北野武『キッズ・リターン』
『キッズ・リターン』を観た。これで何度目の鑑賞になるか分からないのだけれど、観る度に発見がある映画であるように感じられた。例えば、有名なラスト・シーンの台詞。「俺たちもう終わっちゃったのかな」「バカヤロー、まだ始まっちゃいねえよ!」。この言葉を、一時期は希望を描いた台詞と受け取っていたことがある。だが、観直してみて、そうでもないのかもしれないな、と思ったこともある。今回はどうだったか。ストーリーを粗略しよう。
シンプルな、力強いストーリーだ。マサルとシンジという高校生の不良コンビが居る。マサルはシンジの兄貴分で、つるんでは悪さをしている。カツアゲをしたり、授業を妨害したり、先生の新車に火をつけたり。彼らは、カツアゲをした相手の知り合いに仕返しをされる。パンチで殴られたのだ。ボクサーだと睨んだマサルは、復讐のためにジムに入門する。ところが、才覚を表したのはシンジの方だった。マサルはボクシングを諦め、ヤクザになる。彼らはそれぞれの道を歩み始める……。
ネタを割ってしまうと、シンジはボクサーとして成長する。だが、そこでハヤシというロートルのボクサーに唆される。禁じられている酒と煙草を薦めるのだ。強い奴はなにをやっても強いんだから、と。シンジはボクサーとして負け知らず。誘惑に呑まれてダーティな行為に手を染める。マサルはヤクザとして全身に刺青を入れて頭角を表すが、生意気な言動が反感を買う。つまり、この映画はふたりの「挫折」を描いているのだ。
今回の鑑賞で、私はシンジのキャラクターに注目した。シンジは情けないキャラだ。マサルが居なければ、独りではやんちゃもなにも出来ない。学生時代はマサルについて回れば良かったのだが、ボクサーの世界では自分自身を厳しく自己管理することを強いられる。孤独であることを強いられるわけだ。だが、シンジは――連戦連勝で自分自身が強いと過信してしまったこともあったろうが――ハヤシについて行く。金魚のフン……と言うと残酷に過ぎるかもしれないが、そんな少年なのだ。
さて、ふたりは生意気さが祟って自滅/挫折する。そして彼らが卒業した高校に帰って来る(「キッズ・リターン」!)。校庭を学生時代のように自転車で当て所もなく走りながら、彼らは高校生たちを挑発する。ここで、私はとある点に気づいた。それは、学生たちを挑発するのがシンジである、ということだ。教室に届くように、「おーいバカ、勉強してるかー!」と叫ぶのだ。ここに私は、シンジの成長を見て取った。彼はマサル抜きでもやっていけるようになった、あるいはマサルの金魚のフンではなくなった……そう思ったのだ。そう思うと、彼は挫折を通して成長したのか、と唸らされる。
とまあ、今回の鑑賞ではこんなことを考えてしまった。ちなみに、コンディションが悪かった時はラストのフレーズに絶望を感じてしまった。「バカヤロー、まだ始まっちゃいねえよ」……この言葉は、彼らのふてぶてしさを感じさせる言葉である。失敗/挫折に懲りず、これからもバカをやっていくんだろうな、とこちらを微笑ませる。
だが、現実的に考えて欲しい。今よりもずっと新卒採用で就職というプレッシャーが厳しかった時代の映画である。ボクサーとして潰れたシンジに、あるいはヤクザとして鼻をへし折られたマサルに、どんな未来があるというのか? そう考えると、彼らはもう「NO FUTURE」なのだ。だからこう叫ぶしかなかったのだ、と受け取れる。そう思い、この台詞の二重の意味に北野武の哲学を読み取ったような気がしたことを思い出す。
今回の鑑賞ではしかし、やはりこの台詞は希望なのではないかと思わされた。この映画でマサルとシンジと並走するように、ふたつの物語が語られることに留意したい。ひとつは、どんなことがあっても挫けずに漫才を高校時代から続けて来たコンビ。彼らは観客を笑わせる存在としてささやかながら成功する。幾度とない挫折を乗り越えてめげずに、懲りずにやって来た彼らは幸せを掴むのだ。
そしてもうひとつは、とある名もなき青年の話。彼は喫茶店のウェイトレスに告るが願いは叶えられない。秤を扱う会社に就職するが、そこでも上司から厳しく叱咤されタクシー運転手に転身する。だが、そこでも巧く行かない。追い詰められた彼は、事故か自殺か分からないが、車ごと破滅してしまう。交通事故に遭うわけだ。これは、挫折にめげてしまった男の末路としても読み取れないだろうか。めげてしまったからこそのバッドエンド、というわけだ。
だが、シンジとマサルはそんな破滅という末路を辿らないのではないかという奇妙な確信を今回の鑑賞で感じた。いや、辿るかもしれないが、彼らは己の内に「バカを貫く」というポリシーを備えている。学生時代のやんちゃさを学校に帰って来ることで取り戻した、そんなエンディングとも受け取れるのだ。そう考えると『キッズ・リターン』という言葉の意味も見えて来るように思う。「キッズ」とはバカを貫く根性のことであり、その精神を蘇らせた。だから「まだ始まっちゃいねえよ」というわけだ。深読みが過ぎるだろうか?
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