第36話 愛染
テレビ禁止、ケータイ禁止、自由行動禁止。そして拘束された体。
これらが導きだす答えはひとつ。
「ものっすごくヒマなんだけど……」
ユウは私の両腕を縛った後、さらに両足首まで縛りあげてしまった。さすがに耐えられず文句を垂れたらちょっと嬉しそうな顔をされた。拒否されたくないくせに反抗はされたいのか……真性の変態め。
おかげで立派な芋虫状態で布団に転がる羽目になってしまった。
今私にできることといえば家事をするユウをアホ面で眺めることだけ。でもそのユウも脱衣所から出てこないのでここからじゃ見えない。
今日は天気が良くないし、洗濯物を浴室乾燥でもしてるのかな。
「録り溜めした番組観たい……」
「ダメですよ。お待たせしました」
自然と漏れたぼやきを一蹴しながらユウが戻ってきた。その表情はご機嫌そのもので、床に腰をおろしベッドに両ひじをつけて至近距離で顔を覗き込まれた。
「足は解いてほしいんだけどなあ」
「貴女にはそのくらいの拘束がちょうど良さそうですね」
困ったな。二回目に両腕を縛られた時、余裕の態度をとるべきじゃなかった。
両足首をしっかり固定されると座ることも難しい。ベッドに腰かけるのだって労力が要る。
「やること無さすぎて死にそう」
「本当に死んでみます?」
「遠慮します」
「僕はこうして貴女を眺めてるだけで楽しいのに」
私はまったく楽しくない。リップ音を立てながらキスされて、さらに私の眉間にしわがよる。
「残念ですねえ。僕が生身の人間だったら奈々子さんを退屈させないんですけど」
「……」
「目一杯気持ち良くさせてあげますよ?」
「聞いてないんだから答えなくてよろしい」
「あは、真っ赤になってますよ」
意地の悪いくすくす笑いに腹が立っても反撃することができない。あ、でも普通の時でもできなかったな。幽霊だった。
私はもぞもぞと体を動かしてなんとか起き上がった。そしてベッドから足を下ろして腰かける。そのままよいしょと立ち上がった。
意外と立てるものだ。
「えっちょっと奈々子さん何してるんですか!」
「歩く」
「その状態で転んだら顔面からいくの分かってます? 僕は助けられないですよ」
「……じゃあ座りながら歩く」
「えええ……」
休みの日はずっと寝ていたいと思っていた。それはいつも願っていることだ。
でもこれは違う。寝づらい体勢で寝転がることを強制されて、常に監視されて心は休まらない。どう考えてもこんな中でぐっすり眠れるわけがない。
でも思っていた以上にこの体勢はバランスが取りづらい。ゆっくり腰を下ろそうと屈んだ所で足がすべった。
「だって……っぐ!」
ドタン! 重力に逆らえずそのまま床に尻餅をついてしまった。腰に電撃のような衝撃が走る。
「痛っああ」
「ああ……だから言ったのに」
まだ顔面じゃなかったのでマシだったかもしれない。けれど腰の痛みは引かずにビリビリと私を苛む。
どうしてこんな目に合わなければならないんだ。理不尽さと痛みで半泣きになりながらうずくまった。
「泣くほど痛いんですか? えっと……」
「だい、じょぶ。骨はやってないと、思う、ひ」
「そんな歯をくいしばって言われても……本当に大丈夫ですか?」
どうしたらいいのか分からないという風にユウはおろおろしながら辺りを見回していた。私の視界は涙でぼやけてしまっているのでよく見えない。けれどユウが何かを引き寄せて私の足首に引っかけたのは感触で分かった。
ほどなくして足首の拘束が解けたらしく、風通しが良くなった。
私の腰の痛みもだんだんと引いてきたので安心する。一大事にならなくて良かったと小さくため息をついた。
「縛るのあきらめてくれた?」
「貴女は危なっかしすぎます。僕が犯す前にキズモノになったら大変でしょう」
「その余計な一言でお礼を言いたくなくなるんだよなあ」
うずくまるのをやめて顔を上げると、いつの間にかユウが抱きついていたらしい。後ろから包み込むように覆い被さっていた。
「お礼を言うのはおかしいと思いますが」
「言われてみればそうだね」
「ふふ、飼い慣らされてますねえ」
抱きつかれたまま、後ろからリップ音が聞こえてくる。よく分からないけど良からぬ場所に違いない。首筋か、うなじか、背中か。見えないので細かな位置は把握できなかった。
「そんなに従順だとむしろ心配なんですけど、僕から逃げたいとは思わないんですか?」
「でもどうせ逃げられないからなあ」
「……もし」
そこで一旦ユウは話を区切って深呼吸をした。心なしかその呼吸音が震えているように聞こえる。
「もしも完全に逃げ切れるとしたら、やっぱり貴女は逃げてしまうんですかね」
なんで急にそんな事を言い出すんだろう。今日のユウはいつも以上に不安定らしい。
茶化そうかと思ったけどユウは真剣だった。声のトーンが低い。
私はユウの問いの答えを考えてみる。万全の準備をして条件が整い、策に絶対の自信があったとしても……
「私はきっと、ユウが捕まえられなくなるほど遠くまで逃げないと思うよ」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味です」
毒されてきたなあ。長期間毒にさらされ続けて私の感覚は麻痺しているんだと思う。
それは致死量ぎりぎりの、舌先がしびれるくらいの甘い毒に違いない。
ユウはようやく意味を理解したようで、無邪気に笑ってうなずいた。
「僕、奈々子さんとずっと一緒にいたいです」
「できるかなあ」
「ええ、きっと。貴女が僕を嫌わなければね」
「まあ、じゃあ大丈夫かな」
「良かった……これで安心できます」
もしかしたら明日目が覚めたらユウはいなくなっているかもしれない。この世界に未練も怨みもなく、甘い気持ちのまま成仏してしまうこともあり得る。
でも、だからこそ。今はこの関係を続けようと、私から離れることもないだろうと思っていた。どうやら私は完全にほだされてしまったようだ。
……その後何かの拍子で玄関の方をチラ見したとき、鎖や紐でぐるぐるに封じられている狂気じみた玄関扉に戦慄したのは内緒の話。
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