幽霊なのでストーカー罪は適用されません

楸白水

第1章 悪夢の始まり

初日・どうしてこうなった

第1話 衝撃


 誰か嘘だと言ってくれ。


 私は今まで非日常とは無縁の人生だった。品行方正とまではいかないが、それなりに真面目にそれなりの人生を送ってきた。

 つまり何が言いたいのかというと理解ができない。理解することを拒否している。


 呆然と立ち尽くす私に気付いたのか、はゆっくりこちらを振り返りまっすぐな目で見詰めてきた。



 ***



 会社から車で十分、途中にドラッグストアーを兼ねたスーパーが一軒。すぐそばにはコンビニが一軒と、少し道を外れてもう一軒。

 立地は完璧、ついでに家賃もお手頃で駅も近い。そんな私の理想の住居おしろを見つけたのが一ヶ月ほど前の話だ。初めての一人暮らしだったので色々手間取ってしまったけど、ようやく今日から暮らせることになったのだ。


 今まで色々あって実家暮らしだったのだが職場まで通うのは正直厳しい距離だった。通勤時間と一人暮らしにかかる費用とを天秤にかけて、数年の間は実家暮らしに甘んじていた。

 先月、貯蓄額とわずかに昇給した給与を見て「これなら生きていける!」と確信した。


 そして私は今、ドアの前に立っている。アパートの二階、203号室。これから私が暮らしていく部屋だ。はやる気持ちを抑えて深呼吸をする。興奮、期待、不安。色んな感情が渦巻いていた。

 ……これから起こる不幸など知らずに。


 鍵を開けドアノブを回す。そこには私だけの世界が広がっていた。八畳のキッチン付きの部屋が一つに、水回り用の小さな部屋が一つ。

 実家が無駄に広かったせいか、ここは秘密基地のようなミニチュアのような世界に見えた。しかしこれから荷解きをしなくてはならない段ボールが山積みになっているのを目撃して現実に戻る。思わず眉間にシワがよった。

 そうだ、昨日は荷物を運んだだけで何もしていなかった。やれやれとため息をついたその時だった。


「……は」


 ……何かいる。玄関からすぐリビングが見えるのだが、そのど真中に人が立っていた。白いシャツに黒のスキニーパンツを履いた人だ。後ろ姿だったが、恐らく男の人。


「ひっ」


 あまりの恐怖に息が止まった。ここのセキュリティは一体どうなってる!? 何のために玄関に鍵が二つもあるの?

 もしかして私はここで襲われるのか。次の日にニュースになってしまうかもしれない。色々なことが頭をよぎる中、私はあることを発見した。


 あの人、若干透けてる。

 よく見ないと分からない程度だが、確かに透けている。背後の壁が見えている。


 これは嘘だ。

 誰でも良い、嘘だと言ってくれ。

 呆然と立ち尽くす私に気付いたのか、はゆっくりこちらを振り返りまっすぐな目で私を見詰めた。そして私はぷつりと意識が途切れた。


 これが私の運の尽き、悪夢の始まりである。





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