第7話 褒美

 

  「暇だなぁ……」

  「やめてください、魔王様。毎日それ言ってるせいでリアちゃんにも口癖移っちゃったんですよ?」

  「急に理不尽だな、おい」


  玉座の間……ではなく今日は通路で魔王と幹部であるブラッディの会話が響き渡る。

  ここ、魔王城第1通路は魔王の僕が1番多く行き交う場所である。が、今は魔王とブラッディの2人だけである。なぜなら……


  「お、おい魔王様だぞ、しかも隣で一緒に歩いているのはブラッディ様だ……!」

  「おい、もっと声を抑えろ……!魔王様だぞ?!」

  「いやだって、普段玉座の間から出ない……」

  「それを言うな!黙ってろ!」


  部下たちは魔王様のただならぬ気配を感じ、通路の影に身を隠していた。魔族は影の中に入り、姿を消すことができるという特性を持っている。だが、


  (聞こえてるんだよなぁ……)


  魔王にはその特性すらも無効化にしてしまう。流石魔王と言ったところだろう。部下たちもそれは分かっているのかもしれないが、隠れずにはいられないほどに威圧を感じてしまっているのだろう。

  しかし、魔王は頭の後ろに手を組み、のほほんと歩いていた。完全に部下たちの先入観によるものだ。

  すると、ブラッディは思い出したかのように話しだす。

  「そういえば、魔王様。なんで玉座の間から出て来てるんですか?いつもはあそこでニートしてるのに」

  「お前、部下たちの声聞こえてたよな、絶対?!聞こえてなかったとしたら逆に凄いんだけど?!」

  「なんの事ですか?」

  「まじか……!」


  ブラッディのポカンとした顔に驚く魔王。ヴァンパイアには影の者の声は聞こえてないようだ。何十年も一緒に居たが、まだ知らないことがあったようだ。


  「今日はお前に褒美をやろうと思ってな」

  「ほうび〜?」

  「そんな顰めっ面しなくても良いだろ?!疑ってるのか?」

  「だって私、普段から任務や修行をサボり気味だから褒美なんてもらう理由がないんですよー、そりゃ褒美という名の罰が来そうって疑っちゃいますよ」

  「自分でサボってるって思ってるなら世話ねぇな、これからは真面目にやれ!」

  「ぁいて?!」


  ブラッディは魔王から魔力入りチョップを頭頂部に喰らい、その場で頭を抑えながらうずくまっていた。

  ただのチョップではヴァンパイアには効かないと考えたのだろう。


  「それより褒美の事だが、『血』に関することだ」

  「ぃてて……血ですか?」

  「あぁ、確かお前は他者の血を飲むと一時的にそいつの力が使えるんだったよな?」

  「はい、でも魔王様の血ではダメですけど……」

  「まぁな、だから暴走しなくて済むんだがな」


  ブラッディはヴァンパイアだ。故に他者の血を飲む。これは人が食事をするという生理現象と同じことだ。

  しかし、ブラッディの場合他者の血を飲むと自動的に、そう望んでなかったとしてもその他者の特性を一時的に扱うことが出来る。能力をコピーできるのだ。この能力がブラッディが幹部に所属した理由の一つと言える。しかし、このコピーという能力は強い故にそれ相応の代償がある。


  「その能力が自分の身体と合わないと暴走する、んだよな?」

  「はい……」

  「あの時は、確かアイラの血を飲んで勝手にドラゴンになって城を半壊したんだっけか。いやぁ懐かしいなぁ。あのおかげでいくら俺でも時間魔法を使わざるを得ない状況だったな」

  「す、すみません……」

  「別に嫌味で言ったわけじゃないからな?!だからそんな暗い顔するなって!」


  強力な魔法を放つと自分の身体に強い痛みが走るというよくありがちな代償と同様に、ブラッディの能力も血を飲み能力をコピーしても、自分の身体に適してない能力ならばその能力が発生しても、上手く扱えず暴走してしまうという代償がある。


  「今回はその暴走を無くすためにお前に褒美をやろうって、考えたんだよ!」

  「えっ!」

 

