第24話

「そうだ」


義雄が思い出したかのように話し出す。


「そういえば、5月の中旬、一年生の果樹園芸学実習のサポート、ボランティアがあるね」


「ああ、学部の掲示板で募集してたね。僕も見たよ。四年生は任意だね」


50人の農学部一年生の必修科目。実態は伊豆の果樹園の作業の小間使い。



「一年次を思い出すね。皆と伊豆で過ごす1週間。楽しかったよね」


「料理も自分たちで材料から買い揃えて、班ごとに順番に調理して暮らす」


「日中は作業で縛られるけど、夕方から夜にかけてカラオケ、そして海」


「最高だったよね、恵ちゃん」



「うん。楽しかった」


恵ちゃんは三毛にゃんを優しく撫でながら遠くを見つめる。


「みんなで一気に友達の輪ができちゃって」


「でも、男の子の何人かは、日々夜の海にナンパしに行ってたじゃない」


「あれ、女の子の目線、冷ややかだったのよ」



大樹が言う、


「仕方ないよ。伊豆。あの開放感、夜の海。自然と体が動くんだ」


「ナンパへ?」


「いや、それは違う」


「何が違うの?」


「あの……、カメが産卵する習性のように……」


「それ全然、説明になっていない」



「どうする? サポートは一泊二日。まあ、建前は酒なしの懇親会みたいなものだけど。一年生は基本、飲んではいけないから」


僕は皆に問いかける。



「私、行こうかしら?」


「あら、箱入りさん。珍しい」


大樹がおちょくる。



「ナンパされに行くのよ」



「はいはい」


「カーネーションの花摘みに忙しい時期だから止めとこう」


大樹が恵ちゃんの話を遮る。



僕が言う。


「それ、大樹の役割分担だろ」



「私本当に行くかも」


「綺麗な海が見たいの」


恵ちゃんは本気の目をしている。僕も恵ちゃんの言葉に乗る。



「僕も行こうかな?」


「あれっ、正も」



「俺も」


義雄も手を上げる。



「居残りは大樹だね」


「おじさんのところでのカーネーションのサンプル採取、お願いね」



「ちょっと待った、待った」


「……、俺も行く……」



「なーんだ。園芸学研究室、結局全員で行くんじゃない」


「ねえ、三毛にゃん」


恵ちゃんは、あくびをしている三毛にゃんに呟く。



ーーーーーー



「恵ちゃん。今日僕、4時から7時までオーケストラの練習があるから、液クロのデータをまとめておいて」


「タイプ別に、そして量的差異もチェックしておいて」


「わかった。任せて」


「色素研究会のプレゼン資料を作るような感じでね」


「うん」


「正くんも練習頑張ってきてね」


「ありがとう」



マーラー交響曲第1番「巨人」。


25歳の時にマーラーはオペラ歌手のヨハンナ・リヒターに恋をする。金髪美女である彼女に猛アプローチをするもその恋は実らず。


そんな失恋の気持ちを曲の旋律に込めた交響曲がマーラーの「交響曲第1番」。


「巨人」という標題で知られているが、これはジャン・パウルの長編小説から取られている。交響曲の完成後、この標題はマーラー自身によって破棄されているが、親しみやすく、副題として呼ばれ、演奏されることが多い。



僕は恵ちゃんへの恋のために、実は演奏会に出ることにした。


このこと、恵ちゃんにも誰にも秘密だけれど……。

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