第101話
「ねえねえ、イワガラミって、岩に絡むんですか?」
「そうです。名前のとおり、幹や枝から気根を出して高木や岩崖に付着し、絡みながら這い登ります。高さは10~15mくらいになります」
「へえ〜」
「さて、細かく説明すると、ここだけで時間が済んでしまうので、先に進みましょう」
「気になった花や植物があれば、園内散歩中いつでも聞いてくださ〜い」
「僕は独り言のように、淡々と咲いている花を説明していきます」
「サルナシがあります。上の方の緑っぽい花です。マタタビ科。キューイフルーツの仲間です」
「この花はシラン、紫蘭、紫の蘭と書きます。もちろんラン科。地生蘭」
「オレンジ色、ニッコウキスゲがあります。ススノキ科、昔はユリ科だったんです」
「日光の名前がついているけど、全国どこにでもあるんですよ」
たくさんの花が咲いている。説明をかち割りながら進んでいく。
「シライトソウ。シュロソウ科。ムーミンに出て来るニョロニョロみたいでしょ」
「似てる! 似てる!」
「わ~。このフキの根から出ている太くてケバケバしい花? これなんですか?」
「グンネラと言います。和名は容姿の通りオニブキ。グンネラ科。花が太くてブラシみたいでしょ」
「上を見上げてください。ヤマボウシ、ミズキ科。ハンカチのような白が素敵でしょ」
「どうしてヤマボウシと言うんですか?」
「白い花びらに見えるのは総苞片(そうほうへん)と言います。坊主頭と頭巾に見立てて山法師と名付けられました」
菅くんが白いハンカチをスキンヘッドに乗せて真似る。皆んなで大笑い。
「これで皆さん、ヤマボウシは2度と忘れない木になりましたね」
ガイドさんも微笑む。
「これ可愛いでしょ。二つ花茎が伸びています。フタリシズカと言います、センリョウ科。同じセンリョウ科には、ひとつの花茎しかないヒトリシズカもあります」
「佐藤さんには彼女がいて、フタリシズカでいいですね〜。私はヒトリシズカです」
ガイドさんが言うと、
「俺でフタリシズカにしてあげる! 俺も!」
何人かの男衆がガイドさんに絡む。
「さて、これでこの花も忘れませんね」
また、ガイドさんが微笑む。
僕らはロックガーデンのところで足を止める。
「わあ。小さくて可愛い花たち」
女の子が優しい目で山野草を見つめる。
「看板に花の名前が大体ついていますから見てください」
皆んな、ガヤガヤ可憐な野草を眺める。
「ロックガーデン、面白いね」
どこからともなくそんな声。
「さあ、前に進みましょう。まだ植物園の入り口付近なんです」
「さてギンバイソウ、ナス科、サトイモ科のオオハンゲがあります」
「可愛い! 佐藤さん、これなんですか?」
「ミズチドリと言いますラン科の清楚な白い花です」
「佐藤さん、すごいですね。なんでそんなに目に映るもの皆んなスラスラ名前が出て来るんですか?」
ガイドさんが僕に問いかける。
「ガイドさんみたいな綺麗なものを覚えるのに苦労しますか?」
皆が、僕にひゅう〜ひゅう〜言う。
「さて、実験室前の庭です」
「皆さんの目に飛び込んでくる庭一面の花はトキワナズナです。まるで妖精の絨毯です」
「ナズナ? ぺんぺん草と同じ仲間ですか?」
誰かが質問してくる。
「いいえ、違います。ナズナという名がつきますがアブラナ科ではなく、アカネ科の常緑多年草です」
「花言葉は甘い思い出です。小さな花のじゅうたんを見ていると、淡い恋の思い出や郷愁が感じられることからきているのでしょうか」
男連中は、ガイドさんと並んだり、中には肩を組んだりして写真を撮る。
「佐藤さんのいう通り、恋の甘い思い出になったでしょうか? 私、常盤貴子に似ていると言われたことがあるんです。トキワナズナ、思い出してくださいね」
「思い出す! 思い出す!」
男子が大声をあげて喜ぶ。何人かはもうその写真をLINEで送ったりしている。
「さて、時間もあまり無いので、ここから芭蕉池まで、一気に歩きましょう」
「そうしましょう」
僕が音頭をとり、ガイドさん、皆んなが続く。
「芭蕉池に着きました」
「あれ、芭蕉池なのに水芭蕉がないんですか〜」
「水芭蕉は4月頃の開花です。今はそこら中に見られる、大きな葉になりました」
「これはイブキトラノオ、タデ科です。オオマルバノホロシ。ナス科」
「ドクゼリ、セリ科。恐ろしげな名前と違い白く愛らしいセリの花です」
「紫色の菖蒲。ノハナショウブです。アヤメ科」
「ホザキシモツケ、バラ科。日本では、北海道と日光と長野の一部にしかありません」
「でも、地球の北半球にはたくさん分布している、不思議な花です」
「そして皆さんご存知のワスレナグサ、可愛い青。ムラサキ科の花です」
「実はこれは、増えて増えてどうしようもなります」
「素敵な花言葉、Forget me not。私を忘れないでと違い、忘れるどころか、どんどん増えていきます」
「私の思い出も、忘れずにどんどん皆様の中で増やしていってくださいね」
また、男衆が、
「忘れない! 忘れない!」
手拍子とともに声を張り上げる。
「さて、そろそろ帰路に向かいましょう」
「佐藤さんのおかげで、楽しい植物園の散策になりました」
「皆さん、はい。佐藤さんに拍手〜」
皆、やまびこになるほどの大きな拍手を僕にくれる。
「佐藤くん、ありがとうございました。なんでも知っていますね。脱帽です」
人事部の近藤さんも満面の笑みをくれた。
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