま罵詈雑言を投げ付けていたが、ハッとしたように仙十郎が市蔵の隣に膝を付いた。



「只今、戻りました。道中、何事もなく私も弥七殿も良好ですが……」



 言葉を止めた仙十郎に市蔵は労いの言葉を掛けた。



「ご苦労さん。仙十郎も頼りになるようなったな。心強いぞ 」



「ありがとう御座います。大将……言いにくいのですが行商中に聞いたことではありますが、美録姫の婚儀が正式に決まったとのこと」



 市蔵は表情を変えなかったが、聞いていたレイラがニヤニヤしながら口を開いた。



「それは良縁じゃ。ウシシシ、今度は本当の狐の嫁入りじゃな」






 二部完結


三部美録姫の婚儀編に続く。

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