第240話
「それで、カイリ君。第十位の処遇は聞いたかい?」
歓楽街の話を終え、紅茶を飲んで一息吐いたところでクリスから唐突に爆弾を放り投げられた。
見事にカイリの元で爆発し、心臓を吹っ飛ばされた気分だ。
「……いいえ、聞いていません」
「そうか。そういえば、カイリ君はお
「え? あ、そういえば……出かける時にケントが、俺は別って言っていましたね」
一瞬驚いたが、すぐに出かけ際を思い返す。確かに、ケントはカイリは別だから外出可能という言い方をしていた。
つまり、本当にカイリは特に何も処罰が無かったのか。
てっきりフランツ達と同様に謹慎を食らっているのだと思い込んでいた。フランツは知っていた様だが、事情があったのかもしれない。
色々考えを巡らせていると、クリスがやれやれといった風に肩を
「フランツ君は、相変わらず肝心なところを話していないね。心配性……というよりは過保護過ぎかな」
「過保護?」
「そう。大方、カイリ君は思い立ったが吉日って感じですぐ行動しそうだから。大人しくしていないだろうとか考えて、
「大人しく……」
今日みたいに、ケントに誘われて外出するとかそういう話だろうか。
確かにフランツには、雨が降りしきる外に出ることをかなり心配されてしまった。そういう意味であるのならば否定は出来ない。
「でも、……おじいさんと話した時も、そういう話はしなかったですよね?」
「君の処遇は、その後に正式決定したからね。フランツ君達は剣を抜いているから罰から逃れようが無かったんだけど、カイリ君は表向きは教皇に忠誠を誓っただけだから。カイリ君は無罪放免、加えて聖歌騎士だから連帯責任は無し、ということになったんだよ」
「聖歌騎士だから……」
引っかかる言い方に、カイリの心が微かに沈む。
やはり、ここでも聖歌騎士は優遇されるのか。クリスの言い方だと、もしただの教会騎士だったら、連帯責任を取らされていたということになる。
もやもやっとした薄暗い不満を抱えていると、クリスが苦笑した。
「カイリ君は、相変わらず真っ直ぐだね。そこが良いんだけど」
「……すみません。喜ぶところだとは思うんですけど」
「いいや。そこで慢心しないことは大事だよ。それが当たり前の感覚になってしまったら、人間は少しずつ欠けていってしまうものだからね」
クリスに緩やかに、それで良いと認められる。
何となく感傷的な色が声に混じっている気がしたが、彼の表情は穏やかなまま変わらない。
気のせいだろうかとカイリが首を傾げている合間にも説明は続く。
「まあ、ただの教皇の勘違いだったわけだから。カイリ君自身は別に悪いことは何もしていない。そういう一面が働いた結果だよ。だから、あまり気に病まないこと」
「……はい」
「良い返事だ。……王族から受けた依頼とかも聞かせてもらわなきゃいけないから。その前に第十位のことをさっさと終わらせておこうか」
耳が早い。
いや、王族関連については、もうフランツがケントやクリスに連絡を入れていたのだろう。
正直、王族に関しては警戒しなければならないところもある。いざという時に連携を取れる様にするのが理想だ。
「分かりました。……聞かせて下さい」
「うん。第十位は、全員連帯責任で三年は減俸。首謀者のファル殿を含めた実行犯はその内一年は無給で働くことに同意させたよ。まあ、その前にファル殿達は謹慎処分半年だけど」
「……三年の減俸、半年謹慎に一年の無給」
「また、その減俸した差分の給与がロディ君達の娼館、並びに君への賠償金となる。これに関してはきちんと受け取る様に。間違っても辞退したり、娼館に全て回す様にとは言わないこと」
「……は、はい」
先回りされた。クリスは本当にカイリの気持ちを先読みするのが上手い。
今回に関しては罪と罰の明確な示しが必要だ。クリスの言う通り、きちんとカイリが受け取らないと意味がなくなる。
「そして実行犯達は謹慎中、決して軽微な罪でも起こしてはいけない。もし起こしたら、追加五年は騎士と名乗ることは許されないことになる。それから、第十位はカイリ君にあらゆる喧嘩や悪事を吹っ掛けるのは禁止。例え軽い悪口でも口にするのは禁止。破った場合、騎士の職は
