世界の鎮魂歌【ばんか】は、俺が歌う! -拝啓、無能がお好きな皆様へー

和泉ユウキ

主よ、どうぞお聞き下さい。ここからあなたを讃えます

プロローグ



 ――生きている間に、少しでも逃げずに向き合っていれば。結果は、変わっていたのだろうか。



 思えば、何てもったいない人生だったのだろう。

 遠いアルバムを開く様に、カイリは死に行く意識の中で過去を見る。



「カイリ。お前は、本当にあの大学を受ける気があるのか?」



 高校模試の判定結果を、たまに会える父親に機械の如く渡すのが習慣だった。

 だが、会話らしものなど何もない。一瞥いちべつしただけで父に突っ返され、そこで話は終わる。

 いつも朝早くに出て、夜遅くに帰ってくる母とも特に会話が無かった。顔を合わせることもまれだった。

 たまに両親と顔を合わせても、互いに何も言わずにすれ違う。


 そんな日々を淡々と、死んだ様な目で繰り返すだけだった。


 両親と冷め切った生活をこなしつつ、小学校の時にある事件で孤立したのを境にずっと勉強漬けだった。

 習い事もせず塾だけに通い、同級生と遊ぶことも断り続け、ひたすらに勉学に邁進まいしんし続ける日々だった。

 別に、夢があったわけではない。やりたいことがあったわけでもない。

 父が医者で、母が裁判官。

 きっと、どちらかの職業を目指すのだろう。

 だから、特に疑問を抱くことも無く、自分は机に向かい続けた。



 だが、中学校を卒業し、高校に進学してしばらく経ってから、自分の成績は思う様に上がらなくなっていった。



 そこまで高望みをしなければ、合格は確実だろう。

 しかし、自分が目指していたのは日本で最高峰さいこうほうの大学だった。



「やあ、カイリ! 今日も元気に勉強ばっかりだね! そんなものはどうでも良いから一緒に昼を食べよう!」



 暇があれば参考書を片手に黙っている自分に、何かと小学校の頃から話しかけてくる幼馴染は、同じ大学を目指していた。

 しかも、判定は合格安全圏内のA。油断さえしなければ合格間違い無しと、教師陣からも太鼓判を押されていた。

 対する自分は、C。とても微妙なラインだった。必ず滑り止めを受ける様にと念押しされたくらいだ。

 彼は勉強一筋というわけではない。遊んでいるし部活も入っていて、カイリの方がずっと勉強しているはずなのに。



 彼と話すたび、みじめだった。



 話しかけてくるたび、いつも無視同然で参考書ばかりを読んでいた。周りから、孤立している故に陰口も叩かれてストレスも溜まっていた。

 話していたら、酷い罵倒を浴びせてしまう。そう思ったから、話をしない様に心がけていた。

 だが、彼はそんなことは関係ないと言わんばかりに、べらべらべらべら飽きもせずに毎日話し続けていた。よくもまあ話題が尽きないもんだと呆れたくらいだ。結局彼に付き合って話すのも一度や二度ではなかった。


「僕さ、医者になりたいんだよ」


 前に気まぐれに夢を聞いてしまったカイリに、彼はあっけらかんと打ち明けてきた。

 色々理由も聞いたが、そんなことはどうでも良かった。


 A判定。


 それだけで彼は夢に一歩近付く。

 自分は、崖っぷちで今にも落ちそうなのに。

 それだけが自分の全てで、真実だった。

 だけど。



「――カイリっ!!」



 彼があんな風に血相を変えて叫んでいるのを見た時、初めてカイリは後悔した。








 突っ込んでくる車。宙に舞う体。遠のいていく意識。


 ――ああ、これでやっと。


 そう思いながら目を閉じたのが、カイリが持つ記憶の最後だった。








 ――そんな風に、自分は十八年という短い生涯を閉じた。


 はず、だったのだが。


「――」


 ぱちっと唐突に開けた視界に、カイリは戸惑いを覚えた。

 見える天井。思う様に動かない体。自分を覗き込む見知らぬ若い男性と女性。



 ――あれ、自分は死んだはずでは。



 だが、こうして何故か生きている。気がする。

 今までの記憶とごちゃ混ぜになり、カイリは思わず叫んでいた。

 ――が。



「あうーっ! ……!? ばうーっ!?」



 言葉では無かった。



 むしろ、うめき。いや、これは本当に自分の言葉なのか。カイリはあまりに酷い己の叫びに慌てた。

 だが。


「あらあ、カイリ。ご機嫌ねー。母さんですよー」

「俺は父さんだぞー!」

「ばぶっ!? あーっ!」

「ははは、こんなに元気にしゃべって……この子は将来大物になるぞー!」

「そうねえ、さすが私たちの子……!」


 驚きで叫ぶカイリに、推定己の両親――というより、今両親だと知った――は「元気だなー」とほがらかに笑っている。それをカイリが認識出来ることにも更に驚いた。

 だが、今までの人生の記憶はあるのに、言語機能が発達していないおかげで「ばぶー」だの「あうー」だの間抜けなうめきしか出せなかった。恐らく赤ん坊だからだろうと、混乱しながらも冷静に分析する。

