魔法少女は北北西に進路を取るか?

ネパレイド

Boy meets Girl その1

 遠くのビル街で流れ星が低くよぎって、隣の新谷玲二がめちゃくちゃにシャッターを切った。僕はそれを眺めながら、薄い煙草を吸い込んで、舌をすぼめながら煙を吐き出した。朝の屋上の空気は、冷えていた。

 ほどいた舌で音を鳴らして、思わず呟く。


「だめだな」

「何が」

「煙が輪っかにならないんだ」

「……そうかよ」


 カメラのディスプレイで取ったばかりの写真を確認していた玲二は、ちらりと僕を見た。


「ほどほどにしとけよ、体に悪いぜ。財布にもな」

「わかってるよ」

「臭いもつくだろ。教師に見つかったらコトだぜ」

「それはお前の盗撮も同じじゃないか。今日も持ってきてるんだろう」

「俺は写真部だから問題ないね」


 悪友はそう言うと、再びカメラを構えた。ビルのあたりで光が何度も瞬いている。こんな朝から、あそこで戦っている誰かがいるのだ。


「つーか、あっちは警戒区域だよな。まともに写ってるのか? 前みたいなブレブレ写真撮るのに、付き合ってられないんだけど」


 朝のホームルームがもうすぐ始まる頃だ。しかし、僕の呈したこの苦言に、玲二は親指を立てて見せた。


「そこは任せろ。アニキに頼んで、レンズを調整してもらったんだ。多少位相がズレてるくらいじゃ、もう俺は止められないぜ」

「そうかよ」


 僕は屋上の手すりに煙草を押し付けて、火を消した。指ではじいて、地面に落とす。すぐ下の自転車置き場は、ドロップアウトした学生のたまり場だ。僕が黙っていても、吸殻の一つくらいは落ちたって不自然じゃない。


「……よし」


 玲二が満足げにうなずいて、カメラを三脚から外した。


「お、済んだか」

「まあね。今度は結構、いいのが撮れたよ」

「そりゃ何より。じゃ、予鈴が鳴る前に戻ろうか」


 臭いがつかないように脱いでいたブレザーを羽織って、ポケットから鍵を取り出す。屋上の施錠は、教師連中はいつもうるさい。


「急に開けてもらって、悪いな」

「別に。僕も時間をつぶせたし……こういう時のために、施設管理委員やってんだよ」

「そうだ、お前にも一枚、進呈しようか? 結構、際どいのも撮れたんだぜ。気に入らなきゃ、横流ししてもいいし」

「いいよ。横流しは魅力的だけど」


 僕は首を振った。


「魔法少女は、好きじゃないんだ」


 玲二はちょっと眉を動かして、「ふーん」とだけ言った。


「じゃ、今度何か奢ろうか。駅前のラーメン屋とか。こないだできたトコ」

「魚介系らしいな。いいね」


 後ろでに屋上の扉を閉めて、鍵をかける。階段の下からは、まだ朝の喧騒が聞こえてきていた。


 学校生活というのは、基本的に繰り返しだ。立て。座れ。聞け。休め。だが休みすぎるな。そういうルーチンをこなす間にイベントがいくつか挟まるようにして、卒業までじわじわと時間を過ごしていく。教師は二年とか三年とか、もっと長いスパンでこれを把握していて、学生とは少し感覚のズレがある……と、思う。


 朝のホームルームも、そういうルーチンの一つだ。


「ですからね、“魔法少女”と呼ばれる少女達は全て、法的には“善意の協力者”として位置づけられているわけです。これは由々しきことですよ」


 教壇で担任が力説している。僕はこっそり教室を見渡して、まともに聞いている生徒がいることがないことを確認した。


「よろしいですか、皆さんとほとんど歳のかわらない子ども達が戦わされている! この平和国家の日本で、ですよ。“魔法少女の日常生活の平穏を保護するため”というおためごかしの下、彼女たちは名前も、功績も公にされることなく、カイジュウとの戦いを続けているのです!」


