光射すほうへ【お題:学祭】

 私は迷っていた。教室の装飾を作りながら、小さく息を吐く。彼らのことを嫌いになったわけじゃない。だけど、あの子は。

 真っ直ぐに伸びた背中を思ったら、私は少しだけ笑える気がした。それも、少しだけど。うつくしい演技をする人だった。舞台に立つ彼女を私は撮っていたい。上手いとか下手だとか、そんなものは関係ない。私は彼女を、レンズ越しに見つめていたかった。

 ――辞めたいんですよね。

 笑った私に、先輩も笑った。

 ――まさか。来年の会長、やるでしょ?

 それこそ、まさかだ。この映画サークルのレベルが低いとは言わない。だけど、私が撮りたいのは、あの子なのだ。強く言えない私に、先輩はいつも笑うだけだった。

 先輩たちは、好きだ。恩を返したい気持ちがまったくないわけじゃない。それでも、それ以上に、彼女についていきたかった。

「どうかした?」

 頭の上から、声が降ってきた。ぼんやりしていたことに気がついて、顔を上げる。

「すみません、大丈夫です」

 先輩に向かって笑うと、窓から差し込む陽が、壁に反射してまぶしかった。目をそらすように、ドアの方に視線を向ける。

 いま、廊下を、走ったのは。

 どくんと音がして、心臓が大きく揺れた。私はカメラを掴んで、教室を飛び出した。やっぱり彼女だ。あの凛とした後ろ姿は、彼女に決まっている。思わずビデオを回した。彼女の背中を追いかけた。サークルを突然辞めてしまった、私の光を。

 なんでこの学祭で上映する映画に、彼女は出ていないんだろう。

 不意に、彼女が振り返った。へら、と笑った彼女は、困ったような表情にも見えた。それだけなのに、私はビデオカメラを握る手に力がこもるのを感じた。スカートを翻し、少女は廊下を駆け抜けていく。光の照らす先へ、消えていく。私はカメラを抱きしめて、その場にしゃがみこんだ。彼女はここに戻らない。嗚咽が音声に入っちゃうなと思いながら、私はそこから動けなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る