「は、くだつ、ですか?」
「うん。まあ、君と仲良くじゃれ合うとか真剣な喧嘩だった場合は、考慮するけど。それはこれから次第だよね。今のところ仲良い人なんていないだろうし?」
意味ありげに微笑まれ、カイリは心の内を見透かされた気分を味わう。本当に彼はどこまで耳が早いのだろうと白旗を上げた。
「ええっと……仲良く、というか、お付き合いしていけたら、と思う人はいますけど」
「そう。それは良かった。……後は、ファル殿達は永久に出世は無し、昇給も無し。要は、生涯下っ端だと最後通告された感じになるよ」
「……。最後通告、ですか」
「うん? 生温かったかな?」
「あ、いえ。……思ったより重いなって」
実際、内容的にはかなり重いのではないだろうか。
減俸や無給はともかく、第十位は全員カイリに悪口さえ言えなくなる。少し陰口を叩いただけで、教会騎士でいられなくなるのだ。精神的にはかなりきついものになるだろう。
出世も昇給も無いというのも、やり甲斐を取り上げられた様なものだ。その人の心根次第だが、大抵の人間は道を断たれたと絶望するかもしれない。
とはいえ、カイリだけではなく王女も巻き込んだのだ。罰は軽い方なのかもしれないと思い直す。
「妥当ってところかな。本当は首を斬りたかったんだけどね、首謀者と実行犯は。でも、それは俺の私情が挟まってしまうから」
「……私情、ですか?」
「それはそうだよ! カイリ君は、ケントだけではなく、俺にとっても大切な友人だからね。王女殿下はどうでも良いけど、カイリ君を罠に
「――」
にっこりと、クリスが両手を突いて笑う。その目はしかし、凍える様な鋭さで、全く笑ってはいなかった。
本気で怒ってくれている。
その事実に、カイリはむず
「同じ教会騎士を、ましてや聖歌騎士を集団で痛めつけようとしたんだ。下手をすれば病院送りではなく、死んでいたかもしれない。おまけに、彼らが想定していなかったとはいえ、狂信者に連れ去られそうになった。これは、本来教会にとってあってはならない重大な犯罪だ」
「……聖歌騎士だから、ですか」
「そうだよ。カイリ君は、あまり聖歌騎士の特権を行使しないから実感がないかもしれないけどね。聖歌騎士は、教会騎士よりも身分的には上だから。本来なら君が罰を与えても良いくらいなんだよ」
初耳だ。
聖歌騎士は、確かに変に盲目的に敬われている傾向があるのは感じていたが、特権があるのか。てっきり騎士団を選べるとか、そういう話しか無いと思い込んでいたが、クリスの口ぶりだとそうでは無い様だ。
「あ。その顔は、知らなかったって顔だね」
「はい。……あまり、そういう特権って考えたことがなくて」
「駄目だよ、カイリ君。そういう特権は、行使するしないに関わらず、ちゃんと知識として持っておかないと。力を持っているのに知らない、ましてや使わないのは謙遜じゃない。時には傲慢になってしまうからね」
「……、はい」
叱られて、カイリは首を
確かに、今なら分かる気がする。内容を知っておけば、カイリの心情はともかくとして、いざという時の選択肢が増えるのだ。穢いとか、ずるい手とか、そういう綺麗ごとばかりではまかり通らない時があるのは間違いない。
――教皇の時で、それは学んだ。
あの時、カイリの常識はまかり通らなかった。
打てる手があるのならば、的確に打つ。そういう人間になりたい。
「……すみません。後で、教えて頂いても良いですか」
「……うん。カイリ君は、やっぱり良い子だね」
よしよしと、頭を撫でられてしまった。クリスには子供扱いばかりされている気がする。
早く大人として認められる様にならなければと、くすぐったく思いながら彼の手の平の熱を受け止めた。
「大丈夫。カイリ君なら、使い方を間違えないよ」
「……、はい」
「うん。……話は戻すけど。取り敢えず彼らの処遇は、本来助け合わなければならない聖歌騎士を陥れたこと、傷付けようとしたこと、狂信者へみすみす渡しそうになったこと、任務の邪魔をしようとしたこと、任務の護衛対象も危険に陥れたこと。これらの点を重点的に判断したよ。護衛対象の身分は、教会の方では基本的に問わないから省略するね」
