第2話 ハゲ雀vsカメレオン蛇
ハムスターが絶望の思いにうちひしがれている間にも、グングンとハゲ雀の巣が近づいてきた。傾いたビル――という建物を昔の人間が作ったことは、動物たちもまだ知識として知っていた。なんでも、人間たちが密集して暮らす“巣”のような建物らしい。倒れかけたビルに絡まる巨木の根、鉄骨の間からのぞく枝や葉の群れ――ハゲ雀はようやく我が家に帰ってきたことに安堵した。
「ただいまやで~~」
いつもの場所に降り立つ。何かがおかしい――そう思った。いつもの家族の出迎えがない。いや、それどころか、群れの仲間たちのさえずりすら聞こえない……
「今日はおいしいネズミを持ってきたで~~!」
「ちっ! ネズミじゃないっち!」
アホなネズミから以外、返事がない……
「ネズミみたいな下等生物と一緒にしないでほしいっち! ぼくたちはネズミからさらに進化して、人間に飼われていたんだっち!」
「もう分かったから黙れや」
「黙らないっち!」
問答無用でカギ爪に力をこめる。
「ちっ!」
ザァァァァァァアアアア………
風が木々とコンクリートの間を通り抜けてゆく。
風が運んできた匂いは、ハムスターの鼻腔を刺激した。
「早く逃げるっち!」
ハゲ雀にも、このときにはもう状況を察していた。すぐさま飛び立ったが、もう0.1秒遅ければそいつの餌食になっていただろう。ただ、そうなれば家族と一緒になれたのではあるが……
「お前は……」ハゲ雀は思わず絶句した。
「アラアラ、かわいいデザートがやってきたと思っていたのに……逃げられちゃうなんてね」
クネクネと長い胴体で木の枝を締め付けているそいつは、カメレオン蛇の雌だった。
「お前、ここにおった奴らをどないしたんや?!」
言わなくても分かっていたが、言わざるを得なかった。ちなみにここの会話も全てA語である。念のため。
「ふふふふ……」カメレオン蛇が体をくねらせると、じょじょに体の色が変化していった。色がだんだん薄くなって、さらには透明にまでなっていった。そこには……
「嘘や……嘘やろ……」
消化しかかったハゲ雀たちが、カメレオン蛇の体の中へ納まっていた!
「うわああああああああああ!!!」
ハゲ雀は、思わずハムスターを掴んでいる爪を放した。
「ちっ!」
ハムスターは地面に転がったが、すぐに物陰へお尻を振りながら逃げ込んだ。
「お前! ぶっ殺してやるからな!」
ハゲ雀は正気を失っていた。これはシマウマがライオンに向かって突撃していくようなものだと思っていい。
ハゲ雀が突撃するよりも早く、カメレオン蛇は体の色を変化させて物陰へ逃げ込んだ。
ハムスターは正直焦った。ハムスターはもともとそんなに目がよくない。このままだと、上からハゲ雀、下からカメレオン蛇に狙われることになる。いくらハムスターが進化してマイクロ・ブラックホールの能力を身につけたとはいえ、ハムスター自体はアホなのだ。
ハムスターに餌をやった時、たまに人間があげた餌を下に落とす時がある。すぐそこにあるのに、なぜか全然その場所に気づかない。ハムスターは鼻がいいが、頭が悪いため、せっかくの感覚器も生かすことができず、無様に落ちた餌を探し続ける。そして結局見つからずに、人間に新しい餌を催促するのだ……
人間がいたときはそれでよかった。しかし、この厳しい自然界では誰も何も助けてくれない。餌になりたくなければ、知恵を振り絞って逃げるしかない……
狡猾な蛇は、すでに影の色と全く区別ができない。
「くそっ! どこいきおったんや?!」
蛇はゆっくり移動しながら色を変え、色を変えながら移動している。一度見失えば、視力のいいハゲ雀でも容易に見つけられるものではない。
バシッ!
