ケン・ローチ『わたしは、ダニエル・ブレイク』

パルム・ドールを受賞したことで話題となった是枝裕和『万引き家族』について、こんな意見があると憤っていたツイートを読んだことがある。そのツイートによれば、『万引き家族』では登場人物が貧窮で困っているが、カップラーメンを食べている、これは矛盾している、とという意見が存在するというのだ。自炊して料理をした方が遥かに安くつくからであり、本当の貧乏人はそうしている、と。


私が読んだのはその『万引き家族』批判者に対する批判的なツイートだった。ので、そんな意見が本当に存在するのかソースは示せない。だが、もしこの『万引き家族』批判が本当に存在するのだとしたら、浅はかだと言わざるを得ない。自炊は調理用具を必要とするし、光熱費も発生する。もちろん、ある意味ではお金よりも大事な時間/手間を必要とする。そこまでのコストを支払ってまで自炊するメリットより、カップラーメンを作るメリットを選ぶのは至極リアル、というものだろう。私自身貧乏な身分なので(失礼!)、その『万引き家族』批判には同意しない。


とまあマクラはこれくらいにして。『わたしは、ダニエル・ブレイク』を久々に観直した。これはイギリスの名匠であるケン・ローチが奇しくも2016年にパルム・ドールを獲ったという作品なのだけれど、改めてこの作品の凄味を感じさせられた。ケン・ローチは分かっている。是枝裕和と同じく、真の市井の人々の暮らしを見ている、と思わされたのだ。ケン・ローチといえば世界的な監督だが、ここまでリアルな生活を見ているその観察眼には唸らされる(もっとも、脚本を書いたのはポール・ラヴァーティという人物らしいが)。


スジは簡単だ。ダニエル・ブレイクという人物が居る。元大工の彼は心臓に持病を抱えており働けない。だが、医療施設では彼は働けると言われる。しかし働こうとするも役所ではカフカの小説さながら盥回しにさせられた挙げ句、彼がネットを使って履歴書を書く能力もなにもないことを無視した対応を迫る。働こうと思ったらもちろん仕事が要る。でも、持病を抱えており働けない。しかし持病は問題ないと言われ、それでは働く……となると様々な手続きを(場合によっては「仕事を専門家に止められている」という証明まで!)しないといけない。そこにケイティという、ふたりの子どもを連れたシングルマザーと出会う……というのが主な内容だ。


この映画で留意したいことは BGM が(エンディングを除いて)流されないことだ。もちろんこれは意図的なものだろう。料理しようとすれば幾らでも美味しい素材になり得るストーリーだ。役所の官僚的な対応をスラップスティックに茶化しても良いし、あるいは貧困のどん底で暮らすダニエル・ブレイクとケイティの心温まる物語、としても描ける。しかし、そんな扇情的な方法をケン・ローチは使わない。ひたすらひょこひょこと歩くダニエル・ブレイクの姿を映し――ケン・ローチの映画に慣れたものならむしろ懐かしさすら感じるかも知れないが――なにもかもドキュメンタリー・タッチに料理してみせる。


だから、この映画は事実をそのままトレースしたもの、という印象を与えるのだ。つまり、劇的ではない分逆にリアルである、と。例えばケイティが食うに困ってダニエル・ブレイクに連れられてフードバンクに行く場面を見てみよう。そこでは行列が出来ている。皆貧しいのだ。ロンドンから舞台となる町に引っ越して来たばかりのケイティは、それまで溜めていた感情を吐き出すようにフードバンクで渡された缶詰をそのまま開け、食べようとしてしまう。ひもじい思いをしていたのだ(この時、フードバンクに生理用品が寄付されていないことを描くケン・ローチは流石だ)。


これもまた、劇的に BGM を流すなり煽るようなカメラワークを使うなりして美味しく料理出来る場面/素材だろう。だが、ケン・ローチは公共放送のドキュメンタリーさながら、誰の顔にもクローズアップせず事態を映し出す。つまり、ケン・ローチにとってはこのフードバンクに居る人々もまた――もちろん全員モブだが――重要な登場人物なのだ、と語っている印象を受ける。この手腕にやられてしまった。これを地味に過ぎると捉えるか、それとも私のように迫真に迫った描写と受け取るか?


ストーリーの結末を明かすことはしない。だが、ケン・ローチが良かれ悪しかれリアリストである、ということを卒然と示すエンディングである、とは書いておいても良いだろう。こちらに言い知れない余韻をもたらす、しかし「胸糞」「バッドエンド」と安直に片づけるのも躊躇われる、そんな感想の消費を許さないエンディングである、と。貧困のどん底でも、ダニエル・ブレイクの言葉を使えば「追い風」として人々はお互いを支え合い、困っている中いたわりあう。


ダニエル・ブレイクの言葉……と書いていて、普段映画を観ていても台詞なんてまず覚えない自分が、しかし頭に刻み込んでしまった彼の台詞/フレーズがふたつある。ひとつは日本語字幕の「尊厳を失ったら終わりだ」という言葉。もうひとつは、これは力強く響いたのだが、「Be Yourself」という言葉だ。熟達したミュージシャンのアンプラグド演奏のように、ムダもなくスキもなくこちらに問い掛けてくる映画からそうしたメッセージを受け取ったのは、幸か不幸か。

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