第242話


「ただいま戻りました」


 ケントと共に、カイリは第十三位の宿舎へ帰宅した。

 程なくして、ばたばたと食堂の方から足音が聞こえてくる。その騒がしさはフランツだと、カイリはもうすっかりここに馴染んだなとしみじみ実感する。


「カイリ! 帰ったか」

「はい。ただいま、フランツさん」

「ああ、お帰り。……ケント殿、今日は本当にありがとうございました。良ければ、今、みんなでケーキを食べているので一緒にどうですか」

「あ、良いですね。じゃあ、遠慮なく」


 ケントと一緒にどう話を切り出そうかと迷っていたが、フランツの方から誘ってくれた。

 少しだけ緊張しながら、カイリは慎重に足を運ぶ。ケントが隣で苦笑する気配がしたが、仕方がない。カイリは、またフランツに心配をかけることを話すのだ。

 落ち着かない心臓を必死になだめながら食堂へ入ると、レイン達が迎えてくれた。「おう」と、片手を挙げてレインが促してくれる。


「よう、遅かったな。話が弾んだ様で何よりだ」

「ただいま、レインさん。……そ、そんなに遅かったですか?」

「嫌ですね、レイン殿。まだ八時ですよ。フランツ殿の過保護っぷりが移ったんじゃないですか?」

「……あー、そういやそうか。団長が、さっきからずっとうるさくてよ。カイリがまだ帰らない、何かあったんじゃないか。やっぱり雨でぶっ倒れてるんじゃ!? やはり迎えに行くべきか、とかもーうるさくてうるさくて。そんなに言うならストーカーしろってのな」

「は? 馬鹿ですの? 流石にフランツ様もそんなことは――」

「なるほど……ストーカーをすれば良かったのか」


 ストーカーで納得しないで欲しい。


 フランツも、レインの暴露に慌てふためくのではなく、むしろ推奨されたことを素直に飲み込むあたり、大概たいがいである。

 シュリアも心底呆れた様に白い目をたっぷりフランツに注いでいた。彼女は意外と価値観がまともである。


「でも新人、フランツ団長じゃないっすけど、雨は大丈夫でした?」

「うん。恐くなったら、その、ケントが一緒に歌を歌ってくれたし」

「相合傘もしたもんね! 僕達相思相愛だから! 残念でしたね、フランツ殿!」

「ぬう。……やはりストーカーをするべきだったか……」

「そうだなー。ストーカーしとけば、団長が相合傘して晴れてハッピーエンドを迎えたかもなー」

「なるほど……その手があったか……」


 この人達は一体、何を言っているのだろう。


 結果的に相合傘にはなったが、あれだけ大きな傘だと、逆に一人一人傘を差したら通行の邪魔である。

 だからこそケントの傘に入ったのだが、そういえばフランツ達は彼の傘がいかに馬鹿でかいかを知らない。勘違いしても致し方ないであろう。


「カイリ様、だんだんケント様に調教されていますね♪」

「ちょ、う……っ、……リオーネ、冗談はやめてくれ。ケントに調教されるくらいなら、俺が調教したい」

「えー! 僕が調教されるの? ……まあ、良いよ! カイリだから!」

「そこで認めるなよ!」

「えー。じゃあ、どうしろっていうのさ」

「……調教っていう単語を否定してくれよ……」


 噛み合わない会話に、カイリは肩を落とした。正直泣きたい。時々第十三位やケントの話は、カイリのツッコミが追い付かなくなる。

 それに、このままだといつまで経っても本題に入れない気がする。和やかに流されたままだと、カイリは切り出せる自信が無い。


「あ、あの!」


 なので、話の流れを強制的にぶった切った。

 案の定、ハチの巣になる様に視線が集中砲火し、カイリは一瞬怯んでしまう。

 だが、ここで怯んでいては何も出来ない。故に、静かに深呼吸をして、口火を切った。


「フランツさん、……相談が、あるんですけど」

「うむ。何だ?」


 カイリの真剣な気配を嗅ぎ取ってくれたのだろう。フランツも真顔になって受け止めてくれた。

 迷ったが、二の足を踏んでいる暇はない。思い切って、飛び込む様に話をする。



「あの、明日。もし雨が降っていたら、……フュリー村に行きたいんです」

「――――――――」



 瞬間。

 フランツの空気が激変した。ぶわっと、見えない炎が勢い良く燃え上がるのをカイリは見た。

 あまりの威圧感に、カイリは喉を押し潰された様な錯覚にさえ陥る。ばくばくと、心臓が恐怖で跳ね回るが、気圧されている場合ではない。


「あの、……今、第十三位で動けるのは俺だけだし。実際に雨が降っている時の異常をこの目で確かめる良い機会だと思うんです」

「……、それで?」

「……っ、だから。今回の機会を逃したら、今度直に目に出来るのがいつになるか分かりません。本格的に調査に動ける様になるのは、フランツさん達の謹慎が解けてからですけど、その前に出来ることを、したいなって、思って……」