 僕は女教師の声を聞きながら、ちょっと顔を傾けて窓の外を見た。さっきのヤツは、もうカイジュウを片付けたのかな、などと思う。


「他の先進諸国と比べ、わが国では法律も制度も未整備に過ぎる、というのはこの前の授業でも教えましたね。ですが、皆さん、よろしいですか。これはチャンスでもあるのです。今なら、全てが整う前に哀れな少女達を救うことができる。私たち一人一人が、声を上げることが重要です」


 窓と反対側に顔を振り向けてみると、玲二が顔をしかめているのが見えた。案の定、教師はバインダーを取り出している。


「と、いうことで、先生はこんなものを持ってきました。これは、魔法少女達を救うための署名です。今からまわしますから、放課後までにみんな名前を書いておくように――よろしいですね」


 話は終わりとばかりに教師は手を打って、クラス長に今週の連絡事項を伝えるよう、言った。

 こんなことが、前にもあった。その時はなんだったか、南極の鯨を保護するための署名を求められた気がする。


 前からまわってきたバインダーを受け取って、僕は手の中でペンを回した。

 鯨の時は、署名しなかった生徒が呼び出されては、ずいぶん“説得”を受けていたように記憶している。


「……」


 小さな長方形の中に、“明神明樹”の四文字が並んだ。ふりがなを振れといわれたら、“みょうじんはるき”と書くところだ。

これでも、成績はそこそこ上位をキープしている。余計なことで印象を下げる気には、なれなかった。しかし――。


 担任を盗み見る。話はすっかり午後の集会の話に移って、こちらのことは見ていなかった。

 僕はペンをひっくり返すと、ラバーの部分で紙をこすってインクを消した。どうせ提出は放課後だ。数時間くらい、回答を保留したっていいだろう。


 何食わぬ顔でバインダーを後ろに回して、僕はクラス長の連絡に耳を傾けた。なんてことない一日の始まりだった。


    ◆


 ……まあ、平穏に始まった一日が平穏に終わるとは限らない。案の定、僕は一時間目か、二時間目にはすっかり署名のことを忘れて、放課後まで忘れていた。

 思い出したのは、クラス長の女の子が僕に声をかけてきた時のことだ。


「明神くん、残ってる?」


 その時にはもう、授業も掃除も終わって、僕は玲二とラーメン屋に行く算段をつけ始めていた。


「僕?」


 クラス長はこっくりうなずいた。彼女のショートカットが上下に揺れる。


「うん。笹軌先生が職員室まで来いってさ」

「何の話か、言ってた?」

「たぶん、朝の署名の話でしょ。明神くん、サインしなかったんじゃない?」

「え? ああ……」


 頭を抱えた僕を、玲二が見下ろした。


「お前、サインしなかったのかよ」

「放課後までにすればいいと思ったんだよ。いつの間に持ってったんだ」

「さっき、私が提出しちゃった。朝のうち、みんな書いたと思って……」


 クラス長が手を合わせる。


「私も、今日はフケちゃおうと思ったんだけど。まさか、その場で名簿を確認しだすと思ってなくて。ごめんね」

「いや、別に……」


 クラス長のせいじゃないし、と言いかけて、彼女の名前を覚えてないことに気づいた。僕は言いかけたセリフを飲みこんで、別な言葉を搾り出した。


「謝られても、困るし」

「あはは、そうだよね……」


 クラス長は気まずそうに頬をかいた。


「明樹ィ、あんまり真弓サンを困らせるなよ。お前がサインしそびれたのが悪いんだから。さっさと行って、書いてくればいいじゃんか」

「そりゃそうだけどさ。めんどくさいんだよ、笹軌の説教」

「今日は逃げ切っても、どーせ明日呼び出されるって。さっさと行って来いよ」

「んんん……」


 僕は観念して両手を上げた。


「わかったわかった、わかったよ。行けばいいんだろ」

「そうしろ。ラーメンは逃げないんだから」


 それはその通りだが、待っている分腹は減る。僕は担任が弁明を聞き入れてくれることを願いながら、教室を出た。

 階段に足をかけて、ぎこちなく隣に話を振る。教室から、クラス長が隣に張り付いて来ていた。


「……あー、真弓さんも職員室に?」

「うん。私も呼ばれてるから」

「ああ、クラス長の集まり? 大変だよね」

「ううん、私も笹軌先生」


 ちょっと目を丸くして、クラス長に首を振り向ける。僕と目のあったクラス長は、所在なさげな笑顔を見せた。


