第21話 銀の鈴
「…ということで、心というものは誰しもが、強い所と弱い所とがあるんだそうです。だから誰にだって同じことが起きうるらしくて、それを卑下することはないと思います。」
ルミネさんと合流してからというもの、この人はずっと「心」について調べてきた内容を話しつづけている。隣に座っているヨホさんが、少し呆れたような顔をして見ていた。私は素直にありがたかった。お父様のこともあってだろうけど、こんな私のためにって思えて。
「ルミネ様、そこは言わずともなところだと思われますが?」
「ヨホ、それがどうも駄目みたいなんだ。調べたら、心が傷ついた人というのはほんのちょっとしたことにも不安を感じるらしい。だから、できるだけ明け透けに思ったことを伝えてあげる方がいいんだって。もちろん、相手にとって不安を感じないで済むようなことをだけど…。」
「ですから、そういう言い方をしてしまえば、ミゼリトさんにしてみれば『自分が不安がること』は話してもらえないと考えてしまうでしょう。言葉なんてものは不完全なのですから、思ったことを全部相手に不安がらせずに話すなんて無理な話です。」
「え?そんなふうに考えちゃうものなの?」
…ルミネさん、焦りはじめてる。それにしてもヨホさんはずいぶんと深くものを考える人だな。ルミネさんの話を、私はそこまで深く考えてなかった。
「…まあ、ルミネ様やケイサン様であれば、そうは考えないのかもしれませんが。しかし女性は複雑なのです。ですから安易な考え方はおやめください。」
「なんだそうなのか。そうなると後は、ちょっとオカルト的だけどモリトの手法が効果が高いって聞いてきたけど…。」
「それならば、既にいろいろと奥様や旦那様からご紹介いただいて、城からも専門の人がミゼリトさんを診に来てくれていますが。」
「だから、今ある方法じゃなくて、千年以上前の方法でモリトが他人の心の傷を癒していたって記録があるんだって。」
「なんですかそれは。あてになるんですか?」
「効果は高かったって。記録だと、ハバキに多くの患者が出た時期があったらしくて、それを救済しに当時モリトから派遣された人たちがいたんだって。」
「どこまで本当なのやら…。」
「『たそかれの世界』以前の話らしいから、もともとは口伝で残っていた話らしいよ。けれどハバキにはそうした口伝の技術も沢山残ってて、信憑性は高いって。」
「だとしても、そういう話はまずは本人のいる前では…。」
「そう言うだろうと思って、ここで話してるんじゃないか。どうしたってヨホはこんな話を信じないだろう。そうなると二人で話して、そこでおしまいってなって、試さないで済んじゃうじゃないか。」
「当たり前でしょう!ゆっくりでいいんです。オリト様だってそうして回復したんですから。」
「でも、五十年近く辛い思いをしていたよ。僕らモリトやヨホみたいならそれも問題ないけど、ミゼリトさんを同じように考えるのはどうだろう。」
なんだか二人の様子が今にも言い合いをはじめそうで、私はどうしたらいいか戸惑っていた。
「あの…。」
まだ戸惑いはそのままだけど、とにかく二人の言い合いを止めなきゃ。
「私、そのルミネ様の言っている方法を試してみたいと思います。いつまでもこのままじゃ皆さんにご迷惑がかかるし…。」
「だから、迷惑だとかってそういうのじゃないって!」
「ですので、ご迷惑ではないと申しているのです!」
お二人に同時にそう言われて、私は更にしどろもどろになった。
「でも、今のままだと、だ、誰かの貴重な、おじ、お時間を、その、台無しにしてしまいます。それが私には、あの、とても辛くて…。ですから、こうして、えと…。」
そんな私の様子に、ヨホさんは優しく語りかけるようにこう言った。
「ですから、私にしてみれば、こうしてお手を貸せることが何よりも嬉しいことなんです。ルミネ様にいたってもそうです。ルミネ様はご自身で、あなたの心をなんとかしてあげたいと思われた。そう思ったから今日も、もう一度調べものに行ったんです。」
「そうしている間に、しなければならないことが疎かになったり、やらなきゃいけないことが後回しになって、それで…。」
「私達の一番のしなければならないことは、あなたの事です、ミゼリトさん。家族を失ったあなたの心を、少しでも軽くするために、私はそれを一番にやらなきゃいけないことだと思っています。」
「でもそれじゃ、お仕事はどうするんですか。お仕事をしないと生活ができません。」
「…あなたの国は、そうだったんですね。」
「はい。そうしないと、誰も助けてはくれません。母は父を亡くしてからずっと、私を食べさせるために働き続けました。寝る間も惜しんで働いて、事故で怪我をしたとき、お金がないからという理由で医者に診せることができませんでした。その時はなんとか持ち直したんですが、それからしばらくしてその怪我が原因で亡くなりました。」