 しかし。


 ――これは、まさか。


 気付いて、カイリはこの異常事態を徐々に悟っていく。それと同時に、体の奥底から歓喜が燃える様に湧き上がってくるのを感じ取った。


「ティアナ。ありがとう、この子を産んでくれて」

「カーティスったら……」


 甘ったるい二人の世界に入った自分の両親に、カイリは呆れた。なので、両手を振ってぽかぽか殴――るには遠すぎたので一生懸命振ってみた。

 だが、その呆れたツッコミの手は「あらあら、元気ねえ」「元気に育ってくれれば何も言うことは無いな」とにこやかに流されてしまったので、取りえず落ち着くことにする。仲が良いのは悪いことではない。

 そう、まずは己の状態の確認だ。


 カイリには、赤ん坊になる前――つまり前世の記憶がある。

 しかも、ここは日本ではない様だ。

 その証拠に、視界の端で剣や盾が木造の壁に立てかけてある。

 天井に吊るされているのもランプだ。電気ではない。

 つまり。

 これは。



 ――異世界ってやつじゃあないか。



 なけなしの知識を総動員し、とうとう湧き上がる喜びを抑えきれなくなった。

 カイリは読書はしていたが、いわゆる『ラノベ』という類のものを読んではいなかった。

 だが、しょっちゅう話しかけてくる幼馴染は読んでいたらしく、周囲も馬鹿でかい声で騒いでいたから単語の知識だけはある。


 その中に確か、異世界転生というジャンルがあったはずだ。


 異世界転生は、人生半ばで死んでしまった平凡な学生や社会人が、女神や神の力を借りてチート能力というのを大量に授かり、転生した世界で思う存分自由にハーレムを作る。または最強剣士や魔法使い、果てには国王になるなどやりたい放題する話だという。

 チート能力というのがどういうものかは知らないが、チートの意味は知っている。



 チートとは、『ズル』や『いかさま』、更には『不正』という意味だ。



 後は、コンピューターで言う不正ツールを使ってプログラムを改造する、という内容もチートという単語を使うはずだ。

 つまり、これを人に当てはめるのであれば、常人には気付かれないほどに、上手くズルをする力を授かるということだろう。賭け事をする時に物凄くいかさまが上手い人間がいるが、要するにそういう手品師みたいなものになるということで間違いないはずだ。



 手品師。良い響きだ。何よりカッコ良い感じがする。



 もしかして、魔法とかに分類される炎とかを出せたりするのだろうか。そんな風にカイリは赤ん坊だということも忘れてわくわくした。

 しかもその異世界転生というのは、高確率で前世の記憶を持っているらしい。

 つまり。前世の記憶を持っている自分は、この『異世界転生』とやらの条件にぴったり当てはまっているというわけだ。



 これは、期待をするしかない。



 まさか、架空の世界な上に所詮は夢物語のはずだった世界が、実際に存在したのだ。

 その上、自分は生まれ立ての赤ん坊なのに、もう両親の言葉を理解している。前の記憶の『日本語』では無いが、それでも理解出来るのはきっと『チート能力』とやらの一つなのだろう。大方、翻訳ほんやく機能と言うものに違いない。


 勉強をし続けても最高峰に上り詰められなかった自分。

 幼馴染に惨めな感情を抱く自分。

 両親に素っ気なくされてうつむく自分。



 だが、そんな暮らしとも、もうおさらばだ。



 今から自分は、この異世界で思う存分チートな能力を活用し、第二の人生をやり直す。

 異世界転生万歳。チート能力万歳。

 前世の記憶を残してくれた神様に感謝しよう。


 きっとこれから、カイリには素晴らしい人生が待っているに違いない。


「ばーっぶううううううううっ!!」

「おお! 大きな声だ!」

「素敵ね、カイリ!」


 あーっはっはっはっはっは、と赤ちゃん語で高笑いしながら、カイリは己が頭角を現すのを待った。

 待って、待って、待ち続けた。

 そして。






 そんな風にこの世界に生を受け、もう少しで十六年が経とうとしているが。






「カイリおにいちゃーん! あっそべー!」

「いや、遊ばないぞ。俺はこれから剣の稽古けいこをするんだからな」

「へっへーん。けーこしたって、ぜんっぜん強くならないじゃん! カイリ、村で一番よわいしな!」

「ぐうっ!?」

「ぼくでもかてるぞー! おにいちゃん、ごさいにまけてるー!」

「うぐうっ!?」

「そんなことより、わたしとあそびましょ! 大きくなったら、かわいいおくさんになってあげるわ!」

「お、おくさ……、……そ、そうか。ありがとう。……はあ……っ」



 そう。もうすぐ成人。十六歳になろうというのに。



 ――何で俺、五歳にすら剣術で負けるくらい、何にも才能無いんだろうなあ。



 チート能力など欠片かけらも発揮されず。

 前世で得た知識も、何も役に立たないまま。


 前世と同じ名前を授かったカイリは、ひたすら村の子供達に追いかけ回される日々を送っていたのだった。


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