犬魔法使いの弟子

@sirono_kurono

第1話 プロローグ

 パチパチ、コトコトコト……。


 夜の森。

 少年が1人、鍋で料理をしていた。

 彼の名前はフェイト。

 駆け出しの冒険者だ。


「そろそろ食べ頃かな。ダックがいれば一発で分かるんだけど」


 相棒は鼻が良いので、煮えたかどうかは簡単に分かるのだそうだ。

 フェイトが辺りを見回すと、森の奥から1頭の大型犬が近づいてきた。

 クリーム色で穏やかそうな顔をしている。

 犬は鍋に近づくと、尻尾を振った。


「美味そうだな」

「もういい?」

「ヨダレが出ないからもう少しだな」

「鍋に零さないでね」


 フェイトの相棒、ダック。

 見た目は食いしん坊の犬だが、多彩な魔法を使いこなす。

 焦げないように鍋をかき回しながらフェイトはダックとの出会いを思い出す。

 2人が初めて出会ったのは魔法屋の前だった。

 展示されている魔法書を見つめていたフェイトの肩を叩く者がいた。

 振り返るとそこには大きな犬面が。

 グゥゥゥ、と響く低いうなり声にフェイトは身の危険を感じた。

 今にも逃げ出しそうなフェイトに慌てたのか、ハッハと舌を出しながらその犬は言った。


「安心して欲しい。これは腹の音だ」

「へ?」

「私で良ければ魔法を教えよう。ただし、魔法を教える代償に料理も提供すること。どうだね?」


 フェイトはポカンと口を開けた。

 一方、グーグーお腹を空かせながらじっと「待て」をする犬。


「ほ、ほんとに魔法を教えてくれる?」

「うむ。では契約成立だな。右手を出せ」

「はい」


 出された手のひらにダックはお手をした。


「……ん?」

「?」

「違う。手の甲を見せるんだ」

「あ、うん」


 手の甲に肉球が押し付けられた。

 ポゥ……と淡く光る。


「わぁー。これも魔法?」

「ああ。契約魔法の一種だ。破ると激痛が走る」

「……本格的だね」

「10分以内に料理に取り掛からないと警告が始まる」

「具体的にはどうなるの?」

「まずヒリヒリする。さらに10分経つと手を切り落としたくなるような痛みとかゆみが襲う」

「ちょ」


 とんでもない契約である。

 フェイトはさっそく後悔し始めた。


「あれから色んな料理を作らされたっけ……ねえダック、今日は何を教えてくれるの?」

「フェイト、お前は鬼か。この鍋もうすぐ食べごろだぞ。私は腹が空いている」

「でもこれ食べたら魔法教えて貰った後にまた作らないといけなくなるし。材料もないよ」


 ほれほれと右手の甲をかざしてやる。

 ダックはグヌヌと悔しそうに肉球を押し付けた。


「先渡しを承認する」


 肉球が光る。

 フェイトは鍋の中身をダックの皿によそってやった。

 ダックは尻尾をブンブン振りながら皿に頭を突っ込む。


(分かりにくいけど、あれは前に教わった『灯り』の魔法っぽいんだよね。契約云々はハッタリじゃないのかな)


 契約内容を後から書き換えることはあんな一瞬では出来ないだろう。

 なら、元々契約してなかったと考えるほうが自然だ。

 聞いてみたくなるが、別にいいかとも思う。

 フェイトは今の関係を割りと気に入っているようだった。


「うむ。美味かった」


 シチューを食べ終えたダックは火の傍に寝そべり、魔法の講義を始めた。


「今日の魔法は『語尾』だ」

「待った。何それ」

「邪悪な呪いの一種だ。相手に強制的に屈辱的な語尾を強要する。なお、解除できるのは術者のみ」

「うわぁ。しょうもない」

「上手く使えば最強の交渉カードの1つとなるだろう……『語尾』!」

「わあ?!」


 フェイトは「語尾」を習得するまで、しばらくニャンニャン言うはめになった。

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