「ほんとは、ちょっと安心したんだ。一人でお説教、されたくなくて」


 謝罪の多い女の子だ、と思う。今度は、名前を知っていた。


「いいよ、名前を書き忘れたのは僕なんだから。真弓さんのせいじゃない。適当に済ませて、さっさと解散しようぜ」

「え……」

「え?」


 クラス長にあわせて、僕も立ち止まる。何か、気に障ることを言っちゃったのか?


「あ、名前で呼ぶの、馴れ馴れしかった……?」


 やらかした、という気がした。玲二がやってたから、いけると思ったんだけど。

 クラス長は薄目で僕を見ると、いくらか冷めた声で言った。


「真弓は苗字なんだけど。明神くん、私の名前覚えてなかったね?」

「げ」

「ひょっとしてとは思ってたけど。もう五月だよ? 同じクラスの人に名前覚えられてないなんて、結構ショックだよ」

「……すいません」


 返す言葉もない。


「真弓清花。まゆみが苗字で、きよかが名前。以後、忘れないように」

「はい……」


 僕は説教を受ける前なのにもう、一つ頭を下げた。真弓さんは満足げにうなずくと、また歩き出した。


「早く行こうよ。あのヒト、待たせれば待たせるほどお説教が長くなるから」


 立ち止まったのはお前だろ! とは言わずにこらえて、僕はあとに続いた。必要以上にごねて、説教の時間を延ばすことはない。




「それはどういうことかしら?」


 担任の声が耳に絡み付いて、僕はばれないように顔をしかめた。とはいえ、もっと露骨にやっても担任は気にも留めなかったろう。その視線は自分のクラス長に集中していたのだから。


「や、その。だから、できれば署名はしたくないなー、なんて思うんですけど」


 真弓さんはゆらゆらとそう言った。担任が怪訝な表情で彼女を覗き込む。


「……あなたは魔法少女達の境遇を、なんとも思わないということかしら? 同い年の女の子達が戦わされている現状を?」


 担任の額には、すでに青筋が浮いていた。


「いえ、そういうわけじゃ……ただ、こういうのって強制されてやるもんでもないかなーって。違いますか?」

「違います。あなたに何が分かりますか、これは由々しき事態なのですよ。私たちが救いの手を差し伸べなくてはいけません」

「でも、そんなの誰も頼んで無くないですか? いや、私がそう思うってだけなんですけど」


 のらりくらりとしつつも徐々に白熱する議論を横目に、僕は教員室の時計を眺めた。笹軌先生はいつになったら僕に水を向けてくれるのだろうか。そうすれば、僕だけでもさっさと名前を書いて引き上げてしまうのに。玲二もそんなに我慢強いほうではないし……。


 僕は向かいのデスクに座る数学教師に視線をやった。隣のクラスの担任をしている、数学教師の古賀先生。眠くならない授業に定評がある。今年は学年主任をやっているはずだ。

 古賀先生は苦笑しながら、何度か頭をゆらしてうなずいたように見えた。


「いいから、理屈を捏ねていないで名前を書きなさい。さもなければ――」

「まあまあ、笹軌先生。その辺で」

「あまり他人のクラスの問題に口を出さないでいただけますか、古賀先生。これは二組の話ですよ」

「いや、お気持ちは分かりますがね、そろそろ下校時刻ですよ。生徒を残しておくのはまずいでしょう」

「ですが――」

「これは学校全体の決まりですから、守ってもらわなくては。そうでしょう?」


 古賀先生は僕らに顎をしゃくった。


「ほら、お前らも帰った帰った。あんまり残ってると、逆にバツつけるからな」


 まだ何か言いたそうにしている清花をつつくと、軽くお辞儀をして僕らは教員室を出た。

 時計を見てみると、完全下校時刻には、まだかなり時間が残っていた。




「……ごめんね。私のせいで」

「ほんとだよ」


 玲二はまだ待っていてくれるだろうか。ちょっと名前を書いてくる、と言った割にずいぶん時間が経ってしまった。


「まあ、いいよ。結局、名前は書かないですんだし」

「そうだけど」

「玲二には適当に謝っとけばいいんだ。ラーメンすっぽかされたくらいで、どうこう言うヤツじゃないし」


 そう言って、僕は教室の扉をくぐった。部活や帰宅にはけてしまったのか、生徒はいなかった。学校に残っている生徒が置いていったと思しき荷物がいくつか、残っているきりだ。

