ロボットに一番向かない仕事

サヨナキドリ

ロボットに一番向かない仕事

 もう少しだ。もう少しで辿り着く。倒れた街路樹をベンチがわりにしながら私はそう思考した。砂丘で目を覚ましたのはおよそ10ヶ月前、機械に故障がなかったなら、あれから200年後のことだった。

「本当は砂漠にしたかったんだけどね」

 そう言いながら博士は私が入るためのカプセルを転がしている。博士の身長ほどの大きさで滑らかな銀色の表面を持つそれは、その軽さにも関わらず非常に強靭で、核兵器はともかく普通の爆撃なら難なく耐えるだろう。半分に割れたその中に、私は膝を抱えるようにして乗り込む。博士はそんな私を覗き込むようにして、これから私がするべきことを言う。それに対して私は、ロボットには一番向かない仕事ですねと返すのだ。

 ロボットには一番向かない仕事。それがなんなのか今の私は思い出せない。それでも向かうべき場所は明確にプログラムされていた。

 砂丘からここに来るまでの間、ついに人間を見ることはなかった。けれども人間が過ごしていた都市は、植物による侵食と経年による劣化を除けばほとんど無傷で残っていた。私たちにとって前者よりも後者の方が予想から外れていた。200年前、国際情勢は一触即発の様相を呈しており、いつ世界全土を巻き込んだ核戦争が起きても不思議はなかった。だからこそ私はあのカプセルに入ったのだ。そうでなければそれから先も博士と一緒に暮らしていただろう。

 私は割と家内制手工業で作られたロボットだと博士は言っていた。さすがにチップやモーターまで作るわけにはいかないが、工場生産の市販品のアンドロイドが溢れる中、図面を書いて部品をひとつひとつ買って組み立てたのだそうだ。

「愛というのは相手のためにどれだけ長くの時間を使ったかなんだよ」

 博士は私にそう教えてくれた。それは心を持たない私にも理解しやすかった。

 ふと見下ろすと足元に猫がいた。人間がいなくなって、この星は猫のものになったのかもしれない。博士が好きだったSF小説にそんな話があったことを思い出した。惑星を調査しにきた、トランプみたいな外見の宇宙人に、猫が地球の支配者として対応する、そんな話だった。そう考えると、200年前から地球は猫の星だったのかもしれない。

「にゃあん」

 猫の方はどう思っているのだろう。そう思って私は足元の猫に話しかけた。猫は起き上がると素早い動きで逃げ出してしまった。どうやら私の猫語はそれほどうまくはないらしい。人の言葉も猫の言葉も、機械語ではないという点では私にとって同じだ。こんなことになるなら猫語の方も学習しておけばよかったかもしれないが、大きな問題ではないだろう。猫は小説を読まないからだ。そんなことを考えていると、太陽光による充電が完了した。この充電が切れるまでには、目的地に到着するだろう。

 そして私は辿り着いた。200年前、博士と私が暮らしていた家だ。他の多くの建物同様、ツタに覆われ木が生えていたが、大きな傷はなかった。建て替えられた形跡もない。私は、さすがに蝶番が壊れて倒れていた扉を踏み越えて中に入った。そして、彼を見つけた。生分解性を持たない化学繊維は意外にも長持ちして、ベッドも、パジャマも、そのまま残っていた。白骨化したそれは、目覚めてから初めて見る人間の死体だった。

 私は泣いた。声を上げて泣いた。それが私のするべきことだった。「僕の死を悼んで泣いてくれ」。そう博士は言ったのだ。

 彼以外の死体を私は見なかった。彼は、地球で死んだ最後の人間だった。彼以外の人間は、老いも若きも、男女も貧富も関わらず、地球以外のどこかへ行ったのだ。そんなことができるなんて予測してもいなかった。それは、200年前では考えられないほど素晴らしいことだった。

 200年と10ヶ月は、人間にとっても、ロボットにとってさえとても長い時間だった。

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ロボットに一番向かない仕事 サヨナキドリ @sayonaki

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