病熱【お題:なびく】
今日も、いる。
もっと愛したかった人がこの交差点で亡くなったのは、今から半年前だ。それから毎月、月命日になるとそこに花束を手向ける男の人がいる。私は彼のことなど知りもしないが、痛みを共有してくれるなら誰でもよかった。
頑なに名前を教えてくれない彼と、月に一度だけ会って、熱にとかされた頭で何もかもを忘れる。ヒトは結局生き物だから、誰かにあいされれば過去の恋を忘れていくのだ。
柔らかいベッドで目を覚ますと、目の前で彼が微笑んでいて、私は小さく息を吐く。それを笑い声と取ったのか、彼の手はたどたどしく私の腰をなぞる。何度か食むようにくちづけて、無意識にふたりの足が白い波の下で絡んだ。あつい。頬に手を伸ばす。ここも、あつい。身体のどこもかしこも、発熱しているみたいだ。
「ねえ」
絡む視線は熱を孕んでいる。馬鹿馬鹿しいな、こんなの嘘でしかないのに。
言葉なんていらないの、ただしずかにあいしてほしいだけだから。彼の唇を噛んだら、視界の隅で眉がひそめられたのがわかった。キスは鉄の味に変わって、だけどそれが余計に私たちを興奮させた。
あなたにも痛みを味わってもらわないと、ずるいに決まっているじゃない。
「……高嶋」
彼の唇が、ふいに空気を揺らした。
「うん」
「しってる?」
「しってる」
「そう」
血の赤が生々しくて、私は舐めとるようにまたくちづけた。頭を掻き抱いて、目を閉じて、鮮やかな赤と戯れる。
「ねえ」
吐息混じり、今度は私の声だ。
「死んじゃおっかな」
彼は私の唇を食む。
「いきて」
「うん?」
「それで一生、おれのこと、くるしめて」
半年前、私の愛する人を殺した高嶋という女性は、ひとり息子を置いて自殺したらしい。
「……そうね」
私たちは、傷の舐め合いをして生きている。そうすることでしか、生きられないのだ。だから、これは愛なんて立派な気持ちではない。私は今日も彼に抱かれて、私にナイフを突き立てている。
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