「王族でも関係ないんですか?」
「基本はね。それに、今回歓楽街なんていう危険な場所に行ったのは、王女の要望だったって聞いたから、あちらにも非があったと判断されるんだよ。……とにかく、そういう意味で第十位は団長も含めて処分した。事後承諾になってしまうけど、それで承服して欲しい」
「それは、もちろん。でも、団長って、……パーシヴァル殿もってことですか?」
「当然」
短く言い切った口調は強い。異論は受け付けないという、言外の通達だった。
恐らく、団長は全ての団員の行動について監督不行き届けという判断になるのだろう。大勢いる騎士達全てに目が行き届くのは難しい気はするが、問題が起こったら上も罰を食らう。そこだけは、この組織で真っ当な扱いに思えた。
しかし、その中でパーシヴァルはカイリに謝罪と結託を申し込みにきたのか。図太いというか、ただで転ばない辺りは流石は団長になるだけある。
「とにかく、次に何かあったらケントか俺に言いなさい。証拠が無いと動くのは難しいけどね。今回は、見事にカイリ君が言質を取ってくれたから」
ね、とクリスが録音を記録したメモリーの様な物を取り出す。
それは、カイリが歓楽街の娼館から、クリスの鳥を呼び出して送ったものだ。
きちんと使うべき時に使ってくれて感謝する。おかげで、カイリを救出する件でフランツ達の負担が大幅に軽減された。
「ありがとうございました。クリスさんが動いてくれなかったら、フランツさん達はもっと苦戦を強いられていたと思います」
「当たり前だよ。カイリ君をみすみす教皇の餌になんて。ねえ?」
「もっちろん! 僕も、エミルカの国境には出て行くフリだけして、即行で国境宛ての手紙をフェーちゃんに送ってもらったから!」
「フェーちゃん?」
「第一位の守護精霊だよ!」
守護精霊を伝書鳩扱いしたのか。
とんでもない事実を暴露され、カイリは
カイリが額を押さえてぐらぐら地震に遭った様に揺れていると、クリスが微笑ましそうに頷いていた。「うちの息子達の可愛さって最高だよね」とよく分からない呟きを放っている。
「でも、そういえば国境って大丈夫だったのか? 戦が始まるかもっていう話だったって聞いたけど」
「大丈夫だよ! ただ、教皇が本当にほんの少しだけちょっかいかけたらしくてさ、あっちが警戒強めたみたいだったんだよね。だから、即行で詫びの品も送ったよ」
「へえ。ちなみに、聞いても良いか?」
「うん。聖歌騎士数人」
「――っ、はっ!?」
何だかとんでもないことを聞いた。
カイリはぱくぱくと、金魚の様に口を無意味に開閉させてしまったが、ケントは事もなげに涼しい口調で続ける。
「今、エミルカの方で内乱が起こっているみたいでね。小規模なんだけど、まあ、王様大変みたいでさ」
「へ、え。……王様って、教皇みたいに圧政敷いているとか?」
「ううん。前国王はそうだったみたいだけど、今の国王は穏健派だったはずだよ。五年前くらいにようやく変わったんだけど、貿易の協定とかも結構話し合いで変わってさ。お互いにやりやすくなったくらい」
「へえ……。それなのに、内乱って起こるんだな」
「今まで甘い蜜を吸っていた奴らがいただろうからね。それを鎮圧するために、聖歌騎士を内密に送ってあげたんだ。それなりに強い騎士を派遣したから、その内鎮圧の報告が入ってくるんじゃないかな」
淡々と報告書を読み上げる様な調子で、ケントが説明をしてくれる。
こういう話を聞いていると、やはりケントは上に立つ者なのだなとカイリは実感してしまう。カイリにはそういう政治的な話はさっぱりだ。
そして、今更ながらにフュリーシアの王族の存在は形骸化してきているという実態も見えてくる。
ケントの行動は、独断だろう。王家には報告しても、恐らく事後承諾だ。
カイリの心中を見抜いたのか、ケントが少しだけ
「やっぱり、こういう話は嫌?」
「……嫌ってわけじゃない。ただ、俺は本当に何も知らないなって思っただけだよ」
