第93話

日光植物園内。大谷川の河岸。


「ねえ、川の向かいにお地蔵さんがたくさんあるよ」


義雄が言う。


「ああ、あれは並び地蔵。通称、化け地蔵。行きと帰りの数が会わないと言うことで有名」


「さて、昼食にしましょう!」


みんなでレジャーシートを広げる。


人通りも少ない園内。



みどりちゃんが一口おにぎりと卵焼きを作ってきてくれた。そして、野菜サラダ。


おにぎりは、みぶ菜漬け、サケフレーク、ちりめん山椒。


鮭フレークは海苔で巻いてあり、ちりめん山椒は大葉で巻いてある。


卵焼きは、2回目の伊豆に行く時にみどりちゃんが作ってくれた逸品。三温糖と白砂糖の配分と牛乳を加えるのがミソらしい。


前回は写真を送ると義雄が悔しそうだったが、やっとみどりちゃんの味にありつける。


しかし、7人分の卵焼きは大変だったろう。



歩ちゃんはも、一口サイズに近いおにぎらず。


具は、カーマンベールチーズとニンジン。キムチとニラの卵閉じ、そしてカリカリ梅と焼肉。


おかずに、鶏の醤油風唐揚げとつくね串。


つくね串はチーズ味、あと、梅肉と大葉刻みを乗せて食べるスタイル。



恵ちゃんは、大きなミートローフ二本。ゆで卵もたっぷり入っている。自称、秘伝の自家製ミートローフのタレも準備。



「いただきま〜す」


皆んなで声を揃えて食事が始まる。


「まいう〜!」


食いしん坊の大樹が、歩ちゃんのおにぎらずと、恵ちゃんのミートローフと食べて、大きな第一声。


「すごい! 美味しいね」


僕も、みどりちゃんのちりめん山椒おにぎりと、ミートローフを食べてのっけから幸せな気分。


「しかし、女の子たち、すごいね!」


「世の中では、卵焼き一つできない女性もいるとかいうけど、皆んなはいつお嫁に行ってもおかしくない。すごい料理のレベルだよ」


「八ヶ岳の山で食べた昼ごはんも最高だったけど、今回もすごいね。美味しいよ」


「明石先輩に褒められると、なんだかすごく嬉しいです」


女の子たちはニッコニコ。


「この卵焼き。毎日食べたい」


恵ちゃんの卵焼きを頬張り、義雄が呟く。


「毎日食べられるようにすればどう?」


恵ちゃんが義雄をおちょくる。


みどりちゃんは微笑む。


「鶏の唐揚げ、梅肉のつくね串も最高だね。その辺のお店の味を遥かに凌ぐよ」


山男の明石先輩は、体も大きいが、食べる量も半端じゃない。


「キムチとニラ卵、そしてカリカリ梅と焼肉のおにぎらず。どちらも美味」


僕が話すと、


「あら、ニラ好きの彼女さんにも食べさせたくて?」


「恵ちゃん。あれは饅頭。全然違うよ」


「正」


「大樹、何?」


「いや、美味しくて頰が落ちそうな料理の写真をこずえちゃんに知らせたら、私たちはニラ饅頭のある中華料理店でランチする、との返信だ」


「ちょっと待て! なぜ今LINE打つ? しかも、こずえちゃん?」


「いや、隆にもした」


「だって、悠久の大自然の中、こんなに豪勢なご馳走。誰かにすぐに話したくなるじゃないか」


「そう……、よく考えたら、僕、明日も明後日も日光なんだ……」


「いいじゃない。幸せよ。大自然と世界に誇る史跡、三日間。ノルマの論文も終わったし」


「私も毎日来たいくらい」


恵ちゃんが微笑む。


「正、幸せ者だよ。皆んなに気に入られてさ」


「そういえば……、明日の懇親会の昼食も中華だって言ってたな」


「ニラ……、店が一緒……」


「まあ……、いいか」


「そうそう、食べよう食べよう」


「うん。とっても美味しいお昼ご飯。これは今日しか食べられない逸品だ」



みんなどんどん食が進む。


オオルリ、キセキレイ、ミソサザイ、ヤマガラ。野鳥の声が優しい。



明石先輩が僕にアドバイス。


「正くんの植物の説明だけど、素人にはもう少し違う心持ちで、簡素な言葉でね」


「しっかりと自然のハーモニーを奏で植物が息づいていて、精一杯それぞれの花を咲かせている」


「そこに僕らの心を動かす神秘があることが皆に伝わればいいんじゃないかな」



「その心を持って名前を添えてあげる。できれば名前の由来に重きを置いて」


「科名や属名は必要最小限にする。そんな説明がいいんじゃないかな?」


「ありがとうございます。そうします」



「皆んな、お腹いっぱいになったね」


「うん。最高の気分」


「さて、これからいろは坂、華厳の滝に向かいますか」


「正くん、教授の言う通り、滝に3回落ちなきゃね」


恵ちゃんがフフフと笑う。


「もう、教授との約束は果たして来たから大丈夫よ」


「あら、論文はOKでも、三日連続行くことは気に入っていないみたいよ」


「豆腐の角に、頭ぶつけろ、とブツブツ呟いてたし」


「多分、正しくんのことよ。それ」


「いいなあ、正」


「ある意味、教授に気に入られているんだよ」


「正がいないと寂しいんだよ、教授」


大樹と義雄が羨ましそうに僕を見る。


「お前たちがいない方が寂しいハズ」


恵ちゃんと歩ちゃんが微笑む。



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