第111話

「あれ? 今市インターで降りないと、江戸村やワールドスクエアに行けないんだと思うよ」


車は日光宇都宮道路をそのまま東北道方面へと向かう。


隆はニヤリと微笑む。



「大学に帰るんです」


こずえちゃんが微笑む。


「えっ?」


「お土産に、湯葉カツ、ニラ団子、杏仁豆腐も買ってきました」


「論文打ち合わせの時、皆んなで分けて食べてください」


紀香ちゃんも夕子ちゃんも、皆んな笑顔だ。


「ありがとう!」


「多分、6時前には余裕で帰れるよ。もしかして5時頃に着くかも」


隆が言う。


「皆んな、本当にこのまま帰っちゃっていいの?」


「正先輩の大事な大事な論文をおろそかにしてはいけません」


こずえちゃんが真剣な顔をする。


「断腸の思いですが、来週出直して来るので大丈夫です」


「あた〜っ。それがあったか」


「はい。あります」


「今夜の正先輩は恵先輩のものですが、来週は分かりません」


「Que será, será. Whatever will be, will be. The future's not ours to see」


「ケ・セラ・セラ。明日のことなど分からない、です」



「さて、大学まで一走り、BGM何にしましょう?」


「いや、その前に、伊豆での正先輩たちの余興を見ましょう。DVDに焼いてあります」


「隆先輩は運転に集中ですよ。モニターは見ちゃダメです」


「はいはい」


こずえちゃんが仕切る。


「では、正先輩、入れてください」


知床旅情。


紀香ちゃんと夕子ちゃんはDVDを入れる前に思い出し笑い。


さて、かける。


実際演技している自分たちは、それほど受けるものとは思わないのだが、他人に受ける。


再度、紀香ちゃんと夕子ちゃんに大受けしている。


こずえちゃんにも受けている。


「大樹先輩が面白い人で、バックで踊っている正先輩たちが真面目な性格の人だから、そのバランス加減がいいんですよ」


紀香ちゃんが微笑みながら話す。


「とにかく受けますね。何度見ても」


「アブラハムには7人の子。これも思い思い適当な動きで大笑いさせます」


「これね。真面目にやるときついんだよ。結構」


「人間、たぬきになれば何でもできる、ですか?」


「別に、死ぬ気になって踊ったんじゃないけど」



僕は、この余興の後の恵ちゃんとの夜の海を思い出す。


「ずっとこのままでいたいね。永遠? だっけ?」


「うん。太陽と共に去って行った海」


僕はあの時、無言で背後から恵ちゃんのブラジャーの下の乳房を優しく手で包んだ。


恵ちゃんは、僕のジーパンを撫で上げてくれた。


僕は顔を恵ちゃんの濡れた髪に埋めた。


香水とシャンプーの入り混じった空気だけの呼吸。


沈黙の時。


そして、耐えられない……。


僕はジーンズのチャックを開けた。


恵ちゃんは、手で愛撫してくれた。


さざなみの音が、遠のいて聞こえる……。


「恵ちゃん。いいかな?」


僕は耳元で囁いた。


「何?」


「うん……、あの、出したくて……」



「正先輩。何ぼ〜っとしてるんですか」


「BGM何にしましょう?」


「永遠、と言う言葉がある曲がいいな」


「永遠……、意外にクラシック音楽の中ではその表題、すぐに思い浮かびませんね」


「あって良さげなのに……」


こずえちゃんは眉をしかめる。


「マーラーの大地の歌。第6楽章の告別の最後は、永遠に、永遠に、を繰り返すよ」


「それにしましょう!」


「大地の歌の歌詞は李白らによる唐詩に基づいているんだ」


「この曲から聴き取れる東洋的な無常観、厭世観、別離の気分が何とも言えない」


隆が簡単に曲の解説をする。


「じゃあ、入れるね。大地の歌」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る