第302話


 村の暴動未遂に終わりが見えた頃。

 カイリは、立ち上がれないままフランツに支えてもらう羽目に陥っていた。

 ホテルの時もそうだったが、冷静さを欠くと、カイリは聖歌の配分が頭からすっぽ抜けるらしい。子供達のために歌った供養ではあったが、しばらく立てそうにない。


「……まったく。カイリは俺達がいなかったら、何回も死んでいそうだな」

「すみません……。反省はしています」

「だが、やったことに後悔は無いと。……はあ。お前らしい」

「でも、フランツさん達が後ろにいるから出来たんです。……ありがとうございます」

「……お前はずるいな」


 苦笑するフランツに、カイリも苦笑いで返す。フランツ達に心配をかけてばかりだと、そこだけは猛省した。


「……あの」


 おずおずといった風に声をかけられた。

 カイリが顔を上げると、子供達の遺品を握り締めていた両親達が真剣な顔で見つめてきていた。涙の跡は色濃く残っているし、顔色も悪い。

 だが、それでも最初に見た時の様な悲愴さや自暴自棄の雰囲気は見当たらなかった。


「……ありがとう、ございました……っ」

「……おかげで、あの子達の最後を知ることが出来ました。……苦しくは、あります、がっ、……っ」

「子供達のために、歌って下さって、……ありがとうございます……っ」

「最後に、……最後にっ。歌ってくれていた時に、あの子の声が聞こえてきたんです……っ」

「笑って、いたんです。……幻だったとしても、確かに、わら、って、……っ!」


 土下座をするほどに頭を下げる彼らに、カイリは慌てて首を振った。まだくらくらとするが、泣き言など言っていられない。

 静かにまた涙を流す彼らに、子供達の声が届いたと知れて、カイリは胸を撫で下ろしながらも苦しくなる。


「顔を上げて下さい。……俺は、残酷な事実しか伝えられませんでした」

「いいえっ。……こうして遺品を持ち帰って下さっただけでも……嬉しいです」

「それだけでなく、あの子の声も、聞けました。……もう、聞けないと思っていたのに」

「……。本当はもう、分かっていたんです。……あの子には会えないんだろうって」

「連れ去った時の乱暴さや非情さは、私達に絶望しか与えてくれなかったから……」


 彼らの沈鬱な表情に、カイリは泣きそうになる。

 だが、ここで泣きたいのは彼らであって、カイリではない。ぐっと堪えて胸元を握り締めた。


「わしらからもお礼を。……彼らの暴挙を止めて下さり、ありがとうございました。わしらじゃ、何も出来んかった……」

「村長の言う通りです。止めたくても、……彼らの気持ちを考えれば、オレたちじゃ止められなかったっ」

「でも、死んで欲しくないし、それでも、あの騎士達が憎いしっ。……そしたら、ちょうど、その、……そこにいる三人の騎士様が来なさって」

「かっとして襲いかかってきたってか? ま、仕方がねえだろうな。……子供のことがあったんだ。見境なくなっても仕方がねえよ」


 レインが代表をして不問にする。

 村人達が震えながら頭を下げた。彼らにしてみれば、教会騎士に刃向うのはかなりの度胸を要したに違いない。騎士が騎士なら、罰の与え方次第で村は潰れていただろう。

 だが、それだけ彼らの不安も怒りも心頭に達していたという証明だ。カイリ達としても、十二分に理解出来た。


「しかし、やはり教会騎士……かそれにふんした者が子供達を連れ去ったのか。……すまないが、彼らについて調べている。フュリー村の危機にも関係していることだ。知っていることがあるのなら、話してもらいたい」

