第4章 いざ、尋常に
訪問・参りましょうぞ
第37話 躊躇
「愛してますよ……ねえ、聞こえてますか?」
「う……ぬわ、ああ」
「僕の愛の囁きでうなされるとは失礼な人ですね。呪いますよ」
「……う、んん?」
朝、目が覚めたらユウが不服そうな顔で覗き込んでいた。なんだか良からぬ夢を見ていたような気がする。額に汗をかいていた。
「おはよ」
「……おはようございます」
「なんか怒ってる?」
「なんでも」
ユウの監禁は私の無抵抗もあってわずか一日で終了した。ユウ曰くああいうのは被害者に緊張感がないと燃えないものらしい。「また今度」などと不穏な一言を残して解放されたのだった。
そして一週間が過ぎて今日は土曜の朝。弟に件の話をしてこれから弟とその彼女の二人と会う予定になっている。
姉も誘ったのだけど「忙しい」と断られてしまった。本当かは別として。
「今日は何を着ていきます? あ、これ着てください」
「
私がのそのそと起き上がるのと同時にユウから服を手渡される。特に着たい服もなければ断っても後が面倒になるだけなのでとりあえず従う。
白いニットに黒が基調の花柄ロングスカート……こんなのいつ買ったんだろう、記憶ないなあ。
着てみると思ったよりもニットのサイズがぴったりで、体のラインが目立ってしまって恥ずかしい。
「ネックレスはどれにします?」
「ねえまた無断で服買った?」
「この金色のやつ良いですね、可愛らしいのちゃんと持ってるじゃないですか」
「聞いてくれ」
返事をしないということは肯定か。じろじろ睨む私をよそにユウはやれやれと首を振った。
「嫌ですねえ、この間のセールの時に買ったんじゃないですか」
「そうだっけ……?」
「まあ僕が買い物かごにねじ込んだんですけど」
「……気付かなかった」
「隠し通しましたし」
「なん……だと……」
どうして会計するときに気がつかなかったんだろう。久しぶりのセールだったので買い込みすぎて紛れてしまったのだろうか。
これからは会計したあとのレシートもちゃんとチェックしようと心に決めた。
まあとりあえず過ぎてしまったことはしょうがない。私はこれ以上責めるのはやめることにする。
「朝食はトーストで良いですよね」
「ありがと」
「……」
「?」
さっきからユウがそわそわしている、そんな気がした。
やっていることはいつもと同じなのだけど、なんだか忙しない。そして何かを言いたそうに口を開きかけては目を反らしてやめる。これを数回繰り返されてはさすがの私もスルーはできない。
「どうかした?」
「へっえ、あ。なんです?」
「いつも以上に挙動不審だから」
返答からもうすでに怪しさ満点だ。私があからさまに顔をしかめると、観念したのかユウはため息をついた。
「……なかなか、あきらめられなくて」
「あきらめ?」
「ダメですねえ、もう決めたはずだったんですけど」
話がつながらない。ユウが一体何の話をしているのか全然分からないけれど、その表情は真剣そのものだった。
適当な返事はしてはいけない、そう感じた。
「愛してますよ、奈々子さん」
「え? ああ、うん」
「ほら、もうすぐ時間になってしまいますよ。早く支度しないと」
それなのに、私が何を言おうか迷っているうちにユウはもう話を終わらせてしまった。時計をみると確かにもうのんびりしている時間はない。もどかしい。
「――に……」
「何か言った?」
「いえ、なにも」
急いでトーストを口の中に押し込んで飲み込んだ。隣にジャムがあったけど付けるのは忘れた。
それから流れるように
「なんか今日は変だよ、いつもおかしいけど」
「失礼ですね……僕、今日はここで待ってますよ」
「ええっ!?」
いつもならそんなこと天地がひっくり返っても言うはずがない。本当に一体どうしたというのか。
思わずUターンしてユウに詰め寄ると、力ない苦笑をされた。私は靴を履いて、ユウは外に出ず一段上で立っているのでいつも以上の身長差で見上げる首が痛い。
「なんでよ、ユウらしくない」
「僕にだってそんな日はあります」
「……啓太の彼女に、なにかあるの?」
先日弟が見せてきた写真には、弟と彼女が仲むつまじく写っていた。誰がどう見ても微笑ましいカップルの写真だったけど、あの時ユウだけは反応が違った。彼女を見て青ざめていたのだ。……特に追求はしなかったけど気付いてはいた。
どう考えても原因はそこだけど、ユウは往生際が悪い。また目を反らされた。
「僕に記憶は、ないですけど」
「まあ思い出しても無理に言わなくても良いよ。でも一緒に行こ」
「いいんですか?」
「離れたら私のこと見失っちゃうんじゃなかったの?」
ユウはもごもご口を動かしながら「いえそこじゃなくて」とかなんとか呟いていた。らちが明かないので無視無視。
「それに。帰ってきたら成仏していなくなってた、なんて嫌じゃない? 私のことは束縛するのにユウは勝手に離れちゃうんだ?」
「な、奈々子さん……」
相思相愛、もとい共依存。おかしな愛情を注がれ続けていたせいで私もおかしくなってしまったらしい。
「そう、そうですよね! 僕、貴女が死ぬまで取り憑きます! 絶対離れません!」
「はいはい」
せっかく自由になれたかもしれない選択肢を捨ててしまった。でも後悔はない。
嬉しそうにぐるぐると絡みつくユウに苦笑しながら、いつも通りの展開に安心している。私はようやく家から一歩を踏み出したのだった。
まだ一日は始まったばかりである。
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