 感情が一切こもらない声で切り返される。眼差しからも一瞬で熱が抜け落ち、カイリは初めて見る彼の変化に、足が震えそうになった。

 けれど、村の者達の不安を考えれば、カイリとしても引くわけにはいかない。

 彼らは二ヶ月も我慢したのだ。謹慎が解けるまで、あと最低でも一週間待てというのは酷な話だ。

 だからこそ、提案したのだが。



「カイリ。……お前は少し、思い上がっているのではないか?」

「――――――――」



 たった、一言。

 それだけで、切り捨てられた。

 フランツがカイリを見据える眼差しは、絶対零度の鋭さを備えていた。触れれば切れるほどの冷気で、カイリは絶句してしまう。

 今、こうして彼の視線を真正面から受け止めているだけでも、芯からぱきぱきっと、音を立てて凍えていく様だった。



 ――怒っている。



 ルナリアで、カイリとの家族関係を解消すると言われた時の比ではない。あの時はまだつくろっていた――加減されていたのだと、今更ながらに実感出来た。

 今のフランツは、本気でカイリを圧するほどの怒気をはらんでいる。視線だけでこの殺傷力だ。声を耳にするのも恐ろしい。

 だが。



 ここで引いたら、村はどうなる。



 カイリだけで何か出来るとは思えない。無駄足になるかもしれない。

 それでも、足がかりの一手は掴めるかもしれないのだ。そのためなら、カイリはやはり動くべきだという考えを譲れなかった。


「あ、の。確かに俺は弱いし、頼りないと思います。……今までの任務でだって、みんなに助けてもらってばかりだったのも分かっています。でも」

「話にならんな」


 必死に訴えようとしても、更に冷たく切り捨てられた。

 溜息が、黒い。心の底から呆れた様な響きに、カイリの心が握り潰された様に悲鳴を上げた。

 彼からすれば、カイリは未だに第十三位の中で一番弱いし、その上水に強いトラウマを抱えてしまった。情けない上に頼り甲斐がまるで無く、何をしてもヘマをやらかすのではないかと、気が気ではないのかもしれない。


「フランツ、さん。でも」

「お前はまだまだ弱い。それに、水に強い恐怖を持っている。今朝も、それでしばらく起きられなかったな?」

「は、はい」

「つまり、いつそれが命取りになるかも分からん。今のお前は、普段よりもずっと弱点だらけだ。分かるな?」

「……、はい」

「それが分かっていて、お前は調査に行くのか? ラフィスエム家の許可も取らずに」

「そ、それはっ」

「本当に話にならんな。……焦る気持ちも分からなくはないが、少しは待つということも覚えるべきだ」


 待つ。

 その単語に、何故かカイリはじわじわと反発を覚える。

 村の人達は二ヶ月も待ったのに、それ以上待てとフランツは平気で言うのか。その事実に、カイリは益々前のめりに反論してしまう。


「でも、……第十三位の謹慎が解けるまでは、まだ一週間もあります。その間、フランツさんは村の人達の不安はほったらかしにしても仕方ないって。そう言うんですかっ」

「そうなるな。依頼を受けたのは俺達だ。動ける様になるまでは、何も出来ん」

「だったら! 唯一動ける俺が、動くべきだと思います。村の人達の不安だって、きっと限界に近いはず。……いや、もしかしたらもう、とっくに限界を超えているかもしれないんですよ」


