竜の繭

 土地のガイドの話だと、この山脈に広がる森林の中に竜の繭があるという。


「とても大きな繭なので、“竜の繭”と呼ばれています」


 道すがらのガイドの説明に、私は疑問を訊ねる。


「大きいから竜と呼ばれているなら、中身は竜ではないのかね?」


「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。最も古い文献記録では二千年前から繭としてそこにあったそうです。繭の繊維を調べた学術調査では推定一万年~五万年前のものであるとされています」


 つまり、わからないということである。ともかく百聞は一見に如かずである。私達は木々に埋もれた道とも言えない森の小道を掻き分けて、繭の元へと向かった。


「着きました」


 森の奥、切り立った山崖の根っこに当たる場所にそれはあった。


「確かに大きな繭だ」


 高さは人の背丈で十人から十五人程度、周囲は人が手をつないで百人囲んでも足りないぐらいの大きさはあるだろう、白い繊維質のものに覆われた物体がそこにはあった。なるほど、“竜の繭”と呼ばれるのもうなずける巨大な繭である。

 しばし、しげしげと繭を観察する。


「これが孵化をしたらなにが出てくるのか」


 私の呟きにガイドが答える。


「様々な想像図が描かれてきましたが、やはり鱗に覆われ角や翼が生えた竜の姿のものが最も多いようです」


 そのイメージは確かにしっくりくるが、少し物足りない感じもする。自分だったらなにをイメージするか。その材料が欲しくなり繭に触りたくなった。一応ガイドに確認する。


「触ってもよいのかね?」


「特に保護や保存の法令がある訳ではないので」


 大丈夫らしいので繭に触れてみる。思った以上にふわりとやわらかく、そしてあたたかい。生き物の温もりがそこにはあった。ウサギでも撫でているような感触である。すると繭全体がひとつの生き物のように思えてきた。


「なにか優しい感じがする。竜のような強く恐ろしい印象は湧かないな。私だったらもっとあたたかみのある動物、たとえば白くてふさふさしたウサギのような生き物をイメージするな。竜以外の想像図はないのかね?」


 そう訊かれたガイドは「ああ」となにかを思い出したように少し空を見上げてから答えた。


「白くてふさふさといえば、面白い想像図がありました。これは繭ではなくヒゲの塊で、この中心には自分のヒゲに包まれて眠る古の賢者がいるというものです」


「ヒゲ」


 そう言われてあらためて繭を見る。すると不思議なことに、この繭がヒゲの塊のように見えてきた。


「ヒゲか」


 もう一度触る。繭の繊維を手で梳くと、そのやわらかい感触がよくトリートメントされたヒゲに思えてきた。


「ヒゲか……」


 そのイメージは森から戻り宿のベッドで就寝する時まで残り、諦めた私は目を瞑って繭のようなヒゲの中で眠る古の賢者に想いを馳せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る