第116話

「おう、義雄。何してる?」


僕らが昼食から研究室に帰って来たら、義雄が机の上に書類をばらまいている。


「2’GTの遺伝子が取れたよ。2種類」


「やったじゃん!」


僕は義雄に親指を立てる。


「ああ、苦労したけど。みどりちゃんのおかげ」


「やっと取れたよ」


「簡単に説明するよ」


「黄色花をつけるカーネーションA67、そしてオレンジ花をつけるカーネーション”8358-01”の花蕾中の花弁より全RNAを抽出した」


「その後、mRNAを調製し、cDNAを合成した2'GT遺伝子の候補となるcDNAを、縮重プライマーによる PCRスクリーニングによって単離した」


「得られたPCR産物をベクターに導入した後、シークエンス解析を行なった。その結果、遺伝子の相同性からGTをコードすると思われるcDNAを26種類単離した」


「次いで、この全長を5’および3’RACEによって単離した」


「これらをベクターにクローニングした後、大腸菌に導入し、培養した後、ホモジナイザーで破砕した。これを遠心し、上澄み液を酵素液として活性の測定に用いた」


「その際反応基質としてはアントシアニンの生合成経路の中間代謝産物などを用いた。この酵素液について、TLC分析、HPLCおよび14CUDP-グルコースを用いた液体シンチレーターによる分析を行った」


「その結果、カルコノナリンゲニンを基質とし、Ch 2'Gを生成する2'GT は2種類存在することがわかったんだ」


「単離したDcGT2(D)およびDcGT3(H)は、カルコンからCh 2’Gへの変換反応を触媒することが確かめられた」



「すごいじゃない!」


恵ちゃんが喜ぶ。


「ああ」


「今回提出した論文には間に合わなかったけど、これも早めに論文を書いて7月末締め切りの学会資料には組み込むことができると思う」


「教授や有田先生には報告した?」


「いや、まだこれから」


「今、資料を整頓してる」


「義雄。Tシャツの胸にある<シナリオ通り>だな」


「うん」


「みどりちゃんとはうまくやってるか?」


「ああ。今日も二人で食事した」


「やるじゃん! 義雄」


「なんだか、みどりちゃんがいると、いいことだらけなんだ」


「みどりちゃんも、僕のこと嫌がらないし」


義雄が少し自信ありげな顔をする。


これは、大丈夫。脈ありだ。


「どう、お祝いに今日軽く飲み屋でも」


「そうだね、飲み屋とはいかなくても、喫茶ジャルダンでビール会でもしようか」


恵ちゃんがスマホをいじる。


「OK。家は大丈夫。私も飲み会に参加する!」


「大樹。歩ちゃんは?」


「ちょと待って……」


歩ちゃんとLINEのやりとり。


義雄もみどりちゃんに。


「歩ちゃんは7時くらいなら合流できるって」


「みどりちゃんはいつでもOK」


「決まりだね」


僕は一応、いつも空いてはいるが、ジャルダンに予約を入れておく。


1組だけ、宴会の予定があるらしい。


思いったったらすぐ実行。


「三つのオレンジ色のカップルだね」


「楽しく飲もう」


「おいおい、まだ俺は歩ちゃんに指一本触れてないよ」


「俺もみどりちゃんの、心の内はまだ知らない」


「ずるいぞ、正だけ。恵ちゃんと……、心底いい仲なんだろ」


「正くん。私に夢中なの」


おいおい。その時、素敵に乱れるのはどっちだ?


僕は、口にはもちろん出さず、視線を恵ちゃんに送る。



「皆んな、どうかしたの?」


廊下を歩いていて、ワイワイ騒いでいる僕たちの声を聞きつけたらしい。


有田先生が、いつもの人差し指でこめかみをいじりながらやってくる。


「先生! 2’GT、二つ取れました」


「そう。それは良かった。またすぐに論文だね」


「教授は知ってる?」


「いいえ。まだ連絡してません」


「きっと喜ぶよ。皆んな、すごいね」



「皆んな、すごいね!」


「えっ! なぜこずえちゃん、ここに居るの?」


「昼食後の散歩で、農学部の農場を散歩させていただきました」


「ラン温室にも失礼させていただいて」


「おいおい、温室は部外者立ち入り禁止だよ」


「そうだったんですか……」


「まあ、良しとしましょう」


「本当の目的は何?」


「遊び呆けて、あたふたしてる正先輩にエールを送りに来ました」


こずえちゃんは、半袖のカーディガンのボタンを外し、貧乳と文字が書かれたTシャツを見せる。


「あのさ、それでさ、オケの部室に絶対行かないでね」


「あら? もう行って来ました」


「SM、そしてエロサイズもありますというと、そこにいた、トロンボーン、トランペットの先輩が練習できない状況に陥りました」


「だからさあ……、言ったこっちゃない」


「楽器、吹けなくなるんだよ。こずえちゃん。それ見て聞いて」


「息を使う楽器は」


プッと笑い出したが最後、なかなか平常心に戻れない。


「確かに。皆、私の新入り挨拶の時の、横綱の四股入り自己紹介の時に近い感触がありました」


「まあ、それはいいとして、これからどうするの?」


「4コマ目が必須科目ですから、戻ってお勉強です」


良かった。こずえちゃん、顔を出しただけ。


「正先輩。今日はオケの血液型別コンパがあるのですが参加します?」


「いや。今日はパス。四六時中やっているじゃない」


「僕はO型、こずえちゃんはB型だから店も違うし」


「あら、私の遺伝子型はBOです。すなわち、どちらでも良いという解釈ができます」


「でも、それをB型というんだよ」


「あと、僕ら、今日ビール会」


「あらら、それは困りました……」


「どこですか?」


「ジャルダン」


「な〜んだ。B型コンパの会場です」

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