フェデリコ・フェリーニ『道』

ジェルソミーナという少女がある日、一万リラと引き換えにザンパノという男に身柄を引き取られて、流浪の旅に出ることになる……というのが大まかなスジだ。言わばロード・ムーヴィーであると言えるだろう。


私は基本的に映画においてスジの話しか出来ないので、この映画についてもカメラワークのこととか、美術的にどう美しかったのかということまでは語れない。だからそんな私なりの観方に基づいた話をしたいのだけれど、私はこの映画を観て「フェミニストがどうこの作品を見るのだろうか?」と思ってしまったのだった。ということはつまり私は(自覚はしているが)フェミニストではない、ということになる。


ありふれた SF などの設定で、知的な面では空っぽ/無垢なのに肉体は生育しているという女性像が描かれることがある。要するに男にとって都合の良い存在としての女を描いている、という批判だ。この批判はむろん真っ当であると思う。だが、と思う。もし逆だったら? 男の方が空っぽ/無垢で肉体は生育していて、女の方が知的な面において(相対的に、であるとしても)優れている場合はどうなるだろうか? と『道』を観ていて思ったのである。


ザンパノの横暴さに辟易しながら序盤は観ていたのだけれど、サーカス団に引き込まれて彼ら/彼女たちがいつしか腐れ縁的な関係を結んでしまっていることに気づかされるあたりから面白くなって来た。それは私たちがいつの間にか彼らに同情して観られるようになったことを意味するし、もしくは彼ら自身が事務的な関係だったのが離れられない身になってしまったことを理解することをも意味するのだが、そういう関係がフェリーニの手によって説得的に描かれていたように感じられたのだ。


頓珍漢なことをもっと書こう。この映画において私は『じゃりン子チエ』を連想しながら鑑賞を続けていた。肉体的にはマッチョなのだけれど脳が空っぽで、暴力を振るう存在として傍迷惑なテツ/ザンパノと、彼よりかは幾分か知的に優れていてコケットリーな魅力をふんだんに振り撒くチエ/ジェルソミーナの関係を思い浮かべたのである。むろんテツとチエは親子で、ザンパノとジェルソミーナの関係は夫婦である。そこに重大な相違はある。それについて論じるとまた長くなるので語らないが、そういう相似を見出したことは重要なことだと思うのだ。


私は、この映画をジェルソミーナが主人公の映画として捉えていた(ついでに恥を晒せば、ジェルソミーナが「女性」であることすら理解せずにこの映画に触れてしまったのだ!)。だからザンパノの暴力沙汰に振り回されるジェルソミーナに苛立ちさえ感じていた。そんな男からとっとと逃げろ、と……だが、観ていくにつれてこの映画はザンパノの映画なのかもしれないな、とも思わされた。オチまで観てしまってそれは文字通り当たっていたことが分かるのだが、どんなオチなのかはもちろん書かない。


不器用で、渡世においてトラブルメーカー/鼻つまみ者として扱われるしかないザンパノの姿に、私は観ていて哀愁をすら感じてしまうようになった。彼の佇まいを単なる悪役/悪漢として捉えて、ジェルソミーナが不幸な女性/ヒロインであると捉える観方ももちろん出来るし、実はそれが正解なのかもしれない。ザンパノにいたぶられるばかりで、なにも出来ないジェルソミーナ……だが、ザンパノをからかう場面、ザンパノに合わせて微笑む場面の重要さを、そうした一面的な観方をしてしまえば見落とすことになるだろう。その意味ではなかなか食えない映画だ。


セックスはもちろんキスすら交わすことがない――むろん、それは時代の要請だが――彼らの関係は、例えば僧院で寝泊まりした際に銀のペンダントを盗もうとザンパノが試みる場面で現れている。ザンパノはむろん、ジェルソミーナにプレゼントしたくて盗みたかったに違いない。ザンパノはしかし、そんな盗みが自分の太い腕では叶わないことを知ると、あろうことかジェルソミーナに盗むよう頼むのだ! この不器用さはどうだろう。そう思うとますますザンパノの姿に哀愁を感じてしまう。


ジェルソミーナは、芸を仕込まれるがそれはトランペットを吹くとか太鼓を叩くとか「誰でも出来る」ような芸ばかりだ。だが、そんなジェルソミーナをお調子者が「アザミ顔のブス」とからかいつつも、励ます場面がある。小石にだって存在する役割/価値はある……と。この場面があるから、この映画において重要なふたつの死のうちのひとつであるそのお調子者の死が際立って来るのだろうと思う。


カメラワークは生々しい。躍動感がたっぷりあって、迫力(それこそ汗の匂いまで漂って来るかのような臨場感)もある。これもまた時代の要請なのだろう。原始的/プリミティヴなのだけれど、それが良い味を出している。これが 21 世紀の映画なら実現することは出来なかったはずだ。時流の流れに呑み込まれなかっただけの名作である、ということは知ることが出来た。

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