閉め切っているには少し暖かすぎる初夏の陽気のせいか、それとも換気のためか、窓は開けっ放しになっている。その窓の外から、警報が聞こえてきていた。


「またカイジュウが出たのか。最近多いな」

「遠いから、心配ないよ」


 こともなげに言ってから、真弓さんは急に顔を上げた。


「あ、もしかして明神くんの家、あっちのほうだった?」

「や、違うけど」

「そっか、良かった。またやっちゃったのかと思ったよ」


 清花はこわばらせた肩をすとんと落として、表情を緩めた。


「言葉を選ぶの、あんまり得意じゃないんだ。気を悪くさせてたら、ごめんね」

「謝んなくていいって」


 そんなので一々気分を悪くするほど、僕は繊細に出来ていない。適当に答えて、出しっぱなしになっていた教科書をカバンにしまった。


「それで、えーと……明神くんはもう帰り?」

「や、文化部棟に寄ってくつもり。玲二が向こうにいるかも知れないし」


 僕はまだ、ラーメンを諦めていなかった。どっちにしたって、家に帰るのは遅いくらいでちょうどいいのだ。

 真弓さんは僕のセリフを聞いて、また、力の抜けた笑顔を見せた。


「そうなんだ。気をつけてね。カイジュウも出てるみたいだし」

「もう帰るんでしょ? 真弓さんも気をつけてね」

「あはは、そうだね。私のほうが先かあ……」


 僕はキュッと口角を上げて、ちょっと手を振って、それでクラス長と別れた。教室を出る最後のゼロコンマ一秒、彼女が“余所行きの顔”をやめる最初の一瞬が見えた。


    ◆


 だから、その時の僕は見てはいけないものを見てしまったような、うそ寒い気分だった。


「お腹空いたな」


 冷めた気持ちの原因を空腹に押し付けて、歩き出す。

警報が鳴ったんで、玲二は写真を取りに行きたがっているはずだった。写真部室の窓から撮影を始めているか、僕が来るまで待っているか、それとも現場に走っていってしまっただろうか。最後の場合だと、ラーメンは延期になるかな……。

 そういえば、今朝借りた屋上の鍵はどうしたんだったか、教員室に返しに行った記憶がない。


 僕は、ブレザーの内ポケットに手を入れて、それで――。


 廊下に並んだ窓の外に、人型の大きな影を見た気がする。そこから先は今ひとつ、ちゃんと思い出せない。直後に、僕の世界は暗転したからだ。




 次に目を覚ました時には、僕の視界はひどく限定されていて、ほとんどその視界いっぱいに真弓さんのふにゃっとした顔があった。


「明神くん! 良かった……。もうちょっと、待っててね。すぐ掘り出すからね!」


 掘り出す? 聞き返しかけて、咳き込んだ。口の中がじゃりじゃりしている。おまけに、体が動かせない。ちょうど、布団を被った時の感じを数十倍にしたような重さが、全身にのしかかっている。