「え?」

「フュリー村の?」


 彼らが一斉に戸惑いを見せた。顔を見合わせたり、ざわついたりと、落ち着かない様子になっていく。

 彼らの反応に、カイリは首を傾げた。フランツも不審に思ったのか、眉根を寄せる。



「どうした?」

「あ、いやあ」

「……フュリー村の件は、もう解決するって、……今朝聞いたもんで」

「……は?」



 彼らの困惑に、今度はカイリ達が困惑する番だった。フュリー村の件が解決するとは、意味が分からない。


「すまないが、それは誰が言ったのだ?」

「えっとー……ラフィスエム家の遣いだって言って来た騎士達が。フュリー村の雨の件は、もう解決するとか何とか」

「それを聞いて、じゃあ何で俺達の子供はって、……それで余計に頭に血が上っちまって」


 子供の両親達が頭を掻いて白状してくる。

 益々ますます話がややこしくなった。ラフィスエム家の遣いと言っても、それが本当かどうかも怪しい。


「あのよ。フュリー村の件は確かに解決するつもりだが……それ、オレ達に一任されてるぜ?」

「へ?」

「あー、正確には明日そうなるってだけなんだが。……なあ。その遣いって奴は、今まで見たことがある奴だったか?」

「え? ……いえ。そういえば、初めて見る奴でしたが」

「……。子供達連れてった騎士ってのは、ラフィスエム家の遣いだったか?」

「へえ。そう言っていましたが。……そういやあ、……二ヶ月前から急に顔ぶれが変わった様な……?」

「……フランツさん」

「ああ。……やはり、色々後手に回ってしまっているな。カイリの策が上手くハマれば良いが」


 フランツが溜息を吐き、レイン達の顔つきも変わる。

 とにかく、もう少し情報が欲しい。収集するために、フランツは彼らに向き直った。


「何でも良い。子供達を連れ去ったのは教会騎士だということだが、それはラフィスエム家の遣いに間違いはないと確信を持てるだろうか?」

「……いや、それは……」

「そう言われると、断言はできないです。だって、ラフィスエム家の方が一緒にいたわけではねえですし」

「ああ、ただ、……街で見たことのある教会騎士とは、ちょーっと雰囲気が違った様な?」

「ふむ。どういう風にだろうか」

「……いや、逆らえばいつでも殺すっていうか。……何か、こいつ、本当に同じ世界に生きる奴なのか? って恐くなったのを覚えているんで」

「……同じ世界に生きる奴かどうか、か」


 フランツが唸り、深く考え込む。その村人達の感覚は、一層カイリの不安を煽った。

 直感というのは侮れない。自分とは違う世界に生きていると肌で感じるのは、カイリにも覚えがある。



 村に来た狂信者の時もそうだった。



 ならば、狂信者なり間者なりが教会騎士を装っていたのだろうか。カイリがフランツを見上げれば、彼も同じ様に鋭い目で虚空を見つめていた。


「そういえば、この村はラフィスエム家から他家に領主権が渡るとか、そういった噂は流れていなかったか?」

「へ?」

「た、他家に、ですか。……いやあ、何も」

「そうか。ならば、フュリー村に関しては?」

「ええ? いやあ、……そんな話は聞いたことがないなあ」

「普通にラフィスエム家が管理しているって話なんじゃあ?」


 村人達が首を傾げながらフランツに聞き返してくる。誰を見渡しても同じ表情だし、顔色も全く変わらなかったので、嘘ではないのだろう。

 つまり、ルーラ村は、そして恐らくフュリー村も今でもラフィスエム家の管轄だと彼らは信じている。その事実に、カイリはうすら寒さを覚えた。

 だが、だからこそ何度もフュリー村はラフィスエム家に解決を頼み込んでいたのだ。そして痺れを切らし、王家に依頼をした。

 その選択で、ようやく裏でうごめく黒幕の存在を認識出来たのだ。彼らの行動力には感謝しかない。


「そうか。……ふむ。お前達、すまないがフュリー村の件が解決するまでは、俺達がここで色々質問したという事実を話さないで欲しい」

「……、それは構いませんが」

「あと、土曜日と日曜日には、ひっそりとお前達の村に護衛が付く。俺達と同じ騎士の格好をしているし、今回の件で気分は良くないだろうが……あまり、食ってかからない様にして欲しい」