「そっか。……でもきっと、カイリが同じ場所に立っていたら、同じ方法を採ったとしても、もう少し誠実かもしれないね」
苦労しそうだけど、とケントが茶化す様に話を締める。
茶化してはいたが、少し苦しそうだ。それは、己の行為に罪悪感を覚えているとか、そういう類の話ではない。
カイリに、見られたくない一面だからだろうか。
――それで、嫌いになるはずないのにな。
カイリにだって、ケントに知られたくない一面がある。前世の時など、あり過ぎてもう、もし彼に記憶があったら抹消したいくらいだ。
故に、カイリはぽんっと彼の背中を叩く。あたっと、痛そうに――不安そうに見つめてくる彼をもう一度小突いた。
「例え利害が絡んでいたとしても、困っている人を助けてるんだよな」
「……まあ、結果的にはね」
「結果的にでも何でも良いよ。ケントはきっと進むべき道を見据えて、適切な選択をしていっているんだろうからさ」
「……」
「もし、それで俺が納得しなかったら、ちゃんと言うし。道を外れたら、蹴り飛ばしてでも引き戻してやるから。お前はお前が正しいと思う道を進めば良いさ。俺も、俺が正しいと思う道を進んで行くだけだから」
「――」
ケントが驚いた様に目を丸くする。
不意を突かれた様な、心臓でも止まっているのではないかというほどの驚愕っぷりに、カイリの方が狼狽した。
そんなにカイリは、潔癖に見えるのだろうか。それとも、抜けすぎている様に見えるのだろうか。
確かにカイリは世間知らずだし、情勢についても疎い方だ。
それでも、綺麗ごとだけで世の中が動かないのも分かっている。綺麗ごとを貫ければそれが一番だが、時には苦渋の選択をしなければならない時もあるだろう。
当然、最後の最後まで足掻くことが前提だが、今回のことでケントを責められるはずがない。
王家に連絡を取って確認をしていたら時間がかかって仕方が無かっただろうし、迅速には動けなかったはずだ。それに、元は教会――トップの教皇が仕出かした後始末である。王家に借りなど作りたくはなかっただろう。
教皇がカイリを捕えるためだけに放った揉め事を、ケントは収めるために奔走してくれた。それくらい、カイリにだって分かる。
「ケントには感謝しているんだ。……俺のこと、助けに来てくれてありがとう」
「……、うん」
「教皇の後始末の件についてはさ。俺にも出来ることがあったら、ちゃんと言ってくれよ。それこそ、派遣は俺だって良かったんだから」
「――駄目だよ、それはっ!」
「――えっ」
怒鳴る様に否定され、カイリの肩が跳ねる。
すぐにケントが我に返った様に青褪めた。まるで絶望に触れた様な痛々しい震え方に、カイリは慌てて彼の肩を撫でる。
「け、ケント? どうしたんだ」
「……、……内乱ってことは、血が多く流れるかもしれない。血を見るの、苦手なんだよね?」
「……っ、ああ、うん。それは」
「じゃあ、駄目だよ。カイリは、……色々克服してからじゃないと! 適材適所ってやつだよ!」
にこにこと、もっともらしことを宣言するケントはもう既にいつも通りだ。
しかし、カイリには先程の彼の反応が忘れられない。まるで見られたくないものを必死に隠す様に――怯えている様にさえ映った。
カイリは、確かにエミルカに派遣する聖歌騎士としては相応しくなったのかもしれない。
だが。
――他にも、何かあるんだな。
それが何なのかは、絶対にこの場では教えてくれないだろう。静かに見守っているクリスからも、やんわりとした拒む空気が漂っている。
つまり、カイリが少しずつ彼のことを、隠したいものを知っていくしかないのだ。
彼に繋がる道は、カイリが自ら見つけていくしかない。
もっと、ちゃんと彼のことを知りたい。
彼が必死に隠そうとしているものを、――あるいは闘っているものを知るために。支えるために。
もし必要があるのならば、引き戻すために。
カイリはざわつく懸念を根性で
言葉少ない返事に、少しだけ胸を撫で下ろす様にケントの目元が緩んだのを、カイリはきちんと記憶に焼き付けた。
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