「どうなったんだ、僕」

「ちょっと埋まっただけだよ、大丈夫だから。大丈夫」


 真弓さんが手を動かすたび、少しずつ視界が広がる。光と空気が流れ込むと、ようやく頭が働いて、自分が瓦礫に生き埋めになっていることが分かってきた。


「……明神くん、聞こえる?」

「聞こえる」

「もうちょっとでなんとかなるから。気を確かに持つように」


 がらり、と瓦礫が崩れる音がして、いきなり体が軽くなる。コンクリートの粉まみれになったブレザーの上に空気の流れを感じた。


「明神くん、立てる? 怪我は」


 クラス長が顔をしかめた。


「してる……みたいね」


 視線を追って自分を見下ろす。ブレザーの脇腹が大きく裂けて、黒っぽいしみが広がっていた。指を突っ込むと、肌のすぐ上まで裂け目が到達していることが分かる。


「してないよ。服が切れただけだ」

「わかった、そうかも。でも、血が出てるんだから、動いちゃ駄目だよ、そのうち助けが来るから」


 引き抜いた指にも、乾いて固まった血のかけらがこびりついている。

 僕は、押しとめようとする真弓さんの手を掴んで止めた。


「錯乱してるわけじゃないよ。本当に傷はないんだ、ほら」


 立ち上がって、手を広げてみせる。


「じゃあ、その血は――」


 言いかけた清花が、いきなり僕の手を引いた。世界が回って、僕は廊下にしりもちをつく。ほとんど同時に、僕がいた瓦礫の山が大きく崩れて、校舎を揺らした。

 清花が目を細める。


「こいつの、かな」


 崩れた瓦礫の山から、赤黒い液体がどろりとこぼれた。埋まっているうちは気づかなかったが、それは二メートル近い人型だ。金属性の体のあちこちからは、使途不明の機構が突き出し、奇妙なアシンメトリーを形成している。

 見ているとなんとなく不安になるこの姿を、僕は良く知っていた。


「カイジンが、出たんだ……」

「うん。明神くんも、ついてなかったね」


 さっき僕に飛んできたのは、こいつだったんだ。校舎に大穴を空けた人型は、そのまま僕にぶち当たって、瓦礫の下に生き埋めにしたらしい。

 大きく崩れた校舎の壁の向こうに、青空が広がっていた。空気が汚れているせいで、それほど離れていないはずの市街地は霞んで見える。


「とりあえず、歩けそうで良かった。私じゃ、男の子は運べそうにないし」


 そう言って、真弓さんはカーディガンで手をはたいた。


「他には誰かいないの? 怪我したヤツ……先生とか、他の連中は?」

「いないよ。巻き込まれたのは、明神くんだけだから。たぶん、人型にひっついてたのが良くなかったんだ」

「そう、なんだ。だったら早く、避難しようよ。もうカイジュウはいないみたいだけど――」


 ここだって、いつ崩れてくるか分からないし。そう続けようとしたのを、真弓さんが遮る。


「いるよ」

「え?」

「敵はまだいる。だから、隔離されてるわけだし」


 彼女が言い終えると同時に、市街地に火球が膨れ上がった。ここまでそよ風が吹いてきて、コンクリートの粉が再び舞い上がる。炎に照らされて、空に浮かぶ人型の影が浮かび上がった。


「明神くんは避難して? 私はもうちょっと、残らないと」


 同級生の女の子はふっと笑って、セーラー服のポケットからコインを取り出した。コインが一瞬光って、古風な学生帽に姿を変える。


「駅のほうに走れば、すぐ隔離区域の切れ目があるよ。そうすれば、明神くんでも出られるはずだから」


 ちょっと待って、もう少し説明してほしい。


「十分したでしょ。早く行った方がいいよ、見かけより重症なはずだから」


 少女の視線が、僕を捉えるのをやめた。

出現した学生帽を、くるっとまわして頭に被る。たちどころに彼女の輪郭がぼやけて、その装いが変わった。

 黒い長ランの裾がすとんと降りて、固めた拳をメリケンサックと一体化した白い手甲が覆う。背が伸びたように見えるのは、高下駄を履いているせいだ。

 打ち付けた拳から火花を散らして、魔法少女は最後に僕を振り向いた。


「じゃあね、明神くん。また、明日」

「待っ――」


 安心して、とばかりに微笑んで、時代錯誤なバンカラスタイルに身を包んだ少女は崩れた壁を蹴った。また僕を置いて、黒い背中が中空の人影に向かって伸びていく。


真弓清花。こいつは魔法少女をやっている。


 赤く照らされた空に小さな爆発が起こって、僕は腕で頭をかばう。思わず、しりもちをついて、涙がちょちょぎれる。

 ちくしょう、魔法少女なんて嫌いだ。


 あいつらは、僕には遠すぎる。

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