 カイリが頼りないと断じられるのは仕方がない。実際そうなのだから、戦力に数えられなくても文句は言えない。

 だが、それでもカイリは自分に出来ることはしておきたかった。


 出来ないことが多いからこそ、自分に出来ることをきちんと実行したい。


 先程フランツにも訴えたが、雨だって毎日降るわけではない。明日も雨だというのならば、その村の状態を見られるチャンスでもある。

 それを逃すなんて、フランツらしくない。


「フランツさんは、異常事態を直に確認する機会をみすみす逃すんですか? ……俺以外が動けたら、絶対確認する。違いますか?」

「……。それで、雨が今朝の様に強く降りしきる中。村に向かっている間にお前が発作を起こしたらどうするつもりだ?」

「え……」

「フュリー村に向かう道中は、雨をしのげる場所も極端に少ない。雨の中、どれだけ苦しかろうが、倒れようが、引き返すことも避難することも出来はしないだろう」

「それは、……あの、馬車で行くつもりで」

「馬車で行くとしても、馬車の中で苦しみ悶えることに変わりはない。そうなった場合、お前はどう動けるというのだ。道のど真ん中で這いつくばって、どうにか出来るのか?」

「……それ、は」

「……答えられないか。やはり、話にならんな。……己の分をわきまえることを少しは覚えておくと良い」


 ふいっと冷たくあしらい、フランツが背を向ける。

 厳しい現実を知らしめると同時に、その奥に、向けられる優しさが眠っているのも見えた。

 けれど、それを感じて尚、カイリの方も引くわけにはいかなかった。

 フランツの言うことにも一理はあるが、全てが正しいとも思えない。

 それに、一人で向かうわけではないのだ。



「……フランツさん、俺だけで調査に行くつもりはありません」

「……何?」

「ケントにも頼んだんです。一緒に来て欲しいって」

「――」



 口にした途端。

 フランツの空気が一気に変じた。

 今までの、厳しい中にも優しさがちらついていた圧迫感ではない。丸かった刃の先が、鋭く切り立つ様な激しさを鼻先で見せつけられる恐怖が襲った。

 かた、と一度歯が鳴る。

 だが、続けなければ。その使命感だけで、カイリは震えそうになる舌先と喉を必死に動かした。


「だ、……だから。もしも、……もしも発作が起こっても、一人じゃありません。ケントが」

「カイリ」


 一段、フランツの声が落ちた。

 びくっと、本能で震えが走る。



「――お前が所属している騎士団は、一体どこなのだ」

「――――――――」



 見下す様に、突き付けられた。

 まるで失望した、とでも言わんばかりの凍えた眼差しに、カイリは何も言えなくなる。ただひたすらに目を見開いて、凍り付いた視線を身に受けた。

 周囲で口を挟まずに見守っていたシュリア達も、少しだけ驚いた様に固まっていた。隣にいたケントも、思わずといった風に声を失っている。


「カイリ。答えろ。お前が所属している騎士団はどこだ?」

「……、第十三位です」

「そうか。第十三位か。それなのに、第一位の、しかも団長であるケント殿に真っ先に頼ったのか。依頼を受けたのは第十三位なのにな」

「――」


 指摘されて、がんっと殴られた様な衝撃が走る。同時に、ばっと割れる様に目の前が開けていく。

 フランツが何故これほどまでに怒っているのか、今更ながらに理解した。


「あ、……っ」

「この前、パーシヴァル殿やハーゲン殿、果ては王子二人と交渉した時、ケント殿達の名前を出して、頼りきりなのを反省したばかりだったな? もう忘れたか」

「い、え。……いい、え。忘れていません」

「そうか。忘れてはいなかったのに、またすぐにケント殿に頼ろうとしたのか。お前の反省とは一体何だったのだろうな」


 非難が槍の様に頭から降り注ぐ。

 本当にその通りだ。ケント親子に頼ってばかりだから、彼らに頼らずにもう少し力を付けて行こうと、少しだけフランツと話したばかりだった。

 それなのに、カイリは既にクリスやケントに頼みごとをしている。自分で自分に呆れ果てた。


「……っ。……すみません」

「謝ってどうする。頼ろうとしたことに変わりはない」

「……、……はい」

「何かあればすぐにケント殿やクリス殿。困った時の神頼みならぬ、ヴァリアーズ家頼みだな、お前は」

「……っ」

「ケント殿に頼るやり方は、お前が一番嫌っていたはずだが。……本当に簡単に頼る様になったな、お前は」

「――っ」


 軽蔑した様な響きがフランツの声に乗った。はっきりと閃く刃に、カイリはずたずたに引き裂かれていく。

 今だって、ケントの肩書や力を利用することに引け目は感じている。それは、ケントに「名前を出せ」と諭されても変わりはしない。

 それなのに、今回カイリは、村の調査に行くと決めた時に真っ先に彼に頼った。



 矛盾している。



 愕然がくぜんとした現実に、カイリは頭から叩きのめされた。

 いつから、こんなに頼り癖が付いてしまったのだろう。これでは、周囲の「第一位の団長の後ろ盾で良い気になっている」といった揶揄やゆに反論出来ない。

 しかも、カイリは第十三位の一員だ。それなのに、第十三位が依頼された調査に、第十三位と最初に開始するのではなく、第一位の団長を伴って行う。団同士が合同で捜査すると決まったならともかく、これでは日頃から癒着があると思われても仕方がない。

