深夜・甘やかしてしまった
第23話 相思
午前零時。十一月も終わりになると夜は刺すような冷たい空気が辺りを包む。私は仰向けになって布団に潜りながらぼんやりと考えごとをしていた。
ユウ曰く、眠っているのと寝たふりをしているのは眼球の動きですぐ分かるらしい。こうして目を閉じているすぐ真上でユウの楽しそうな声が聞こえた。
「さっきのこと、まだ気にしているんですか」
図星だった。観念してゆっくり目を開ける。
私に覆い被さって至近距離で見つめていたユウがにっこりと笑った。思わず眉をしかめる。
さっきのこととは、寝る直前に来た弟からのメッセージのことだ。相談があると言い、週末に姉と三人で会う約束をしたのだ。
弟が自分たちに相談を持ち込むのは珍しい。そしてどこか落ち着きがないような態度に私たちは首をかしげたのだった。
「早く寝ないと明日に響きますよ」
「うん……」
まあそうだよなあ。今から心配してもどうしようもない。目を閉じて何も考えないようにしなきゃ。
寝返りを打ってうずくまると、自然と力が抜けた。……それなのに。
ちゅ、とすぐ耳元でリップ音が聞こえてきた。
「ねえ」
「なんですか」
「寝かせる気ないでしょ」
「何を言うんですか。これはおやすみの」
「腹立って目が冴えた」
「あんまりですねえ」
ありったけの力で睨んでもまるで効果がないようだった。やれやれと首を振るその顔はにやけている。
さらに何か言ってやろうと口を開いた瞬間、またユウの顔が近づく。たぶん、これはキスをされている。何も感触はないけど。
押さえつけられているわけでもないのに、文句を言いかけた中途半端な体制のまま体が固まってしまった。びっくりして反応ができない。
人は驚きすぎると逆に身動きがとれなくなるらしい。
「振り払わないんですか」
「やってもムダじゃ……」
本当は驚きすぎて体が動かないだけだったのになぜか見栄を張ってしまった。私の口は冷静に動く。
「でもそうすることで意思表示はできますよ? これじゃ受け入れているのかと、」
ユウはそこで一旦言葉を区切り、目を反らしながら小さく「勘違いします」と呟いた。
この間の倉庫の一件の時もそうだった。どうやら何か思うところがあるらしい。
「なんだか最近しおらしいけど、どうしたの。後ろめたくなったの?」
「貴女なかなかひどいこと言いますね」
「もしかして」
「そんなことありません」
まだ何も言っていないのに。まあ確かに、もしかしてあきらめて成仏する気になった? と聞こうとしていたけれど。
「調子狂うなあ」
「……それは、どういう意味ですか」
「そのままの意味だけど」
私がユウに容赦のない暴言を吐けるのは、奴が頭のネジが一本外れているかのようなイカれたポジティブ思考だったからこそだ。今のようにおとなしくされるとこちらも困る。
正論を言っているはずなのに罪悪感に襲われてしまうのだから。理不尽。
「最初はさ、早々に成仏して欲しいと思ってたよ」
「……」
「でも今はちょっと楽しいよ。困ることもあるけど」
「えっ」
ユウは驚きながら私の顔をまじまじと見ていた。別に嘘はついてないってば。
「独り言は増えたけどね。だから、もう少しならここにいても良いから」
「……そうですか」
「うん」
数秒間の沈黙。そして、
「そうでしたかあ! 良かった」
「ん?」
「いやあ、押してダメなら引いてみろとはまさにこの事ですね!」
「は?」
さっきまでの悲哀の表情が嘘のように晴れやかに、それはそれは満足げな笑顔になった。
開き直るのはユウらしいと言えばそうだけど、いくらなんでも早すぎじゃないか。秒で回復したぞ。私の親切を返せ。
私の真上でご機嫌になったユウはもう一度覆い被さり抱きしめているようだ。私は金縛りにあって動けない。元気になって霊の力も強まったか。
「じゃあずっとずっと一緒にいましょうね!」
「一生とは言ってない……」
「さあ早く寝ましょう! 僕が見守ってあげますよ」
励ますんじゃなかった。そんな後悔をしてももはや後の祭り。ユウはいつもより高めの猫なで声で私にしがみついている。心の底から喜んでいるようだ。
「今はこれでいいですよ。早く恋人同士になりましょうね」
「そこまで許してない」
憎まれ口を叩きながら、けれどいつもの調子に戻った事に安堵している自分に気付いて絶望のため息をついた。
私が撒いた種だ。もう助けてなんて言えない。
やがて静かな空間に戻り、私は静かに夜のまどろみに落ちていった。
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