かえる場所【お題:海】
冬の海は、夏よりもずっと生死のさかいめみたいだ。水に浸かったところから少しずつ感覚がなくなって、本当に水にとけていくみたいになる。海に還るって、こういうことなのだろうか。
母方の曾おばあちゃんが、亡くなった。私と彼女の関係なんて、血のつながりぐらいしかなかったけれど、私は母に言われて葬式に出た。母は泣いていた。そのことだけが、強く私の中に残っている。初めて出る葬式は、右も左もわからなくて、私は母の少し後ろで立ち尽くしていた。母の震える背中は、私が知っているよりずっと心細かった。私はどうすれば母に寄り添うことができたのだろうか。
死ぬことって、よくわからない。少なくとも、私の中でその死はぼやけてしまって輪郭を持たない。次の朝はやはり来るし、私は友達と笑いあったりするし、きっと遊びに行ったりもする。次の朝を迎えてもなんの疑問も持たなかった。それをあたりまえだと思って、享受した。
ある冬の日に、学校帰りの海がうつくしくて惹かれた。なにも考えずに、私はローファーを脱いで、その中に靴下を丸めて突っ込んだ。海の水を蹴るととやけに痛くて、だけど蹴るのをやめて立ち止まったら、少しずつ感覚が死んでいった。死ぬということは、実感できるのだろうか。感覚が遠のくみたいに、わかるんだろうか。
「何してるのー?」
後ろから飛んできた声は、友人のものだった。
「なんでもないよ」
私はそう答えて、海をあとにした。友人に駆け寄ると、不思議そうな顔をしてタオルを差し出してくれた。
「寒くない?」
「んーん、でも痛いや」
私は母にはやっぱり寄り添えないと思った。この痛みと母の痛みは、全然ちがう。私は友人に向かって笑うと、帰路を歩き始めた。
海は空の藍を飲み込んで、夜空を映していた。まだ感覚のない足をどうにか動かしながら、私はふたつの夜空に背を向けた。
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