 フランツが呆れて失望するのも分かった気がした。

 それ以上何も言えず、カイリが泣きたい気持ちで左手で右手を握り締めていると。



「カイリの言っていることには、ちゃんと合理性がありますよ、フランツ殿」

「――」



 今まで黙って見守っていたケントが、溜息混じりに肩をすくめた。

 フランツの剣呑な眼差しなど歯牙にも掛けず、ケントは馬鹿にした様に上目遣いで刺し込む。


「貴方達は動けない。でも、カイリは動ける。任務に期限が無いからと言って、いつまでも放置しておくのでは、相手の印象も悪くなる」

「……そうかもしれませんな」

「だったら、カイリだけでも先にやれることをやっておく。カイリの言っていることは、実に計画性が高いと思うのですが。違いますか?」


 淡々と冷静に述べていくケントに、しかしフランツの周囲は益々冷気が吹き荒れた。びりっと、肌を裂かれた様な錯覚に、カイリは顔をしかめる。



「ほら、カイリが怯えていますよ。少しは殺気を引っ込めて下さい」

「……これしきで怯えるのならば、俺達を伴わずに動くなど無謀過ぎます。ケント殿、これは第十三位の問題です。口を出さないで頂けますか」

「なら、これはカイリの『友人』として忠告しますね。――貴方、本当に過保護過ぎですね。反吐へどが出ます」



 瞬間。

 ばちいっと、火花――なんて可愛らしいものではない。雷が互いに直撃した様な激しい衝撃が、場を揺るがした。「わーお」と、レインが飄々ひょうひょうと口笛を吹いたが、カイリにはそれが憎たらしい。


「カイリが弱いのなんて、みんな知っていますよ。僕だって知っています。カイリを一人で放置したら、それはもう、すぐに雨の中ぶっ倒れて、村に辿り着く前に息絶えるかもしれませんね。もしかしたら、そこをたまたま通りかかった狂信者に連れ去られちゃうかも? 無様も無様。カイリ、もう少し強くなってよ」

「……。……お前、援護する気、あるか?」

「あるよ。だから言ってるんじゃない。……そうならないために、『友人』である僕が、『休日に』付いて行くんだって」

「――」


 フランツの眉が、ぴくりと震える。

 それは、カイリ自身が考慮してケントに頼んだ口実だった。


「カイリが言っていたんですよ。僕は明日休日だから、例え見つかったとしても、一緒に遊んでいただけだと言えるって。たまたま遊んでいた場所が、たまたま調査を頼まれたフュリー村の近くだったっていうだけ。たまたまなんですから、とがめられる筋合いはないでしょう?」

「……」


 ケントの滔々とうとうした暴露に、フランツの顔がぐぬっと唸る様に歪む。

 ただの屁理屈ではあるが、第十三位の体面は保てる。カイリとしてはかなりの苦肉の策だったが、ケントは意外と評価してくれている様だと初めて知った。


「カイリは、ちゃんと考えていますよ。……それに、僕は彼の親友です。『第一位』に頼んだのではなく、『親友』の僕に頼んだんだ。他の騎士団に頼むのとは訳が違う」

「……、それは」

「友人もコネもいない他の騎士団に頼んだら、それこそカイリはどこの騎士団に所属しているんだって話になりますけどね。僕なら、話は変わってくる。……?」


 やれやれ、とケントが芝居がかった素振そぶりで両手を上げる。どこか馬鹿にした様な口調に、フランツの額に青筋が走った。カイリは、内心で挑発は止めて欲しいと懇願してしまう。