  ブラッディは沈んだ顔から魔王の言葉を聞いた瞬間、満開な笑顔を見せる。よっぽど暴走し、城を破壊した時の罪悪感を感じていたのだろう。


  「こっちだ」

  「はい!」


  ブラッディはすっかり元気を取り戻し、スタスタと魔王の横を歩く。


  (血あげるのしんどい、なんて言えるわけないし。まぁ、だから俺へのご褒美でもあるんだけどね……)


  ブラッディは一日一回魔王の血を飲む、大量に。

  流石に魔王は血を作り出す魔法は知らないので、いつも飲まれた後、顔がヴァンパイア顔負けの真っ青な顔になるんだとか。

  魔王は内にある気持ちを言い出せるわけもなく、ブラッディを褒美がある部屋に連れて行くのであった。


 ---


  「これだ!」

  「おぉぉおぉ……おぉ?」

  「……何か分かってないだろ?」

  「……はい」

  「『血製造機』だろ!少し見れば分かるだろ!あの真ん中のタンクの中にある赤い液体を見れば!」

  「おぉ!ほんとだ!」


  使われてない広い一室にあるものを設置した。それは血の入ったタンクにチューブが繋がっており、近くには排出量を調整できるパネルがあったりと、とにかくメカメカしい。


  「『血製造機』なんてそのまますぎませんかね?魔王様」

  「おぉ、来てたのかギルダー」

  「「……げっ!」」


  ブラッディとギルダーは顔を見合わせると、ものすごい不機嫌な顔になった。

  実はギルダーはブラッディの兄なのだ。ブラッディが戦闘派に対して、兄は頭脳派。考えが相容れないため目が合えば喧嘩が必然なのだ。


  「魔王様!どうしてここにこんな脳内おメカだらけなヤツがいるんですか!聞いてないですよ!」

  「そっちは脳筋野郎じゃないか。相変わらず騒がしいヤツだな」

  「2人とも知り合いなのか?」

  「「兄妹です」」

  「まじか」


  魔王はポストに投函されていた履歴書を見て、ギルダーを採用した。魔王軍は頭脳派の者が少ないので即採用したのだ。ブラッディは魔王が拾ったので履歴書がないため、ブラッディ住所を知らなかった。そのため同じ住所だと知らなかったのだ。


  「あの時決着を……と言いたいところだがとにかくこれを飲め」

  「……?」


  ブラッディはギルダーからコップに入った血を手渡された。透明のコップの底から血を覗き込んだりと、警戒しているようだ。


  「……美味しいの?」

  「知るか。それを試飲してもらうために呼んだのだ」

 

  そしてギルダーはかけていたメガネをくいっと上げ、

 

  「まぁ、美味いに決まってるがな」

 

  と、自信ありげに言い放つ。


  「なんかウザい、その顔。やめてくれない?」

  「いいから飲め!」


  まだ少し疑っているのか、中々飲み出せないブラッディ。しかし、魔王が肩にポンと手を置く。


  「大丈夫だ。俺が保証する。ギルダーはもう俺の僕なのだからな」

  「は、はい」


  ブラッディは目を瞑り、一気に血を飲み干す。

  すると、大きく目を剥く。


  「どうした?!大丈夫なのか?」


  魔王は動揺する。が、ギルダーは動揺せずメガネを抑えたまま黙っていた。


  「……美味しい。身体に変化ない……!」

  「当然だ。この俺が作ったからな」

  「おぉ!ギルダー、ナイス!今度褒美をやろう!」

  「有り難きお言葉」


  そう言って、魔王に深々と礼をする。ギルダーほ魔王に対する忠誠心はどうやら本物のようだ。


  「ほら、妹よ。何か言う事は無いのか?ん?」

  「よくやった」

  「んだとぉ……?」


  額に青筋が浮かびあがる。妹に偉そうな態度を取られたのだ。腹が立って当然だ。だが、


  「あ、ここではブラッディの方が立場は全然上だからね?なんせ幹部だから」

  「そういうこと」

  「な……んだと……?」


  ありえない、といった顔をしその場で崩れるギルダー。

  血縁上では上でも、仕事場の階級が下という屈辱を味わったギルダーであった。


  「魔王様!ありがとうこざいます!」

  「喜んでもらえて何より!これで、任務に支障は出ないな!」

  「はい!……って、え?」

  「はい、任務行ってこーい!」

  「そんなぁあ!」


  今日も魔王城は賑やかであった。

 

 

 

 

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