是枝裕和『ワンダフルライフ』
いずれ訪れる「死」を、どのように受け留めたら良いのだろうか。あるいは、残された者たちはどのようにして生きていったら良いのだろうか。『ワンダフルライフ』を鑑賞し終えて考えたのはそんなことだった。通して観るのはこれが三度目なのだけれど、なかなか侮れない強度を孕んだ作品だと思ったのである。
月曜日に物語は始まる。二十人ほどの死者たちが集う。彼らは施設で面接を受ける。死者たちは、自分たちが死んでいること、この施設がこの世のものではないこと、これから一番記憶に残っている甘美な思い出はなになのかを水曜日が終わるまでにひとつ決めるように告げられる。その甘美な思い出は残りの日、つまり週末に映画化されて公開される。それを観ることで彼らはそういった甘美な思い出と一緒に、永遠に生きることが出来る……というのがこの映画のプロットだ。
一週間の由来は知らないのだが、日曜日が兎も角も「安息日」であることは頷ける。そう考えるとこの一週間は私たちの日常を、あるいは私たちの人生をそのまま模倣していることが見えて来る。私たちは人生の月曜日に生まれ、働き、そして生き抜いて週末の休暇を老後として過ごす。そして安息日である日曜日に永遠の休息、つまり「死」を迎える。ライフサイクルとこの映画の一週間はシンクロするものとして繋がるのだ。
ところで、映画館で――むろん、今ではパソコンやスマホやタブレットでも映画は観られるわけだが、原則として「映画館」では――基本的に映画は暗闇の中で観られる。この作品でも彼らは自分たちが作り上げた自主制作映画めいた作品を暗闇の中で観る。それはつまり、葬礼を模倣しては居ないだろうか。つまりこの映画は、いやそもそも映画を観ることそれ自体は、「死」を疑似体験して戻って来ることなのではないか、と思ったのである。このあたり、一条真也『死を乗り越える映画ガイド』という面白い本がある。
この映画における本当の「死」は、こう考えてみると「安息日」である日曜日に、「死」を体験するしかない施設である映画館/試写室で(と、考えてみれば映画館がマナーに煩い場所であることの意味も見えて来る。私たちは映画を観ることを、葬礼のように見做し荘厳だと考えているのだ)体感されるものであることが見えて来る。この作品が映画作りを語り、映画内映画をテーマにして自己言及していることは偶然ではない。「死」のメタファーとして映画はたち現れるのだ。
映像についても見ていこう。なかなか面白く感じられたのは、カメラが人物の顔をまともに捉えるショットが幾つもあったこと。これは小津的であるとも言えるだろう。実際、過去のこの作品に対する思い出を振り返ってみても「小津だな」というくらいの印象しか抱かなかった。それ以外の要素を忘れてしまっていたのである。だが、この映画を改めて丁寧に観れば結構ドキュメンタリータッチであることに気づき驚かされる。むろん、是枝裕和はドキュメンタリーの制作から映画を作り始めた人物であることは言うまでもない。
前半は小津的なショットが目立つが、後半の冬の枯れた自然が雪景色に変わるあたりの美しさ――だが、それは近年の『万引き家族』と比べるとまだまだ粗さが目立つが――は決して単純に整理出来るものではない。また、これも私の悪い癖でついついスジの話になってしまうのだけれどこの映画はさり気なく登場人物たちの心の傷をも捉えていることに気づく。恋人と死に別れた主人公、そして父親に愛されなかったらしい女性、名を変えて夜逃げを繰り返したと語る男……この映画では登場人物たちはしばしば単純な嘘をつくが、その嘘を通して彼らの本性が透けて見える。
「嘘から本性が見える」と書くと矛盾しているかもしれないが、フロイトを待つまでもなく嘘とは本音を隠すための拙い言い繕い、矛盾に他ならない。言い繕いのクセから人はその本音を暴き、そして指弾する(あるいは褒める)。嘘のクセがその人の本性を見せる、というのはそういう意味である。
と同時に、この映画は記憶について語った映画でもあると言える。記憶とは、体感した事実に基づくものであると考えられている。だが、その事実は(これもまたフロイト的になるが)隠蔽された真実をそのまま保存させるために捏造された、ないしは加工されたものである可能性もある。その隠された真実を暴くために登場人物は己と向き合う。それはそのまま「死」と向き合うこととそっくりだ。この映画が何処かマルセル・プルースト『失われた時を求めて』と似ているように感じられるのも偶然ではない……と書けば悪ノリが過ぎるだろうか。
雪景色の中、最後に登場人物が雪だるまを作ろうとする場面がある。あるいは即席で結成された楽団が音楽を奏でる場面。それらは児戯にも似て切ない。その切なさがこの映画になんとも言いようのないスパイスを加えていると思われる。またしても難しい映画を見てしまった、と唸らされた。
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