「え、ええ?」

「護衛、ですかい」


 彼らの表情が一気に不安に染まっていく。当然だろう。今してきた質問を話すなと言ったり、護衛が付くなど、物騒な前触れでしかない。

 だが、受け入れてもらわなければ計画が総崩れになる可能性がある。何としてでも頷いて欲しかった。


「お願いします。協力して下さい。……もし、協力してもらえなかったら、フュリー村も含めて、もっと多くの血が流れるかもしれないんです」

「――っ」


 カイリの言葉に、村人達が一斉に息を呑む。

 無闇に恐がらせるのは本意ではないが、ある程度情報を渡さないと、信じてもらえるものももらえなくなる。

 カイリは真っ直ぐに彼らを見渡し、頭を深く下げた。


「……子供達の件は、必ず決着をつけます。だから、協力して下さい。皆さんの手にかかっているんです。……お願いします!」


 カイリが懇願するのに合わせ、フランツ達も頭を下げる。

 騎士達全員に頭を下げられる日が来るとは思わなかったのだろう。初めは戸惑っていた村人達が、しかし何かを決意する様に頷き合ったのが気配で読み取れた。



「……。騎士様にそうまで頭を下げられたら、受け入れるしかないですよ」



 静かな声は、小さな、けれど深い決意を匂わせてきた。

 カイリが顔を上げると、先程カイリに体当たりをしてきた一人の男性が、唇を引き結んで強い眼差しを向けてくる。



「貴方が言うのであれば、従います」

「……、え」

「……子供達のこと、救って下さってありがとうございました。……貴方が必死になって説得してくれたこと、歌を歌って下さったこと。本当に嬉しかったです」

「聖歌なんて、私達には縁遠いのに……。子供達のために、……私達のために、歌って下さったんですよね?」

「……っ」

「だから、それを信じることにします。……まだ、事実を受け入れがたいのは確かですし、……騎士だかそうじゃないだか分からないけど、許せることはないです。でも、……それでも、貴方の言うことなら、……っ」



 子供を失った両親達を皮切りに、村人達にも徐々に賛同の輪が広がっていく。一番苦しくて辛い思いをした彼らが受け入れるならと、そんな感情が窺えた。

 彼らを少しでも救えたのだろうか。カイリは悩みながらも、感謝する。


「……ありがとうございますっ」

「……必ず、解決することを約束しよう」

「そうっすね。……大切な者を奪われそうになる苦しみは、よく分かるっす」

「あら、エディさん。それって誰のことですか?」

「も、ももももももももちろん! リオーネさんっす! 新人もついでに入れてあげるっすよ!」

「……おいおい。お前、何でこんな時にツンデレっぽくなるんだよ」


 後ろで漫才を繰り広げ始めた仲間達に、村人達の空気もようやく緩んだ。

 互いに微笑み合う顔には、まだ悲しみが色濃く根付いている。

 それでも彼らは、一歩を踏み出す決意をし始めた。それが伝わってきて、カイリの目や心の奥が熱く灯る。


「フュリー村はライバルではありますが、……どうか救ってあげて下さい」

「こっちは正々堂々と、作物で勝負したいんでね!」

「ああ! いつか、危機意識を持ってもらわんきゃなあ。今年は秋が勝負なんだ」


 口々にフュリー村を励ます姿に嘘は見られない。レイン達が最初に偵察していた通り、彼らの心は真っ直ぐだ。二人の王子が伝えてきた事実とは違う。



「そのことなのだが……。もしかしたら、明日と明後日、一時的にフュリー村の人間をこちらに避難させてもらうことになるかもしれないのだが」

「え?」



 フランツの言葉に、村人達がきょとんと目を瞬かせる。レイン達も驚いて目と口を丸くしていた。

 だが、説明は後だ。カイリも慌てて言葉を重ねる。


「あの、もちろん食料などの支援はこちらでさせて頂きます」

「ああ。……フュリー村の雨が降らない件は、もしかしたら多くの血が流れる仕掛けと関係しているかもしれないのだ。そこに村人達を置いておくと、……子供達の様になる危険がある」

「えっ」

「そりゃあ、……本当ですかい」

「はい。実際ホテルはそういう仕掛けになっていましたから。……色々あった後な上に急ではありますが、どうかお願い出来ないでしょうか」


 カイリとフランツの言葉に、村人達の顔が一瞬歪んだが、事態は察知した様だ。全員が顔を見合わせて確認し、頷いた。


「分かりました。その時は、村全体で彼らを受け入れます」

「助かる。……保障は必ず上に掛け合おう」

「いいや、そんな。困った時はお互い様ですよ」

「……結果は残念に終わってしまいましたが。……こうして、この子達は無事に戻ってきてくれました。その恩義に報いたいと思います」


 手を握り合いながら、泣きながら、彼らは笑う。

 そんな彼らの姿に、ようやくカイリは胸を撫で下ろした。


「さて、カイリ。やることが山積みだ。……一旦帰るぞ。シュリアとも話す必要がある」

「って、おいおい。オレ達ともだろ」

「ボク達、その避難とかさっぱり分かっていないっすからね!」

「大丈夫です。いざとなったら、きっとフランツ様とカイリ様の二人が馬車馬の様に動くはずですから♪」

「……リオーネ、容赦ないよね」

「団長である俺もこき使うあたりがリオーネだな」


 苦笑しながら、カイリとフランツは目を合わせて噴き出した。

 村人達に頭を下げ、カイリ達は帰路に就く。











 そうして去っていくカイリ達の背中を見つめながら、村長は感じ入る様に首を傾げる。



「しかし、……あのカイリ様という騎士様の瞳。どこかで見たことがある様な気がするのだがのう」



 村長の不思議そうなささやきはしかし、今のカイリ達に届くことはなかった。


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