F・ゲイリー・グレイ『ストレイト・アウタ・コンプトン』
ロサンゼルスに隣接する都市コンプトンで、やんちゃなギャングたちがヒップホップを始める。そこから成り上がる……と、スジとしては実にシンプルな話だ。そして、私たちは後に「N.W.A.」と呼ばれるだろう彼らが成功を収めることを知っている。つまりハッピー・エンドはあらかじめ分かっているわけだ。だけれどもこの映画は面白い。「王道のサクセス・ストーリーか」と問われれば「『ある意味では』そうだ」と答える。この上ないサクセス・ストーリー……しかし、この映画はそんな単純なプロットの収斂に納まらないものを備えていると思う。
単純に整理してしまうと、この映画で体現されている N.W.A. ないしはアイス・キューブ、ドクター・ドレーによるヒップホップがつまらなくなってしまう。やはり味わうべきはそのダイナミズムだろう。やわな/頭でっかちな監督には撮れない生々しさがこちらも黙らざるを得ない迫力で伝わって来る。
N.W.A. が結成された80年代は、例えば流れて来るティアーズ・フォー・フィアーズ「ルール・ザ・ワールド」に代表されるような毒にも薬にもならないポップソング/ロック・ミュージックが中心を占めていた時代であった。このあたりの音楽シーンの退屈さを掘り下げて描いていないところが弱いといえば弱いが、しかしそんな貧弱な白人中心の音楽シーンに一石を投じたのが N.W.A. であることは言を俟たない。アフロ・アメリカンとして、かつ貧困層に属する人間から見えるリアルを――ドラッグや暴力沙汰を――吠えるように告発する彼らの姿はリアルだ。
特に、この映画で特筆すべきは警察たちの悪党ぶりだろう。警察官たちは必ずしも白人だけではない。アフロ・アメリカンたちも時に警察官として主人公であるイージー・Eやアイス・キューブたちの前に立ちはだかる。差別に加担するマイノリティの姿を描写することも N.W.A. たちは恐れない。結果として生まれるのは生々しい「SHIT」だ。
ヒップホップを知らない? もちろん構わない。むしろ、この映画はメインストリームのヒップホップ「だけ」を聴いてヒップホップを理解した「つもり」になっている人たちこそ観るべきだと思う。もちろんメインストリームのヒップホップも良いものはある。だが、原石として参照されるべきが N.W.A. が生み出した音楽であることをこの機会に思い知るのも良い体験ではないだろうか。この映画からヒップホップを学び、メインストリームのヒップホップを捉え直すこと。それもまた重要な作業となるだろう。私は不勉強にしてヒップホップはあまり詳しくないのだけれど。
この映画は犬が多用される。あるいは女性が。逞しい犬たちや半裸の女性たちがこの映画では頻出する。これもまた見逃せないポイントだ。そういう体躯/肢体のエロティシズムや生々しさがこの映画をなおも生々しいものとして描き出すことに貢献していると思う。貧弱な疑似ジャーナリズム映画に見られない美点だと思われる。
そんなところだろうか。二度目の鑑賞になるのだけれど、一度目に観た時は感想がまとまらなかった。今回もいつもにも増して感想らしきものは書けそうにない。それは、この映画が言語化されることを拒む要素から出来上がっているからだろう。イージー・Eやアイス・キューブのライムやドクター・ドレーのグルーヴが生み出す生々しいヒップホップと同等のものを、私は感想文として書けるだろうか。到底そんなことは出来ない。私に書けるのはこういう貧弱な感想文だけだ。相変わらずお粗末な自分自身を恥じてしまう。
この映画は男たちの絆を描いていると思う。音楽産業の闇を映し出していて(むろん、それは悪くいえばありがちな「闇」ではあるのだが)、しかしその闇を超えて理屈にならない、コンプトンから出発した(「ストレイト・アウタ・コンプトン」)男たちの絆を描いている。だから喧嘩がありディスりあって解散した N.W.A. の再結成が感動的なものとして感じ取れるのだ。しかしその成功はとある出来事によって水泡に帰する。そこまでネタを割る度胸はないので慎むが、なかなか感動的なラストだと思わされた。この映画で綴られる死者たちを追悼するためにも N.W.A. のヒップホップは聴かれなければならない。
この映画を観て思ったことはひとつ。それは、どれだけ拙くても言いたいことは言えばいい、ということだ。そういうわけで、感想として纏められる自信がないこの映画のレヴューを書いてみたくさせられて、それで書いてみた。『ストレイト・アウタ・コンプトン』、なかなか侮れない映画だと思わされた。F・ゲイリー・グレイはこの作品を切っ掛けに知った監督なのだけれど、他にも色々興味深い映画をプロデュースしているようで、観てみるのが楽しみだ。最後に、亡くなったあの男に対してリスペクトを捧げつつこの文章を〆ることにする。
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