お宮の龍がご子息つれて、夢にぬくもるときのこと
浅い林はすぐに終わって、やせた
ナーシアの頭には、ちょうど前の年、
(それから、ちょうど今ごろだ。このような夜に、みんなと眠ったんだ。
年にいちどの
仲間の手でうち鳴る
どこの家でもあけ
(けれども、きょうはそうでなかった。ぼくはひとり、はずれを歩いた。)
ナーシアは、とうとう蓮池へと走り出ました。近くなった民家のかげに、ひとつふたつ明かりが
それに背をむけて、ナーシアは池のおもてをだまって見つめました。風が寒さを手ばなさず、月あかりが
いつか、蓮の花がくずれて小舟になったとき、ナーシアはここで仲間たちと遊んだのでした。いちばん
(それでも、だれにも、ぼくが見えなかった。ラィ兄さんにさえも。)
兄さんはナーシアよりもうんと年が上で、おさない仲間の
兄さんのほうもナーシアに目をかけて、いく度も名前を呼びました。遊びつかれて動けなくなると、おぶってくれることもありました。
(それなのに忘れてしまった、兄さんは、)
いつしか、残っていた家の
と、ひととき、かすかに、たしかに水がさわぎました。ナーシアがふたたび、かけ出したのです。すばやく、つよく、地を
ちいさなナーシアにはわかっていました。はじめから、そういう約束だったのです。ナーシアには人間の父母がいません。ほんとうの父さまと母さまは、
(ぼくは
かたく息をとめて、ナーシアは深い
踏みかためられた道はしだいに細く枝わかれしていきます。そのうちの、山へとつづく上がりの坂を、ナーシアは迷わずにすすみました。しげる木々はすこし
そうして、そんな場所でいちだんと匂う
月のあかりは木々のあいまから
このうえに、
(父さま、母さま、)
ナーシアの
(父さま、母さま、ナーシアが戻りました。けれども、ぼくはどうしたらよいのでしょう。)
いま踏む石段は、仲間とのぼったことがありました。
すがすがしい空気に仲間の笑いがひびくのがナーシアは好きでした。それでも、思い出すことがこんなにさみしく、切ないことならば、自分も忘れてしまったらいいのだ、とも思いました。
そのとき、石段のうえから、つたいおりてくるものがありました。それは、声のような見えない波でした。
――ナーシアよ、よく戻った。
それが父さまのものだとわかると、ナーシアの目に涙が盛りあがりました。
七年まえ、村の守り神である父さまと母さまは、ちいさなわが子の願いを聞き、ひととして暮らせるようにしてやったのでした。七年など、龍にとっては、あるかなしかの短いものです。けれどもナーシアにとっては、もう、そうではなくなりました。
(ぼくは、ひととして生きた七年のあいだに、こんな思いをしたことはありません。ぼくは、どうしてか、七年の約束をすっかり忘れてしまっていたのです。七年は永遠に七年のままのように思っていたのです。)
――よいのだ。それでよい。
ナーシアが駆けのぼるたびに、その目から涙の粒が散りました。父さまはまた言いました。
――おまえが泣くのは、おまえが、ひとを愛したからだ。ひとの営みを。
(けれども、父さま、ぼくはどうしたらよいのでしょう、)
――その愛をもって村を守るがよい。おまえのそのさみしさ、愛おしさはやがて、まどかな、なめらかな
ナーシアの二本の足が
――さあ、やすむがよい。夜が明ければ、おまえの友が石段をあがってくる。花冠と甘い
(それは、ほんとうですか。ほんとうのことですか。)
――ほんとうだとも。たとえ見えなくなろうとも、七度の年を忘れようとも、友はもう、おまえのことをわかっているのだから。
切りだされたばかりの愛は、まだ、するどく痛く、おさない胸を刺しました。それでもナーシアは、この夜に村から立ちのぼる、ひとの夢の数々が、ながく安らかであることを、こころから願いました。
そうして、龍の子はいちど身をひるがえしたかと思うと、白いひかりをわずかに残して、祠のむこうの、かれらのお宮へと
(やすらぎが、とわにありますように。おしまい。)
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