私が話し終わると、暫く沈黙があった。ヨホさんは胸に手をあててうつむいている。ルミネさんはこちらに背を向けて、泣いているみたいだった。そうしてほんの少し、時が過ぎて、ヨホさんが言った。
「ここでは、皆が助けてくれます。助けてとお願いすれば助けてくれる者、そんなことを言わなくとも手を貸す者、余計なお節介まで焼いてくれる者。そういう者ばかりです、この国は。」
ヨホさんのその言葉に、私は、よくわからないけど、なんだかよくわからない、だけど…。
そうして気がつくとまた、私の目から涙があふれている。悲しかった気持ちも苦しかった思いも、辛いと感じた記憶も全部流れていく。それとは違う、嬉しい気持ち、憧れる思い、そういったものが胸の中に膨らんでいく。
そうしていると手の中で、先ほど手に入れた銀の鈴がチリンと鳴ったような気がした。
◇
それから私達は、三人で宿に戻った。結局ヨホさんが折れて、ルミネさんが調べてきたモリトの手法とやらを試すことになったからだ。
宿の部屋で、私はルミネさんと向かい合って床に座っている。ルミネさんは目の前で、端末を手に何かをつぶやいていた。
「長いですね。そのような呪文で本当に効果があるのですか?」
ヨホさんが、私達二人を眺めるようにベッドに座って言った。
「呪文って、それじゃあ本当にオカルトになってしまうじゃないですか。これは呪文ではなく誓約。宣言する言霊の波動が心に働きかけてくれるんだそうです。」
ルミネさんは、少し焦るようにそう言うと、その誓約というのをまた繰り返している。
そうして一時間くらいだろうか、時が過ぎた。
「ルミネ様、そろそろ食事でもとりませんか?」
ヨホさんが、最初と変わらずベッドに腰かけながらそう言うと、
「…そうですね、少し休んで続きは後にしましょうか。」
ルミネさんもそう言って、私に右手を差し出してくる。
「行きましょう、食事に。さあ、立てますか?」
握ったその手は温かかった。
するとその時、もう一方の手に握っていた銀の鈴が「チリーン」と音をたてた。
「何の音ですか?」
ヨホさんが驚いてあたりを見回している。私は左手を開いて、手の中の鈴を見た。
「これが鳴ったみたいです。」
ヨホさんにそう言って鈴を見せると、ヨホさんは首を傾げる。
「鈴が?手の中に握っていたのに、音が鳴ったんですか?」
確かに言われてみれば不思議な話だ。そう思って今度は目の前にいるルミネさんに目をやると、ルミネさんはそこで驚いた顔をしていた。
「どうかしたんですか?」
「お前は、誰だ?ベータさん達の知り合いなのか?なんでここにいる?」
ルミネさんはそう言うと、握った右手を強く引いて私を背後に回り込ませた。
「どうかしましたか?ルミネ様。」
ヨホさんが、そう聞きながら私の傍に近づいた。
「見えないんですか…。僕にしか見えないって…、え?どうやって?名前?それで、許可?こう?」
まるで誰かと話しているみたいに、ルミネさんが会話をしている。ヨホさんはすぐ隣で、ルミネさんのおでこに手のひらをあてていた。
そうして、ルミネさんが話しているだろう誰かがいそうな場所に目をやると、…そこに男の人が立っていた。白いドレープのかかった服を来て、頭の上や首周りに沢山の装飾品が下がっている。色白で端正な顔立ちが、どこかルミネさんのお母様に似ている。
「これでいいんですか?」
ルミネさんがそう聞くと
「よくできたね、それであってるよ。」
と、その人が答えた。ヨホさんにも見えたようで、彼女も驚いた顔をしていた。
◇
「はじめまして。余の名はミカエラ・アイオリア。モリトの全権委任公司として仲間たちとと一緒にこの星の管理を任されていた者だ。」
私達の前に現れたこの男性は、自分のことをそう自己紹介した。
「アイオリア姓ということは、僕と同じモリトなんですか?」
ルミネさんがそう聞くと
「無論だ。そして今はモリトの道具として、その銀の鈴が余の自身だ。」
そう答えた。
ヨホさんはあからさまに怪訝な顔をしている。ルミネさんは、ポカンとしていた。この手の鈴を自分自身だと言う、あきらかにおかしな存在。ミカエラって名がどこか頭の奥で響いて聞こえてる…。
「ミカエラが迎えを出すって。」
不意にミリアの顔が思い浮かんだ。そう、確かにあの時、ミリアがそう呼んだ名前だ…。
こうして私達は、ミカエラと出逢った。この出会いがまた私の運命を大きく変えていくことになる。
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