尻尾がハゲ雀を叩いた。本当なら今の一撃で終わっていた。蛇が満腹で余裕があるから、遊んでいるに過ぎない。
「クソッ! 正々堂々戦えや!」
………
その沈黙には、嘲笑がたっぷりと含まれていた。声を出してヒントをあげるようなマネはしないということだ。
その間、ハムスターは頬袋からさっきのクッキー(というか乾パン)を取り出し、むしゃむしゃと齧っていた。ハムスターとしてはふざけているわけではない。体の小さい動物ほど、代謝が高く、短時間の間にエネルギーを補給しないといけない。一般的なネズミは、12時間何も食わないと餓死すると言われている(4部の承太郎談)。ハムスターは、食事中にさらわれ、長い間ハゲ雀に掴まれていた。まずは空腹を満たす必要があるというわけだった。
ハムスターも、腹が満たされることでようやく貧弱な思考回路に火がついた。マイクロ・ブラックホール(MB)にも火がついた。頬袋の中で振動するMBは、特定の周波数で空気を振動させる。ハムスターは実は人間には聞こえないような波長の音――超音波でも拾うことができる。口を開けると、MBから発生した超音波があたりを“照らし”出す。
「どこや! どこにおるんや! おい、お前! アホみたいな顔してんではよ探せや! お前も他人事ちゃうんやぞ!?」
ハムスターは、いつもの虚ろな目だけでなく、今では口を大きく開けている。そのため、他人から見ればひどくアホな表情に見えても仕方ないだろう。だが、これでもハムスターだって頑張って考えて、生き残ろうとしているのだ。
超音波をいろんな方向に向ける……しばらくして、何かおかしい場所があった。明らかに、超音波の反射と、見た目の光景が違う場所。蛇は満腹で腹が膨れていた。その分、自分の体をうまく隠せてなかった。
「そこだっち!」
ハムスターが指示を出す。しかし――
「そこってどこやねん!?」
「そこだっちーーーー!!」
ハムスターはもどかしさを感じていた。人間が餌を落としてうろたえているハムスターを見ているときの気持ちと同じだった。なんであんな近くにあるものに気づかないんだろうね。
それはともかく、今はどうにかしてハゲ雀に蛇のいる場所を知らせなければならない。
MBが、今度は違う振動を始める。そして口から光が飛び出した。
これはレーザーポインターのようなものだと思ってくれていい。大体でも、場所が分かれば……ハムスターは思った。ハゲ雀は、鳥類の特性で視力はいいのだ。
ハムスターの期待通り、ハゲ雀はレーザーの近くに蛇を発見した。怒りがふつふつと湧き上がってくる。恐怖が、怒りによって点火し、攻撃性を加速させた。しかし、ハゲ雀はそれをすぐには爆発させない。カメレオン蛇とまともに戦っても、向こうのほうが体格に優れており、蛇の方が有利だ。鱗に覆われており、いくらカギ爪の攻撃でもそれほどの傷を与える自信はなかった。弱点を狙うしかない。
「おい、どこいきおった!? もう逃げたんか!?」
これは嘘である。まるでまだ何も発見できていないように装って、蛇の攻撃を誘発させる――そこにカウンターを叩き込む。
案の定、背後に尻尾が見えた。蛇は最後のハゲ雀をいたぶって遊んでから食い、その後でハムスターも食うつもりだろう。
尻尾の一撃――蛇は完全に決まったと思っていた。この後で全員食い終わってから、仲間のところへ行き、どれだけの成果をあげたか、体を透明にして見せ、自慢するつもりだった。これだけの集落を食い尽くしたから、きっとみんなびっくりすると思っていた。
だが、攻撃は完全に空振りした。
えっ?
と思う間もなく、体勢を即座に切り返したハゲ雀は、蛇の顔へ向かって行った。蛇は攻撃が空振るなどとは思ってもなく、ハゲ雀の攻撃をまともにくらってしまう。
「うぎゃあああああああ!!!!」
蛇の片目には、カギ爪の傷跡が走っていた。
「お前ら、いい加減にしろよ、クソハゲどもがああああああ!!」
もはや姿を隠すことも忘れて、蛇が怒り狂っている。
「女の子の目を傷つけるとか、もう許さねーからな!」
「俺こそ、お前を許さんわ。家族を返してくれるんか?」
「てんめー……クソッ、いてえ……メチャクチャいたいわ! もう一回かかってこいや! 残りの毛、引きむしったらぁ!」
この状況でもう一回かかっていくほど、さすがにハゲ雀もバカではない。面と向かって戦えば、捕食されるに決まっている。しかし、致命的な一撃を与えたのに、ハゲ雀は満足していた。少なくとも、一矢は報いた。家族をすべて奪った代償には程遠いにしても、一矢は報いたのだ。
蛇の目から、血が滴り落ちる。
残った片目に、今度はレーザーポイントがかすった。直撃しなかったが、それでも十分だった。残った片目もふさがった、この瞬間を逃すハゲ雀ではない。すぐに追撃を加える。蛇の顔に、またしても傷がつく。
「うぎゃあああああ!! お前ら、わたしのかわいい顔に傷をつけやがって! 絶対許さねえ!!」
だが、威勢がいいのもそこまでだった。ハムスターのレーザーポイントがまた自分を狙っていることで、このまま戦い続けると不利なのは明らかだった。片目はすでに見えない以上、そして十分な獲物を獲った以上、ここにいてこれ以上の深手を負うのは避けたい。
ハゲ雀の攻撃を、何とか避けながら、撤退の準備を始める。
「お前ら、絶対これだけで済むと思うなよ……いつか絶対食い殺す! クソにしてぶちまけてやるからね!! ヒャハハハハハハハハ!!!」
趣味の悪い置きセリフを残して、カメレオン蛇は茂みの中へ消えていった。
これ以上の追撃は無謀というものだろう。
「……助かったんか……」
ハゲ雀の口から、大きなため息が漏れた。安堵と、喪失感の混じったため息が。
ザザアアアアアアアアア……
またしても吹きすさぶ風によって、それはどこへとなく運ばれてゆく。自然は、生命の吐息を飲み込んで、今日も明日も回り続けるだろう。ハムスターの回し車のように……
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