マーク・ウェブ『gifted/ギフテッド』
なかなか難しい映画だと思った。悪い映画ではない。駄作、などではない。ただ、そこまで推すべきものでもないように思われたのだ。観る価値がない、とは言わない。ただ、同じような題材ならもっと手堅いアプローチのものを撮れるのではないか、というのが鑑賞後の率直な感想だった。
「ギフテッド」という言葉にピンと来ない人はそれなりに居るのかもしれないが、例えばこの言葉を「発達障害」に置き換えてみると日本でもリアリティを増す話として受け取れるのではないだろうか。わずか七歳にして数学に天才的な才能を秘めた女の子メアリーをめぐって語られるこの映画は、決して海の向こうだけの現象ではないことを私たちに教えてくれる。日本でも遠からずこの映画で観られたような現象が日常茶飯事になることだろう。
メアリーは、フロリダの小さな町で元准教授のフランクと一緒に暮している。彼らの生活は質素なもので、ゴキブリが出て来るようなアパートで片目の猫フレッドとその日その日を円満に楽しんでいる。だがメアリーは七歳になり、学校に行くように強いられる。メアリーは数学で抜きん出た才能を発揮し教師を驚かせる。「ギフテッド」の彼女に相応しい教育を受けさせようとする周囲を拒み、フランクはメアリーと一緒に暮らす。そこにメアリーの祖母のイヴリンが現れる……というのがスジである。
メアリーのキャラクターが良い。拗ねたところがあって、でもやさぐれてはいない。正義感があって、ユーモアのセンスもある。そして賢いけれど、イヤミなところがない。この微妙なフレイヴァーの持ち主を演じるのはスタッフにとっても本人にとっても難しかっただろう。その意味では子役のマッケナ・グレイスの頑張り/奮闘は素晴らしい。彼女は後々良い女優になれるのではないか。賢いけれど憎めない役、というのは高い知性を必要とするからだ。
逆に言えば、彼女のその佇まいが輝き過ぎている感も否めない。他のキャラクター、例えば『よつばと!』を地で行くような生活をしている叔父のフランク(ちなみにメアリーはフランクのことを「フランク!」と平気で呼び捨てにする)のダメ男ぶり、そしてそんな彼に何故か惹かれてしまう女教師、口は悪いが憎めないベビーシッター的存在のアフロ・アメリカン女性、等など「イイ味」を出しているキャラクターは確実に存在するのだが、彼らの存在感が何処か空々しく感じられるようにも思われる。子役が光り過ぎて大人の輝きが失せてしまう、というのはなんだか皮肉なものだ。
この映画は、途中からフランクとイヴリンのどちらに親権があるかを巡った法廷劇として展開されて行く。だからこの映画は色んな角度から切り取ることが可能だ。ダメ男と輝く子役の物語(例えば、セオドア・メルフィ『ヴィンセントが教えてくれたこと』のような映画にも似た話)、あるいはそのダメ男と女性のちょいワルな映画。アフロ・アメリカンと白人の対立も隠し味として盛り込まれていて、ポリコレの視点から色々語ることも出来るだろう。このあたりも優等生的でスキがない映画だ。
それを別の言い方で言ってしまえば、「どの角度から観れば良いのかハッキリしない映画」ということになるだろう。折角美味しい子役を与えられたのだから、彼女のチャーミングな演技をもっと観せてデーハーに引っ張るなり、法廷劇として展開するのならもっとスリリングに持って行くなりやり方はあったのではないか。五目寿司にも似て、ヴァラエティに富んで飽きさせない内容となっているがここぞという推しの一手に欠ける残念な映画、という印象を抱いた。
それにしても、メアリーの存在のなんと現代的なことだろう。私自身「ギフテッド」として扱われて――メアリーのような英才教育こそ受けなかったものの――チヤホヤされたり生きづらい思いをしたことがあるので、メアリーにとってなにが本当の幸せなのか分からないものだな、と思わされた。メアリー/マッケナ・グレイスにこの役柄以上の台詞や演技を覚え込ませるのは無茶だと思うので、そこはもう少し他の人物ももっとイイ味を出して欲しかったところだ。
あるいは、メアリーを残して死んだダイアンの存在を際立たせても良かったかもしれない。十億人にひとり、と言われる脳の持ち主であったとさえ語られる彼女の自殺をもっと悲劇的に描くなり、そこまではしなくともせめてもう少し掘り下げた描写があっても良かったのではないかと思うのだ。ダイアンとメアリーの関係、ダイアンがメアリーをどう愛していたか、イヴリンがダイアンの死にどれほど胸を痛めたか……そのあたりの描写が色濃くないのがもどかしいところだ。
とまあ、ないものねだりは続いてしまうのだが観て損はない映画だと思う。この映画で語られた問題は、くどいが日本でも似たような「発達障害者」の問題として到来して来ているように思う。秀でた才能がある場合、それを伸ばして退屈な人生を、あるいは普通を学ばないで生きる人生を歩ませるか。もしくは普通の人たちと一緒に生きられる逞しい子どもに育てるべきか。どっちが良いかなんて誰にも分からないだろう。だが、このトピックから避けて通るわけにはいかない。そんな無視し得ない問題を照射したという意味では、観応えを感じる。
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