 だが、そこはケント。全く空気を読まない彼は、見事に挑発し続けた。



「これは、他が信用出来ないからって、他者との交流を断ち続けた貴方達の責任です。カイリ自身が結んだ縁に、ケチつけないでくれますか。不愉快です」

「――――――――」



 一瞬、フランツの目が大きく見開かれた。

 血走った様な形相に、カイリは咄嗟とっさに首を振ろうとする。

 だが、ケントが肩を掴んで止めてきた。駄目だよ、と声なく笑うその顔には妙な迫力があって、口をつぐんでしまう。



「謹慎食らっている貴方達は、はっきり言って今の時点では役立たずでしょう。だったら、大人しく見守っていて下さい」

「っ、……ケント」

「カイリが弱いのは事実ですが、現時点では、フランツ殿。動けない貴方達が一番の役立たずです。自分を棚に上げて叱るのはお門違いだと認めたらどうですか」

「――っ! ケント! やめてくれ!」

「カイリ。でも」

「謹慎を食らったのは、俺のせいだっ。……俺が、弱かったから。俺が、油断したから。……フランツさん達は、俺を助けたために謹慎しているんだ。だから、もう……っ」



 謹慎を食らった事実を、彼らのせいみたいに語らないで欲しい。



 ささやく様な声は、ケントにはきちんと届いた様だ。甘いな、と眉尻が弱った様に下がったが、すぐにケントは首を横に振った。


「……分かったよ。カイリは本当、甘いんだから」

「甘いとかじゃない。本当に」

「分かった分かった。……じゃあね、カイリ。明日、迎えに来るから。朝はちゃんと食べるんだよ」


 ひらっと手を振って、ケントが降参と合図を示してくる。

 切り替えの早さは流石と言うべきか。余韻を全く引かせない話のぶった切り方に、カイリは何とか首を振る。


「……、……ああ」

「弁当は、カイリの分も母さんに作ってもらうから。どうせ、フランツ殿達――少なくともフランツ殿は、カイリが役立たずで足手まといで、第十三位の仲間でもないとか思っちゃったみたいだから。弁当なんて用意しませんよね」

「……っ」


 最後のケントの一言に、カイリは深くえぐられた。



 第十三位の仲間ではない。



 そんな風に思われてしまったことに、カイリは泣きたくなるほど苦しくなった。胸がどくどくと血が流れ出る様に痛んで、息をするのも苦痛になる。

 じゃあね、とケントが去って行くのを、カイリは慌てて見送った。

 フランツ達は誰も動かない。カイリしか見送れる人がいなかった。


「……カイリ。あんまり、自分を責めないでね」

「……、ああ。ありがとう」


 玄関で、ぽんっとケントに頭を撫でられた。包容力を見せつける温もりに、彼は年上なのだなと、こんな時に思わされる。

 実際は、年齢のせいだけではないだろう。カイリは村でぬくぬくと守られながら育ってきた。経験値が絶対的に不足している。

 頼りない。弱い。それは疑いようもない事実だ。



 フランツがカイリのことを信用出来ないのも、仕方がない。分かっている。



 けれど。



〝ケント殿に頼るやり方は、お前が一番嫌っていたはずだが。……本当に簡単に頼る様になったな、お前は〟



 軽蔑された。



 その事実が、カイリの胸をえぐって止まらない。気を抜いたら、ぼろっと何かが目から零れ落ちそうだ。

 ケントを見送った後、のろのろと全員が集まっている食堂に戻ると。



 フランツの姿が、無かった。



「……、あの。フランツ、さんは?」

「あー、……自室戻ったぞ、多分」



 淡々とした声と表情だが、わずかにレインの目に気の毒そうな色が混じる。彼にまで憐れまれるとなると、重症だ。

 カイリは頭を下げて、フランツの部屋に向かう。

 一瞬だけ躊躇ってしまったが、決意をこめてノックをした。もう一度、きちんと話がしたい。その願いだけで、カイリは扉を叩いた。

 けれど。



 返事は、無かった。



「フランツさん。……フランツさん」



 呼びかけても、ノックをしても、何も反応は無かった。

 ドアノブに触れても、がちゃがちゃっと無情に拒絶の音が鳴り響くだけ。部屋に入ることも出来ない。



 完全に拒絶された。



 その事実がまた、カイリの胸に穴を開ける。もういっそトドメを刺して欲しいとさえ願った。

 分かっている。

 今回、フランツの言ったことは正しい。カイリの失態だった。

 この任務を受けたのは、第十三位だ。いくら村が窮地に陥っているからといって、フランツ達を置き去りにして先にケントやクリスに相談するべきではなかった。

 二人にお願いすることになるとしても、まずは真っ先にフランツ達第十三位に相談し、それから改めて二人に、団長であるフランツと共に頭を下げるべきだったのだ。



 順番を、逆にしてしまった。



 考えが足りなさ過ぎて、己を踏み付けたくなる。頭に血が上って、そんな簡単なことにさえ気付けなくなっていた。

 フランツに呆れられ、嫌われたって仕方がない。

 だが、それでも請う。愚かなことなのに、さもしく彼の存在を願う。


「……フランツさん」


 もう一度だけ、すがる様にカイリは指先で扉に触れる。

 けれど、反応は全く無かった。


 風呂に入り、寝る前に訪ねてもそれは同じで。

 カイリは、夜よりも真っ暗な闇に塗り潰される様な痛みと共に一夜を明かした。


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