明日地球が滅亡します、最後の1日何して過ごします? 世紀末だヒャッハーしてすごしますか?

葵依幸

第1話 終焉の日

【1】


 嗚呼、こうやって歴史の終わりは訪れるんだと僕は漠然と思っていた。


 見上げた空には赤い月。


 昼間だというのにくっきりと浮かんだそれは地球と付かず離れずの距離をとっていたあの月ではなく、長きに渡る漂流生活に終わりを告げようとしている彗星らしい。

 なん億分の一、宝くじを当てての億万長者生活を何度か繰り返すよりも遥かに稀有な経験を僕たち地球号に乗る人類は獲得しようとしていた。


 最初はささやかな噂レベルだった。


 何処かのインターネット掲示板に「惑星が追突するかもしれない!」なんて書き込みがあって、「自転車のチューブ買い占めるわ笑」みたいな、まぁ、いつも通り「終末」に胸膨らませつつも、そんな現実はやってこないと誰もが思っていた。


 真実味がましたのはやけにテレビで宇宙戦争だの氷河期到来物だの、地球が滅亡へと向かう系の映画を流すようになってからで、その後に及んでも多くの人はなんら関心を寄せていなかったし、遂にテレビ局が迷走を極めたと笑っていられた。


 フィクションが現実となったのはそんな話もあったよなと忘れ去られようとしていた頃だ。

 突然内閣府からのお知らせという名目でテレビ放送が始まり、この日に限っては全局、どのチャンネルを回しても同じ映像だった。

 一局だけ総理大臣をワイプで映しながら料理番組を流していたけど、やがてそんな事をきにする余裕もなくなった。



 明日、地球は滅びます。



 簡潔に述べられたメッセージに続いて記者たちの質問は淡々としたものだった。

 もしかするとパニックを避けるためにあの会場にいた人たちには根回しが済んでいたのかもしれない。

 事実確認、万が一ということもあるのでそのつもりで今日を過ごした方が良いということでしょうか。

 抑揚もなく、ただ台本通りに投げかけられる言葉に総理は簡潔に述べた。

「万が一、外れるということはありません」

 米軍も、ロシアも中国も、この地上全ての軍師力を持つ国が対処にあたり、その軌道を逸らすことに失敗したという。

 長きに渡る計画に失敗し、もはや神に祈るしか手立ては残されていない。

 一国の代表が疲れ切った顔でそれを告げ、間も無くしてネット上に全世界中の代表が同じ内容を告げている映像が上げられた。

 言葉は違えど意味は同じ。


 明日、地球は終わります。


 その簡潔なメッセージを如何にどう取り扱うかという違いだけで混乱は避けられそうもなかった。

 略奪に走る者、女を襲う者、私利私欲に走る奴らがあちこちで吹き出し、しかし事前に通達されていなかったであろう警察がそれを取り押さえる。そんな光景が暫くの間見受けられた。


 そして日が傾き、夜になると人々は自ずと気付き始める。

 もしかして本当に世界が終わるのではないか、と。


 それまでの惰性で過ごしていた日常が終わり、明日目が覚めれば残すところ数時間で地球に彗星が激突する。外れるということは万が一もない。

 だとすれば、残された時間で一体何をすべきなのか。


 危機に直面し、思ったことは人それぞれだったらしい。

 明日も仕事だと布団に潜る人、きっと何かの冗談だとネットで情報を漁る人、どうせ明日にはみんな死ぬんだと散々SNSで煽り、自分は部屋から動かない人、それに煽られてヒャッハーする人。

 いつもよりも少し騒がしい夜に怯えて、しかし巻き込まれたり当事者となった人以外は普段通りの夜を過ごして迎えた朝。

 テレビにはまだ青白い空に浮かぶ小さな点が映し出され、外に出れみればそれは肉眼でもはっきりと見ることができた。



 今日、世界が滅亡するんだ。



 ただ漠然とその事実を認識し、僕はパーカーを羽織るとサンダルで外に駆け出した。

 行くあてもなく、何かしようと思ったわけでもない。

 ただあのまま部屋にいるのはなんだか違う気がして、何かしなきゃいけない気がして。

 近所の河川敷にやってくると先客は他にも何人かいて、空に浮かぶ彗星をスマフォで撮ってるのを見て携帯を忘れてきたってことに気付いた。

 けど多分地球上、今この地点から反対側に暮らしている人以外にはきっとあの空の彗星は見えていて。ネットにあげた写真なんてなんの意味もなさないんじゃないかって呆然とそれを見上げていた。


 あれがもうすぐ地球に落ちてくる。

 ドクドクと心臓が血液を押し流すのを感じる。今までになく緊張し、興奮しているのが分かる。


 終わるってなんだ、滅亡ってマジかよ。


 冷静なんだか焦ってんだかわかんないレベルで顔がニヤけ、終わるなら終わるでそれでもいいと何処かで望んだ。


 ……どれぐらいそうしていただろう。

 徐々に近づいてはいるんだろうがこれといって変化を見せない彗星に飽きた人々は帰り始め、やってくる人よりも帰っていく人の方が多くなりだした頃、僕は家路に着いた。


 何をするにもとりあえず腹が減った。

 死ぬにしても死ぬまで空腹というのも流石に辛い。

 家に帰ってパンをかじろう。

 冷蔵庫に何か残ってるといいけど両親は仕事に行ったのかな。

 家を出るときに姿が見えなかった。こんなときにでもなんの疑問も抱かずに仕事に行けるだなんて社会人の鏡だ。

 洗面所で顔を洗い、鏡に映った僕の目は死んでいた。

 死んでいるくせに口元はニヤけて実に嬉しそうだった。

 ようやく解放される、ようやく終わる。

 このクソみたいな生活から逃げ出せる。

 地球が終わるまであと半日、何をして過ごそうかとワクワクしていた。


「うへ……ウヘヘ、ははッ……、」


 洗面台に手をついて笑うとなんだか楽しくなってそのまま一人盛大に高笑いする。


 終わる、終わるんだ、世界が、本当に、終わるんだ!


 ザマぁ見ろと叫ぶ、どうだこの野郎やってやったぞと罵り叫ぶ。

 次々浮かんでくる憎たらしい顔を引き裂きながらもう一度顔を水で洗い、再び鏡で自分を見る。

 やはり酷い顔をしていた。



 だけど悪くない、悪くないぞ。



「はははッ」



 そうして地球は滅亡する。

 ただし僕が思い描いた形とは少し違った形で。

 ゆったりと、真綿で首を絞めるが如く。

 徐々に滅亡への一途を辿っていくことになった。



 あの彗星の破壊によって。

 世界は、終末へと陥れられた。

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