君を求める機械式

九郎明成

プロローグ

 ――a scrap.(屑鉄)


 あの時。

 突如として消失した異国の街の片隅――かろうじて被害を逃れた場所で、幼い自分は声を聞いた。目の前で母を失い、父を捜して泣きながら街を彷徨っていた自分だったが、気が付けばその声に引き寄せられるように、一人見知らぬ土地の複雑な路地を進んでいた。

 声は一度だけだった。遠くから微かに訴えかける声。耳に届くことが奇跡だとすら思える声。声に力がないせいで、それが男性のものか女性のものか、年齢さえもわからなかったが。

 言葉の意味は知っていた。父親が仕事で使う専門書を絵本代わりにしていたため、その単語には聞き覚えがあったのだ。言葉自体は、好きなものでは無かったが。

 今考えれば、声自体は幻聴の類だったのだろうと思う。だが当時の自分は何の偶然か、路地の先で人を見つけた。

 それは、路地の壁にもたれるようにして地面に座り込んでいる誰か。

 年は比較的近い――たぶんこの国の男の子。彼が座る地面には大きな水たまりがあって、それは鏡のごとく晴れた空の景色を映し出している。

 しかしはっきりと覚えているのはそこまでだった。

 この後自分は彼に近づいていったと思うのだが、なぜか彼の容姿も背格好も、髪の色すらも覚えていない。ここより先の情景を思い浮かべようとすると、まるでブロックノイズが入るかのように記憶が途切れる。その後保護され、無事父親と合流できたことは覚えているのだが。


 ――わたしがおおきくなったら、なおしてあげるね。


 彼に向かってそんなことを言ったような気はする。六歳程度の幼い少女が、言語圏の違う人間と会話できるというのも変な話だが。

 だからこそ、自分はその記憶を混乱のさなかの夢のようなものだと思っていた。

 意味のあるものだと思ってはいなかった。

 胸の奥で少し引っかかる程度の――そんな記憶ものだとばかり、思っていた。

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