第2話 やる事

 

  「暇だなぁ……」


  今日も魔王は口癖のようにこの言葉を吐き出し、玉座の間にある自らダサいと罵る椅子に眠た気な顔をしながら鎮座していた。

 

  「今日も勇者来なかったなぁ。何してんの?聖剣抜いたんならそこら辺のモンスターぐらいちょちょいのちょいだろうに」


  宿敵の心配をしてしまう。これはもう重症だろう。それほどに勇者は来ない、ということなのだろう。


  「俺も魔王になって100年かぁ……。先代が勇者に殺されちゃったせいで、息子の俺が魔王になるっていうのはまぁ、納得できるけどさぁ」


  そう、先代魔王。現魔王の父は勇者との激闘の末に亡くなった。死に際、いや消滅際はそれはもう鮮やかな立ち姿だった。聖剣に胸を貫かれてなお魔王らしき笑みを絶やさなかった。現魔王はそんな父に憧れた。

 だが、


  「勇者が来ないんじゃあ、どうしようもねぇよなぁ」


  肘をつき顔を拳の上に乗せているその姿はまさしく魔王なのだが、近くで見れば腑抜けた顔をしており、今にも寝そうな表情だ。


  「魔王になる前の方がやる事多かったなぁ。てか、魔王になる前は忙しすぎた。ブラックだよ、あんなの!」


  昔の事を思い出し、目が冴えたようだ。


  「睡眠時間6時間。起床後すぐに城の周りの警備を5時間、城の罠の確認に5時間、城の掃除に10時間ってブラックどころの騒ぎじゃねぇよ!今更だけど!!」


  魔王の怒りの叫びが誰もいない玉座の間に響き渡る。

  今は、睡眠時間を8時間、仕事時間を12時間、休憩時間を2時間にし、短期集中型に切り替えた。そのおかげで城は安全を保っている。


  「親父はどういう頭をしてりゃあんなスケジュールにできるんだよ。しかも、息子の俺にも容赦なく仕事させるし。まぁ、そのおかげで魔王になれたんだけど」


  魔王は畏怖されるべき存在。だが同時に僕から尊敬されるべき存在なのだ。下働きをこなしてきた現魔王は地道に成果を上げていき幹部に就き、そして魔王になった。

  つまり、信頼の上での魔王になったということだ。決して息子だからというわけではなく、だ。


  「暇な時には忙しい方が良いと言い、忙しい時は暇な方が良いと言う、か。親父がそんな事言ってたなぁ。でもそれにしても暇すぎる。いつまで独り言してりゃいいんだか」


  他の僕たちは全員仕事中だ。どうやら幹部たちも今は忙しいようだ。

  勇者が来ない間、勇者に対抗するべく幹部達は修行をしている。


  「俺も修行しよっかなぁ」


  そう言い立ち上がると、すぐ近くの階段を降り広い空間の中央に立ち止まり、構える。

  1つ深呼吸をし、拳を後ろに下げ、


  「はっ!!」


  と拳を前に突き出したその瞬間、目の前の扉はおろかその先の廊下、またその先の扉、またその先の廊下……と魔王が放った正拳突きは悉くそれらを破壊してしまった。目の前には外の世界が広がっていた。

  これが魔王の力。圧倒的な力。人智の域を超えている。それもそうだろう、何故なら魔王なのだから。


  「…………」

  「「魔王様!!」」


  轟音が城中に響き渡ったのだろう。すぐに魔王の元に駆けつけた幹部達3人だが、シャリー以外の2人は顎が外れそうなほどに口を開いて唖然としていた。

  シャリーは無言のまま立っていた。


  「ちょっとやりすぎちゃった。テヘペロ☆」

  「「「…………」」」


  幹部達から言葉は出てこなかった。


  「ごめんよぉ!皆修行してるんだろうなって思ったら俺も修行したくなっちゃってそしたらこうなっちゃった」

  「なんで修行したらこうなるんですか!」


  先に気を取り戻し、ツッコミを入れるアイラ。

  普段は鮮やかな空色の髪を下ろし眼鏡をかけた真面目そうな娘なのだが、一度戦場に赴けば誰もが恐れるドラゴンに変身し戦場を蹂躙するドラゴン娘だ。


  「いやだって、……魔王だから?」

  「くっ、否定できないところが難点!」

 

  魔王の返しにアイラは頭を抱えてしまう。

 

  「魔王様、魔王様は修行しなくとも私たちが束になっても敵わないぐらい強いお方です。なので、修行しなくても良いのですよ?」

  「暇だったんだもん!」

  「そんな理由で城を破壊されても困ります!」

  「暇じゃないからそんなこと言えるんだい!俺の下で働いて忙しいと感じることを幸せだと思え!」

  「魔王様の下で働けるのは最高の幸せなんですが」

  「え、あ、ほんと?まじ?照れるなぁ……。てかそこはなんかツッコミを入れろよ!」

  「あの、魔王様」


  すると、先ほどまで唖然としていたブラッディがこちらの方に駆け寄ってくる。

  ブラッディはヴァンパイアである。普通吸血鬼は夜行性なのだが、ブラッディは多少なら昼にでも行動できる。


  「どうした?ブラッディ」

  「昨日は調子乗って、ゲームやろうとか言い出してすみませんでした。これからは決してあのような無礼は働かないのでどうか、どうか命だけは……!」


  そんなことをぶるぶると震えながら土下座をかましてきた。


  「いや自分の僕を殺すやついるかよ!大丈夫だから顔上げて!……ってちょっと力強すぎね?全然顔上がんないんだけど」

  「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません」

  「逆にいつも通りにしないと怒るぞ」

  「魔王様〜!ゲームしよ♡」

  「お前、ある意味すげーな」


  今日も魔王城の中はこのように騒がしかったのだった。勇者は来ないが。

 

 

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