そして夏が始まる
春嵐
そして夏が始まる
歩いていた。
やっぱり、長袖にすればよかったかもしれない。まだちょっと寒い。
「おっ、半袖」
長袖の友だち。ロングスカート。
「ちょっと寒いわ」
「私はちょっと暑いんだけどね」
ロングスカートをばたばたさせている。鳥か。
「まるでイカね」
あ、魚介類なのね。
もうすぐ、夏が来る。
「今年は何しようかな。まず海行って、花火見に行って、あと水族館行って」
なぜ水族館。
「そっちはまた、家にこもるの?」
「うん」
そのために、いま頑張って外に出ている。暑くないうちに、アイスとか本とかラップトップの部品とかを買ってしまう。そして、夏の間ずっと涼しいお部屋でゆっくりする。
夏は苦手だった。
特に通り雨が。
「いまはさ、気象予報とかも結構当たるらしいし、いいんじゃないの外出したって」
首を大きく横に振った。
通り雨はいやだ。
「昔はあれだけ活発だったのになあ」
二の腕をぷにぷにされる。
やめろくすぐったい。まだ肉がついてないんだから。
「これが夏の終わりにはいい具合に肉と脂が乗るわけだ」
私はブタか。
「まるでマグロね」
なぜ海産物。
むかしは、自分で作ったラップトップを持っていろんなところに行っていた。暑さをなんとか保冷剤とかでごまかして、身体中を日焼けしながら。
昔から、雨女だった。
必ずと言っていいほど、通り雨に遭った。
そして、あるとき、いつものように通り雨のなかで、あれはたしかかぶとむしをさがしていたときだっただろうか。
後ろのリュックが爆発した。
自作のラップトップの防水機能がうまくいってなかったらしく、水に浸って、中の基板が焼けた。
それ以降、夏は外に出ていない。
「あっ」
突然、友だちが明るい声を出す。
走り出して、男に駆け寄る。
男。
「えっ」
こいつ、恋人作ったのか。
かなりの美顔。ちょっと細身。背は小さい。ちょっと長めの髪。綺麗な青のジーンズ。
あれ、でもおかしいな。
この友だちのストライクゾーンは、同性だった。
しかもかなりのプレイボーイ。いやボーイじゃないか。
気に入った女性を見つけると、襲う。
当然だけど襲われた女性側は訳が分からない。だって同性だから。それを利用して一通り自分が楽しむと、まったくもってハテナマークが消えない相手に対して自分の性癖とストライクゾーンに対して熱く語りはじめる。ちなみに、その時点で理解されたことは未だないという。本人談。
そして、また別な同性を探し始める。一度襲ったあいてとは、その後友だちになる。二度襲うことはない。
ちなみに、わたしも襲われていた。別に何も感じなかったし、ふとももどうしを擦り付けてなにがしたいんだという感想しか浮かばなかった。ストライクゾーンについて語っているときに、配慮はしてるのかと訊いてみたが、どうやらあれで精いっぱい自らの性欲を開放させて相手を蹂躙しているつもりらしい。なんと哀れなサガ。全力で襲っても、相手の女性にはふとももを擦ってるだけにしか見えなくて全く性的でないという安全さ。
そして、これからも私に同じことをするのかという問いに対しては、全力の謎のキメ顔で、
『おなじ女は二度抱かん』
と答えていた。キメ顔が面白くてつい笑ってしまったのを覚えている。目を精一杯細めて、はなを膨らませた友だちの顔。あれは何か元ネタでもあるんだろうか。
「来て来て。こっち」
その友だちが、ついに、ついに男性の恋人を。
おねえさんなみだ出てきたよ。もうふともも擦るだけの人生とはおさらばできるのね。いや知らんけど。
「この人」
「へえ、この人が」
目の前の男。目をキラキラさせてこちらを見ている。
こちらを?
「紹介するね。防水設計の田嶋さん」
防水設計?
「あのラップトップ見ました。ぜひ設計に参加させてください」
参加?
「それと、これ」
田嶋さんとやら。肩から下げていたバッグ。何かを取り出す。
「あっ」
通り雨でダメになった私のラップトップ。
「どうして」
「直しておきました」
「え?」
「え?」
「あ、それ、私が勝手に修理に出しておいたの」
友だち。
「いや、そこじゃなくて、ええと」
信じられない。
「そのラップトップ、治ったんですか?」
「ええ」
信じられなぁい。
「ちょっと貸してください」
起動をかける。
bios。
パスコードを入力せず、もういちど起動をかける。
認証。
「うっわ、すごいこれ」
完全に治っている。
いままで、どうがんばっても治らなかったのに。
やばい、興奮して汗ばんできた。半袖でよかった。
「そうやって認証するんですか、へええ」
田嶋さんがこちらに顔を近づけてラップトップの画面を眺める。
あっいいにおいする。
おもわず、ラップトップから顔を離した。あぶない。そういえば異性だった。
「すごいですね、これを治すなんて」
「防水には詳しいんです。水没したラップトップも、だいたいは治せます。これ、さわってみてもいいですか?」
田嶋さん。にこっとわらった。おもわず、どきっとしてしまった。
友だちの方に駆け寄る。
小声で問い詰め。
「どうなってるのよ。せっかくあなたに異性の良い恋人が出来たと思ったのに」
「恋人? 異性の?」
友だち。
キョトンとした顔。
「あっ。あはははは」
笑い出した。
友だちが、素早い動きで田嶋さんに駆け寄る。さすが、多くの女性を歯牙にかけただけある。いや甘噛みだけど。
「え、ちょ、やめ、なにやって」
急いで目を塞いだ。
友だちが田嶋さんのジーンズを思いっきりずり下げた。
「いや、よく見てほら」
何をだ。
私は少なくとも、いくら顔がよかろうと、その、それを鑑賞するような趣味はないです。
「おんなのこ!」
「えっ」
思わず目を開けてしまった。
「あっ」
おんなのこだった。
「あ、あの、はずかしい…」
「あっごめんね」
いそいでジーンズを履き直す田嶋さん。手があたふたしてて、難渋している。
「ちなみに、もう手を付け終わってます」
キメ顔の友だち。
やめてそれ。笑えるから。思わず吹き出してしまった。
「まあとにかく、田嶋ちゃんとあなたで組めば、防水のラップトップもできるし、壊れても直せるってわけよ」
友だち。キメ顔継続中。
「だからさ、今年の夏はあなたも通り雨に関係なく外に出れるわね」
「え、もしかしてそれが目的?」
「他に何があるのよ。今年は三人で遊びまくりましょう?」
田嶋さん。
ようやくジーンズを履き終えたらしい。
顔をちょっと赤くしている。
それをみて、ちょっと、きゅんとしてしまった。
そして夏が始まる。
三人の夏が。
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