パク・チャヌク『お嬢さん』

見事な三部構成を成しているな、と思った。正直に言えば第一部はかったるくて観ていられなかったのだけれど、終わりに「?」となってしまい、そこから第二部が始まるあたりから尻上がりに面白く感じられたのである。サラ・ウォーターズによる原作は未読なのでなんとも言えないのだけれど、良質なミステリ作家である彼女の作品を戦時中の韓国・日本に移して良く出来ているな、と思わされた。


「幽閉」という言葉がある。もちろん、何処かに閉じ込められることを意味している。この映画では登場人物は皆(全員とは言わないが、ほぼ全ての人が)閉じ込められている。例えば第一部では登場人物は精神病院に「幽閉」されるわけだし、第二部ではとある家に「幽閉」された女性の悲しき物語が幕を開ける。そしてそこでは地下室の存在が示される。第三部では実際にそこにとある人物が「幽閉」される。


この映画は日本に住む者としては、なかなか見過ごせないものがある。パク・チャヌクの映画は『イノセント・ガーデン』程度しか観ていなかった。ここで無知がバレるのだが、『イノセント・ガーデン』があまり面白いものだとは思えなかったので『お嬢さん』もそんなに期待して観たわけではなかったのだが、結果としては充分に満喫することが出来たと思う。むろん、この映画で描かれる日本は韓国人であるパク・チャヌクを通した日本なので、歪んでいる。その歪みがなかなかシュールに感じられて無視し得ないものとなっていると思われたのだ。


この映画では性が明け透けに描かれる。あまり下品な言葉を使うのは趣味ではないのだが、作中では性器の名称もセックスの描写もあからさまに露呈される。私たちがタブーとしているものがあられもなく語られ、こちらをクラクラさせる。取り分け女性同士のエロスの描かれ方と言ったらどうだろう。百合もしくはレズビアンを描いた映画として、しかし下品/ダーティになることなく成立しているのは奇蹟のように感じられる。


誰に感情移入して観るかがキモだろう。この映画は第一部・第二部・第三部がそれぞれ別の視点から描かれる。あるストーリーがある人物の視点から描かれ、次には別の人物の視点から同じ事実が描かれる。多面的な、キマイラのような映画だ。それはつまり、ある人物にとっては自然/天然な素振りのように感じられた行い/出来事が別の人物にとっては計算ずくの事柄であったことが分かることを意味する。その仕掛けられた謎/トリックが、こちらを酔わせるのである。


第一部では、「お嬢さん」の結婚が描かれる。彼女はしかし、侍女(ちなみにこの映画のタイトルも「The Handmaiden」、つまり「侍女」だ)と一緒に日本に行くことを願う。「お嬢さん」は侍女と危うい関係を結ぶ。これが同性愛だ。こうして奇妙な三角関係が出来上がる。「お嬢さん」と男、そして侍女。その同性愛は、これはネタを割っても良いだろうが「お嬢さん」が侍女を精神病院に「幽閉」させることで幕を閉じられる。侍女を愛している「お嬢さん」の裏切り。ここで「?」が出来上がる。


第二部ではその「お嬢さん」の真実が描かれる。無垢なように見えた「お嬢さん」が如何に狡猾な存在であったか。そして、如何に大胆な存在であることか。彼女は計算高く、男を出し抜き「幽閉」する家から逃げ出そうと試みる。それはつまり、彼女を閉じ込めている――「幽閉」している――韓国から逃げ出すことを意味するだろう。日本へ。そこで新しい自分に変わってやり直そうと試みる。そこで切り捨てられた侍女だが、しかし「お嬢さん」は彼女に対して意外な一面を見せる。だからスジはダイスを転がすように二転・三転する。


裏切り、そして計画の露呈……こういう狡猾さ、全てが計算ずくで成り立っているというところから、私はこの映画を観てデヴィッド・フィンチャー『ゴーン・ガール』を想起してしまった。イノセントに見えた「お嬢さん」がサイコパス並みに狡猾な存在であることに、『ゴーン・ガール』の女性の姿を想起してしまったのだ。考えてみればこの『お嬢さん』もかなりイヤミスな作品なので、原作を読んでみるのも面白いかもしれない。


それにしてもこの映画の日本の描かれ方、そして性の描かれ方にはクラクラする。むろん、かなりグロテスクに誇張された日本や性交の描かれ方が施されているので、あたかもプロテインかなにかで増強された、あるいはシリコンで補強された女体を見せつけられているかのようなシュールさがある。イマジネーションが過剰に暴走し、それが無理矢理立体化/現実化されたような歪さがあるのだ。日本人としてこの映画は「反日」と見做すべきか、もっと上品にエドワード・サイードを引いて「オリエンタリズム」を指弾すべきか。考えてみるのも面白いだろう。


私自身の韓国映画に対する教養が足りないせいで、例えばポン・ジュノやナ・ホンジンなどの同時代の韓国映画の作家たちの作品との比較対照は出来なかった。その意味で片手落ちな文章になってしまったが、この映画の旨味は伝えられたのではないかと思う。

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